湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.7 ホシクサの科学PART2
〜様々な挙動を考える〜

公開 2007.6.23
追記 2007.11.25

chapter3 ホシクサの挙動不審

前記事は全体が長い前置きとも言うべき内容でしたが、PART1を踏まえないと話のコアが見えないのでご容赦下さい。日本語に限らずどのような言葉で書かれた記事でも背景と主題は別ですので、時折見かける知識の披露としか思えない、結局何を言いたいのか分からないテキストになってしまうのを避けるためでもあります。ということでやっと本題へ。

ホシクサ(Eriocaulon cinereum R. Br.)は一年生の種子植物です。一年草の定義通り暦年内に発芽から開花、結実を行い種子を残して枯死します。近所の水田でもこの通りの挙動です。極めてまっとうな?一年草で疑う余地はありません。ただし!水槽水中でこの草を育成していると非常に奇妙な挙動を見ることが多々あります。私だけではなく他の方も仰っていることなので、特別な環境を用意しなくてもごく普通の水草水槽(加温環境)で見られる現象のようです。

(1)水中で開花させた頭花から子株が出る。この時点で親株は生きており、一般的認識の一年草と異なる有性生殖(*1)が見られる
(2)無性生殖を行なう。株が充実し、二つの株に分かれる。これは株の充実後、すなわち残された時間で本来開花・結実を行うべき時期に見られる現象で、これまた一年草範疇の増殖方法ではない(*2)

第一部を読まれた方はすでに納得されていることと思いますが、念のため私の推論を書いておきます。


頭花から子株を出したり(有性生殖)株を分割して増殖する(無性生殖)のは、熱帯地方で生きる多年草のリスクヘッジで、水位の変化(乾季/雨季)や他の植生の成長スピード(太陽光の確保)に対応した多年草としての性質(遺伝子)である。
この性質は一年草として生きる日本では必要がないため鍵がかけられたが、加温環境(水草水槽)という環境因子によってエピジェネティクス変異が起こり発現した。


ホシクサに限らず史前帰化種と思われる水田雑草のなかには同様に不思議な挙動が見られる種類もあります。自然下ではまず水中で成長することのないシソクサの輪生水中葉やイヌタデ属の一部の水中育成時に見られるアントシアンの生成などです。
これらのことも元々(進化の過程で)獲得した形質が遺伝子となり、その後の環境変化によって鍵がかけられていた、加温水槽という特殊な環境下で何らかの要因によって発現した、と考えればわりとすんなり理解できそうな気がします。
余談ですがヒルムシロは水中葉、浮葉を持ち水位の低下に対応して陸生型(気中葉)となります。陸生型は水位の低下という環境変化によってもたらされたエピジェネティクス変異なのかも知れません。鍵が外れるか外れないか、微妙な問題も多々ありますが。(*3)現在もっとも進化しているとされる単子葉植物は想像以上に色々な顔を持っているのかも知れませんね。

(*1)この挙動に関してはホシクサの専門家、現場監督氏より「不定芽」ではないか、との問題提起がありました。一般的には不定芽は生殖器官に無関係な部位でカルスからの発芽を指す現象であること、明らかに子株の形状を持っていることなどの理由によって否定的見解を記しましたが、逆に実生であることの確認も取れておらず、保留とさせて頂きます。(囲みa参照)カルスと不定芽の現象については別稿にて纏めます。

(*2)この点に関しては「無性生殖」という幅広い概念よりも、植物進化上の重要な概念でもある「分化全能性(totipotency)」を軸に考察した方が理解の早道かも知れません。水草の「トリミング」として知られるピンチカット(成長点の再生)、差し戻し(根の再生)も失われた機能を回復する分化全能性であり、ホシクサの株の分割は何らかの刺激によって同様のメカニズムが働いていることに拠る可能性も強いと思います。

(*3)ヒルムシロ科ではヒルムシロとササバモが陸生型となることが知られていますが、ガシャモクやエビモなどは陸生型となりません。浮葉の有無も合わせて「属」や「科」による遺伝子の変異ではなく「種」によるものという話とはこういうことです。一般的な分類方法であるクロンキスト体系や新エングラー体系での形態的な分類ではこのような疑問点が出るのは当然、というご批判は甘んじて受けますが、APG(Angiosperm Phylogeny Group)植物分類体系にも大きな疑義があり、この点もいずれ別稿で考えてみたいと思います。

