湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.0 植物分類体系

〜水草と植物分類〜

chapter1 大分類

水草や湿地植物は植物の分類上、どのような体系とされているのでしょうか。残念ながら水生植物の括りとしては学術上の分類としては存在しません。私の図鑑では便宜的に「種」「属」「科」という下から3つの括りで分類を表現しておりますが、「種」まで落としても果たして水草なのか?という植物があるもので、ミソハギやフタバムグラなどは代表例だと思います。ミソハギなんざ湿地植物としている図鑑(私としてはこれが正当かと)、園芸植物とか畑の雑草なんて扱いの図鑑もあります。フタバムグラも悩んでしまう植物ですがcarex校長が興味深い考察をされています(詳しくはいずれ)。要するに一筋縄ではいかないカテゴリーです。
水草、湿地植物、水生植物を考える前に、植物全体がどのように分類されているのか抑えておく必要があるのではないか、と思います。植物に限らず、生物全般の近代的な分類はリンネ(カール・フォン・リンネ Carolus Linnaeus、生物学者 1707〜1778)から始まったと言われています。リンネの分類が現在ほぼスタンダードとされている分類の原型となっています。

【生物の分類】
分類和名 分類英名
Kingdom 動物界、植物界
Phylum/Division(*) 被子植物門、繊毛虫門
Class 双子葉植物綱、単子葉植物綱
Order モクレン目、クスノキ目、スイレン目
Family ヒルムシロ科、リンドウ科、リス科、イヌ科
Genus アサザ属、タヌキモ属、ヒト属、シマリス属
Species Najas marina Linn. Potamogeton Fryeri A.Bennett
(*)動物界はPhylum、植物界、菌界はDivision

基本形はこのような分類ですが、さらに中間的分類というものがあります。分類単位(綱とか属とか)より上位の分類には、大(Megn-)・上(super-)を付加します。下位の分類には、亜(sub-)・下(infra-)・小(Parv-)などを付加します。亜種などは良く聞く分類ですね。
さらに亜科(Subfamily)と属(Genus)の間をさらに細分化する場合、族(Tribe)、亜属(Subgenus)と種(Species)の間をさらに細分化する場合は、節(Section)を使うなどの取り決めもあります。 なんだか混乱してきそうですが、生物はきちんとした分類によって整理されているという話なのでご容赦下さい。とは言え、最近のゲノムレベルの解析で分類単位を引っ越したりする生物も多数ありますのでガチガチに固定的なものでもありません。
要するに「水草目」や「水草綱」などと云うものは無く、系統的に分類されている植物の一部が「種」まで落ちてはじめて「水草」や「水生植物」「湿地植物」などと呼べる、ということなのです。このことは植物の進化を考える上で非常に興味深い事実です。

ついでに一番基本的分類の「界」ですが、ホイタッカー(Robert H.Whittaker)という人が1959年に提唱した五つの大分類による「五界説」が分類学上主流となっています。こんな感じです。
【五界説】
解説
植物界 光合成を行う「陸上」植物 種子植物・シダ植物・コケ植物
動物界 多細胞動物 脊椎動物・軟体動物・腔腸動物・節足動物・・・
菌界 キノコ・カビの仲間 菌類
原生生物界 他に属さない生物 ラン藻を除く藻類・原生動物・粘菌
モネラ界 単細胞生物 ラン藻・細菌

つまり馴染み深いラン藻(笑)は「下等な植物」でさえ無いわけですね。ところが子供の副読本などを見ると、食物連鎖のなかで生物の遺骸の分解を行う菌類・細菌類が植物に分類される記述が見られたりします。五界説ではそれぞれ菌界、モネラ界です。しかし、何をもって分類の基準とするかという点は確たるスタンダードが無く、度々変わる可能性もあるのでこんなものなのでしょう。試験に出す方も出しにくいと思うので覚える必要もないかな(汗)

chapter2 中分類:植物「界」の分類

生物全体は上記のように分類できますが、本サイトのテーマである植物「界」の分類について。良く出てくる分類名称ですが、「裸子植物」はマオウ門、ソテツ門、イチョウ門、球果植物門の集合です。「種子植物」と言った場合、この裸子植物と被子植物の集合を指します。
・・・当然のことだと思いますが、ここまで読んでもワケワカラン状態と思われます。ややデフォルメし、代表的な植物名を入れて整理してみます。ちなみに代表植物のセレクションは個人的好みに大きく偏っていますです(汗)

【植物の分類デフォルメ版】
植物 種子植物 被子植物 双子葉 合弁花 ヌマトラノオ、イヌゴマ、シロネ、ハッカ、ミツガシワなど
離弁花 ジュンサイ、ヒツジグサ、タチモ、ムジナモ、コウホネなど
単子葉 ヒルムシロ、コブナグサ、マムシグサ、オオトリゲモ、ミズアオイなど
裸子植物 ヒノキ科、マツ科、スギ科、ソテツ科などの木本
コケ植物 ホソバミズゼニゴケ、ヤナギゴケ、ウキゴケ、イチョウウキゴケなど
シダ植物 ミズニラ、ノキシノブ、サンショウモ、デンジソウ、アカウキクサなど
藻類 シャジクモ、アオミドロ(多細胞)、ミカヅキモ、ケイソウ(単細胞)など

