湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.5 赤い水草はなぜ赤い?
〜赤系水草の謎を推理する〜

chapter1 赤系の水草

未就学児童や小学校低学年の子供に「草の絵を描いてごらん」と言うと真っ先に緑色のクレヨンを使って緑一色の植物を描きます。「植物は緑」という先入感があるわけですね。
もちろんこの「印象」は間違っておらず、高等植物は光合成のために葉緑素を持っており、この葉緑素の色が植物の印象を形成しているわけです。大人になれば同じ緑でも陰影や色の濃淡を見分けますが、それだけのこと。
ところが同じ植物(草本)でも園芸品種、特に観葉植物は赤や紫、色とりどりの植物が存在します。これらは色素のコントロールで作られたものもあり、仕組的には解明されています。しかし水草のようにマイナーな「園芸」で用いる自生種のなかには「水中に在る時は赤くなる」「水面が近づくと赤くなる」「新芽だけ赤くなる」なんてものがザラにあります。
少し嫌気的な水湿地に稀に自生しているミズユキノシタLudwigia ovalis Miq.)は典型的で、水槽にある時は少し黒味を帯びた赤い水中葉となり、気中に出ると緑の葉となります。刺身のツマに使われるヤナギタデPersicaria hydropiper (L.) Spach)は逆、というか条件が限られ野外冷水中では赤く色付きますが水槽に入れれば緑色に戻り、さらに同じタデでも宮崎県産不明種のように水槽に在る時のみ赤くなる種もあります。
現象面から察するに、それぞれ赤くなる水草の赤くなる理由は一律ではなく、「赤系の水草は二価鉄を投入すると赤くなる」というような単純なものではない事が覗えます。厳しい言い方をすれば水草が赤くなる「理由」を鉄分だとする意見は幼稚園児が草を緑一色で描くことと本質的に同じです。現象を印象のみで判断しプロフィール、つまり陰影を見ていないということです。ではその「陰影」とは何か、ということが本稿のテーマとなります。

chapter2 紅葉と斑入り、葉焼け

草の葉色が変化する、と言われて思いつくのが紅葉と斑入り品種です。
紅葉は木本や多年性草本が越冬のために活動を終了し、エネルギー生産工場である葉をコルク質によって遮断することで始まります。行き場の無い光合成生産物が変化しアントシアンanthocyanという赤い色素が合成され、同時に役割を終えた葉緑素が抜けて緑が目立たなくなることによります。
このように紅葉は葉を落すための準備プロセスで起こるものであり、赤いまま生長する、場合によっては成長点のみ赤い水草がありますので仕組としては全く違うものであることが理解できます。
一方「斑入り」の品種についても同様で、緑色部分と「斑」の部分の相違は葉緑素の密度です。葉緑素(クロロフィル)は太陽光の色々なスペクトルを吸収しますが、緑色は吸収しないので反射して緑色に見えます。つまり斑の部分には葉緑素がありません。葉緑素(体)の前駆体であるプラスチド(白色体)が存在することが知られていますが、本来的な意味での前駆体か、葉緑素が破壊された後の残骸と考えられており、どちらにしても植物生理、特に光合成に於いては何ら役割を果たすものではありません。この点は重要です。
自然界に存在する斑入り種は突然変異のもの、ウィルス性のモザイク病などの病気によって出来るもの、わりと色々な種で見ることができますが、正体は上記の通りであって赤系のものではありません。

もう一点、葉焼けという現象があります。文字通り強い光に晒されると葉の一部または全部が焼けたように赤くなる現象ですが、過剰な光エネルギーによって葉緑体の機能が失われることが原因と言われています。光阻害の表現の一つです。個人的には水面に近づく部分が赤くなる水草の「赤くなる原因」はこれに近いのではないかと考えています。
それにしても完全な葉焼けを起こしてしまえばその後復活することはないので、部分的に発生しているのか、他の原因と複合しているのかも知れません。これについては後述いたします。

chapter3 pH説と否定説の盲点

草体そのものではなく花色の変化についてですが、20世紀初頭にウィルシュテッター(Richard Martin Willstatter 1872〜1942、1915ノーベル賞受賞)という人が「pH説」というものを唱えています。
これは赤系の色素であるアントシアンが酸性側で赤、塩基性側で青となることに着目したもので、植物体内の液胞のpHによって花色が決定される、という説でした。このノーベル賞学者の説に真っ向から突っ込んだのが日本の柴田兄弟(植物生理学者、柴田桂太(兄)、錯塩化学者、柴田雄次(弟))で、通常の植物の液胞は酸性で中性以上になることはないはずだ、という論点でした。
実際問題、多種多様の花色の花を集めてpHを測定したところすべて酸性であったこと、アントシアンが発色する青と花の青はまったく質の違う青であることなどの理由によりこの「突っ込み」の正しさが証明されたそうです。

しかし、です。園芸趣味の方であれば土壌pHの違いによって草花の色が微妙、時には大きく変化することを知っているはずです。植物体内の、という条件を除けばpHという着目点は評価すべきではないでしょうか。
特に水槽内というpHに支配される環境で育成を行なう沈水植物にとっては重要な着目点です。pHが違えば何が異なるのか、このコンテンツでも散々書いてきましたので重複は避けますが、単なる「水質」以外に植物の生長に重要な部分が何点もあります。
アントシアンやカロチノイドへの直接的な影響以外にpHが与えている植物体の色変化という観点は排除すべきではないと考えます。

chapter4 環境ストレス説

冒頭触れましたが、赤系の水草が思うように発色しない場合に「二価鉄水溶液を投入する」という方法論があります。園芸用のメネデール云々やADAの製品以前からデナリーのE-15という水草肥料があり、ある程度の効果は知られていました。ただしダッチアクアリウムの方法論としては傍系、わりとトリッキーな方法論であったことも記憶しています。色を出すのは窒素系肥料と照明が王道です。
これも散々書いていますのですでに飽きていますが、植物生理学的には過剰な二価鉄は植物の生長に様々な障害をもたらします。ではなぜ一時的に赤みが強くなるのか、論理的な説明としては以下のようなものでしょう。

鉄イオンの急激な増加が、知見となっている障害以外のストレスを植物体に与えている
障害が光合成システムを直撃し、葉緑素の脱落となって現れる=赤みが増す

もう一点、アクアリウム系の「理屈」ではやたら「水槽内は暗い」という表現を使います。これは太陽光に比べれば当然の話なのですが、水草の育成上「絶対的」な表現だということに気が付いているのでしょうか。「相対的」な発想を持っていれば「果たして水草はそれほど強い光が必要なのか、強い光は害になっていないか」という考え方があってしかるべきです。そのように考える理由は二つあります。

1.車軸藻帯に代表されるように沈水植物は往々にして深く暗い環境、または透明度の低い環境に自生している
2.光が強すぎる場合の植物の表現として葉緑素を減らす、というものがある。もう一つ表現は、光のエネルギーを無害な熱に転換する色素を作ることで、この色素こそがアントシアンに他ならない

水槽内が暗いというのであれば、何に対して暗いのか明らかにすべきですね。もちろん私の考え方は推論ですが、水槽内が暗いというのも光合成量を示し、足りないという証明がなされない限り推論です。
沈水植物または湿地植物が水中化したものは水中ではさほどエネルギー生産の必要が無く、感覚的に「光が足りない」と思っているだけではないか、と考えます。陸上植物に比べてクチクラなど水分蒸散防止のための組織を形成する必要がなく、水流にある程度身を任せられれば維管束も草体を支持するほど立派なものでは無くても良いはずです。