「維管束植物」なんて言葉も良く聞きますが、維管束という通道組織を持つ植物の総称でシダ植物および種子植物(裸子植物、被子植物)を指し、菌類、藻類、コケ類と区別するときの呼称です。書いている方も訳分からなくなってきていますが、最後に園芸寄りの世界で使われる分類を。

【開花・結実が日長により影響を受ける植物分類】

・短日植物:日照時間が短くなると開花・結実する植物。秋咲植物
・中日植物:日照時間に開花・結実が影響を受けない植物
・長日植物:日照時間が長くなると開花・結実する植物。春咲植物

以前は光合成を行う生物全般、藻類やシアノバクテリア、菌類まで植物に分類されていましたが現在ではこれらは植物と異なる系統に分類されています。しかしくどいようですが「水草」「湿地植物」「水生植物」はこのような植物学的な分類には当てはまらないのです。上の表にもいわゆる「水草」が裸子植物を除き満遍なく存在します。アオミドロを水草とするかどうかは微妙ですが(^^;

chapter3 小分類:あえて水草を分類

もちろん水草も植物ですから、上記分類のどこかには種として分類されます。ヒルムシロは植物界−種子植物−被子植物門 (モクレン門)−単子葉植物綱 (ユリ綱)−イバラモ目−ヒルムシロ科−ヒルムシロ属−Potamogeton distinctus. Linn.です。
しかしながら、同じように扱われている他種と括って「水草」と分類するには多くの困難があります。ヒルムシロは浮葉を出す水草である、と言い切れますか?水中では明らかな水中葉も出しますし、水位が下がれば陸上植物同様にクチクラを纏った気中葉も出します。普通は浮葉で生長することは百も承知ですが、その「普通」は全体の何%以上が普通なのでしょう?誰も分かりませんね。
より象徴的な例をもう一つ。アクアリウムで良く用いられる「水草」にアマニア・グラキリスというミソハギ科の植物があります。これだけ見ればアマニア(ヒメミソハギ属)は水草ですが、我が国ではヒメミソハギ属の植物、ヒメミソハギもホソバヒメミソハギ(帰化種)も「普通」は畦道など陸上で自生しています。「普通」を基準にすると水草ではありません。

アマニア・グラキリス(Amania gracilis)が原産地熱帯アフリカでどのような自生形態なのか知る由もありませんが、夏季に抽水栽培を行ったところ開花しましたので、日本のアマニア類とほぼ同様の自生形態であると推測できます。
すなわち、水中では開花・結実しないために好んで水中には生えない、ということです。熱帯の水位変動の激しい環境で、一定期間水没しても生き延びられる能力を身に付けている、と考えるほうが自然ではないでしょうか。「一定期間生き延びられる能力」なので、水槽でも一定期間楽しめればよいのではないか、と自分を慰めることも必要です。分類上は負け犬です(汗)。

「水草」「湿地植物」「水生植物」、日本語として分類されているかのような括りは実はこのような実態なのです。沈水植物、抽水植物、湿地植物、これも同様ですね。浮草と呼ばれるものにもシダやコケもあります。水草を分類するのは生態学的な分類に拠るしかないのです。しかしながら、生態学は分類するための学問ではないので、「生態学的」分類には様々な齟齬があります。以前ブログの方で取り扱いましたが個体群生態学なんてのもあって、種として同一であれば良しというものではありません。「水草」には「普通」は陸上に生えている種でも個体群によっては好んで水中に進出するグループもあるのです。

これまで何のために眠くなるような話を長々と書いてきたのかというと、これから行おうとしている分類が学術的にオーソライズされたものではないことをあらかじめお断りするためなのです。このシリーズはあくまで育成家の視点として分類を行うものであることを明確にするためです。

【欄外黒板】最古の被子植物

水草は一度海から上陸した植物が再度水中に入った、という説が有力ですが、よく調べてみると証拠となるものが無いのです。水草に気孔の痕跡が見られるとか、被子植物が陸上で進化したと「考えられている」という程度の根拠です。
逆に「証拠」レベルの話では、中国遼寧省のジュラ紀〜白亜紀の地層から発見された最も古い被子植物の化石が水生植物らしいとの報道がありました。現在でも下記Webサイトで記事を見ることが出来ます。被子植物の起源については謎が多く、化石や物証は少なく、一説ではかのダーウィンも二の足を踏んでいたテーマらしいです。
冒頭下線部の「常識」を考慮しないと色々楽しい想像が出来て嬉しいですね。以前原稿は起こしましたが、ヒルムシロ科はアマモ(海産)からカワツルモ(汽水産)、リュウノヒゲモ(汽水、淡水産)からササバモ、ヤナギモのように純淡水産まであって進化の道筋が水中伝い、という可能性もあるのではないかという仮説を立てたことがあります。良く考えてみるとアマモが原始的ヒルムシロ科だとすればアマモが突入したのが淡水ではなく海だった、というだけの話なのですが。とは言え、この科にはなぜ完全な陸上植物が無いのか、イバラモ科はどうなのか、色々と疑問があります。
それが「最古の被子植物は水草の可能性が高い」と来た日にゃ頭がクラクラするほど嬉しくなってしまうではないですか。時々定説を覆す大ネタが出るのが自然科学ですが、「あんたは冥王星を見たんかい!」という姿勢も重要ですね。

参考Webサイト
大阪市立自然博物館


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