この話は、実は「効果が出ている」と思っていることは逆にストレスの表現であるということも考慮に入れる必要があるのではないか、ということなのです。二価鉄はともかく、特定の条件で赤くなる水草のキーワードは「環境ストレス」ではないか、というのが私の意見です。
ではその「環境ストレス」とはどのようなものがあるか、これも一律には言えないものであると思います。赤くなる水草の様々なシチュエーションを考えてみましょう。新芽だけ、水面に接近した時だけ、水中にあるときだけ、冷水中にあるときだけ、気中にあるときだけ、様々な場合があります。それぞれの場合、種類によって環境ストレスが微妙に異なっているのではないでしょうか。

chapter5 推論に拠る赤くなる理由まとめ

ここまで諸々書いてきた上で恐縮ですが、赤くなる理由については確たる証拠は見つかりませんでした。それどころか、途中で斑入りの現象に深入りしたなかで数多の専門家も「強光によって起きる未知の化学反応」とか「全容が解明されていない状況下での推論」という言葉を度々使用していることに気がつきました。
だから、という免罪符にするつもりはありませんが、あくまで推論として上げておきます。(*)ちなみに「ある種」の植物はストレスによってアントシアンを増加させることは知見です。その「ある種」が特定できればこんな回りくどく控えめな言い方はしません(^^;

【赤系水草の環境ストレス】
タイプ 代表種 想定される環境ストレス
TypeA1 新芽のみ赤い タチモ 新芽の生長段階で十分な葉緑体を持っていない。生長が緩やかで新芽の時間も長いので、強光による害を防ぐためにアントシアンを増加させる
TypeA2 新芽のみ色素が抜ける ヒロハノエビモ 理由は上に同じ。ただし表現型としてアントシアンを増加させずに葉緑体のみ不十分な状態、生長スピードが速いのでアントシアンによる防衛は必要なし
TypeB 水面に近づくと赤くなる プロセルピナカ・パルストリス 本質的にはTypeA1と同じかも知れないが、気中葉形成の準備段階として植物体内の変化が起きている可能性もある
TypeC 全草水中では赤くなる ミズユキノシタ 水中では光合成活動が減少し、不要な葉緑素が抜ける。赤黒さは完全に抜けていない現象ではないか
TypeD 冷水中では赤くなる ヤナギタデ 第一に低温による光合成活動の低下、第二に溶存気体やミネラル(湧水起源の河川でしか見られない)の量が考えられる
TypeE 二価鉄投入で赤くなる 多種 鉄イオンの急激な増加による浸透圧の変化が植物体のストレスとなっている可能性あり。濃度傾斜による遷移で鉄イオンが減少する=効果が長期間持続しないことも状況証拠

 

【欄外黒板】切花延命の謎

性格的に合理的な説明が付かない(細かな理論は別として)ものは追及してしまうのですが、二価鉄という代物は追及すればするほど植物体にとってネガティブで、必要なのは本来的な意味で「微量」なのだという事実しか出てきません。
ただ、切花延命に効果があるのは事実で我が家でも使っています。では本当に効果があるのか、というのは早計で二価鉄が効くということにはなりません。
世の中にある様々な「切花延命剤」を調べてみると、二価鉄を謳っている製品はごく一部で、成分は圧倒的に糖分が多い事が分かります。雑菌の繁殖防止としてミョウバンを混ぜている製品もあります。栄養補給と雑菌を抑える、という謳い文句であれば細かな理論を知らなくても何となく納得出来ます。
なかにはゼオライトとミネラルを主成分とし、水のクラスターを小さくすることで云々、という製品もありましたが、クラスターの理屈は複雑すぎて良く分かりません。以前アクアメーカーもその手の商品を出していましたがまだあるのかな?

私に分かる範囲の理解では切花は当然「切り」ますので、切口が水に晒されるわけです。切口細胞中の酸化されやすいフェノール(酵素)が壊れて植物体、特に導管にダメージが広がるのを防いでいるのかな?といった印象を受けました。
フェノールと陽イオンにどんな関係があるのか分かりませんが、鉄はたしかに先に酸化して遷移してしまいますよね。そのあたりしか思い浮かびませんが、少なくても上に書いたような「ネガティブな物質」がよりネガティブに作用する物質を抑える、こんなのもありかな?と。その意味で「切花延命に効く」のですがアクアリウムでどんな効果があるのかまったく分かりません。

二価鉄は発根に大ダメージを与えますが自然界には鉄バクテリアという植物の味方が存在します。自分の水槽にもいるでしょうね。
良かれと思ったことが実は大迷惑で、その大迷惑を影でフォローしてくれる存在があった、なんて図式も脳裏に・・・。



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