【囲みa】 2007.11.25追記

この「挙動」と非常に似た現象に偽胎生というものがあります。本来花の咲く位置に新芽が出る現象ですが、水生植物のうちハリイやコウガイゼキショウに見られるものです。一般的な解釈は水生植物に普通に起こり得る「水没」の状態に際し、開花・結実が出来なくなったことに代替する機能ではないか、とされています。
ホシクサ(広義)も湿地環境に生育する植物ですのでこうした機能を持っていても不思議ではありませんが、本文に記した通り「頭花からの発芽」となりますので、掲載当初は可能性を排除させて頂きました。何しろ開花後の挙動ですので。

水草の無性生殖手段の一つである殖芽(しょくが)に於いても、マルバオモダカが花を持つ位置に托葉に包まれた芽が出て殖芽となる偽胎生の例があります。この場合も開花前の挙動となります。
読み直してみると「植物生理学的な常識を無視して独自の解釈を開陳している」と読めなくもないので蛇足ながら付記させて頂きました。

参考 : 朝日新聞社 植物の世界、保育社 ウェットランドの自然

chapter4 進化論の棘

ラマルク(Jean-Baptiste Pierre Antoine de Monet, Chevalier de Lamarck)という下手な学名を持つ植物では対抗できない程長い名前の人がいます。18-19世紀のフランスの学者ですが「Biology(生物学)」という用語の創設者でもあります。伝記や業績はともかくとして。
進化論上で疑問とされダーウィン以降、進化論は彼を否定することによって成立してきたとまで言われた彼の学説「形質獲得の遺伝」。この否定自体がエピジェネティクスによって否定されつつあります。ラマルクへの回帰とまで言われることもあります。
進化の方向性について「ある」とか「ない」とか、かなり観念的な話もありますが、遺伝子を捨て去るのではなく「不要」な遺伝子に鍵をかけ、環境因子によって変異がある=環境因子による形質獲得、遺伝と考えれば「進化の方向性」の道筋が見えて来ます。

誤謬の多い「進化」という言葉ですが、実は「退化」も進化の一部なのです。環境因子によって使わない遺伝子が出てくれば逆にメチル基によって「鍵」をかける場合が出てきます。環境によって使わない方向へ、進化の方向性です。ダーウィン以降の進化論や総合説進化論で説明が付かない例、かつエピジェネティクスで解釈可能な例をあげましょう。

ちょっと前に流行った「ウーパー・ルーパー」という生き物がいます。通常はあの生き物の形は幼生で、成熟すると通称アホロートル(axolotl)、学名ambystoma mexicanum 和名メキシコサンショウウオという生き物になります。しかし不思議なことにウーパー・ルーパーはあのままの形で変わることはなく生殖も行ないます。(ごく普通の幼生、つまり真っ赤なニセモノも多数混入していたようですが^^;)言って見ればオタマジャクシ同士が交配して卵を産むようなものです。
何故このような事が起きているのか、従来の進化論では両生類が幼生から成熟して水陸両用、行動範囲を広げたのは進化の道筋なのではないのでしょうか?、偶然環境にあったものが残ったのではないでしょうか?、どっちみち説明が付かないのです。
「幼生」というまさに生物の進化を絵に描いたような、しかもその途中にあるような形で性成熟してしまうのは従来の概念で言えば「進化」ではなく「退化」です。退化も進化の表現型であるということはエピジェネティクスによって説明が出来るのです。
後天的な適応範囲が幼生は成熟体よりも広いとか、成体の行動範囲より狭いので捕食されるリスクが減るとか、成熟するために必要なエネルギーが不要になるとか理屈付けは色々出来ますが、何らかの合理性があって幼生成熟をしている事は間違いないのです。

このような幼生成熟または幼形成熟をネオトニー囲みb参照)と呼びます。(*4)
これは例外ではなく、人間そのものがネオトニーと言われることもあります。例えば「人種」を差別云々は別として「種」として考えて下さい。マサイ族を「種」として考えた場合、跳躍力、持久力、そして時として7.0まで測定される視力(!)を人類としての「完成形」と見た場合、日本人などはさしずめネオトニーと見ることが出来るでしょう。逆に高い身体能力が無いからこそ補完の意味で高い科学技術と文明を持ち得た、という「メリット」が見えてきます。
話は変わりますが蓑虫の中身を見たことがありますか?非常に特徴のない芋虫が入っているだけなのですが、毒を持つ毛虫や擬態が巧みな芋虫のように余計なエネルギーを使わずに済むのです。もちろん彼らは生き延びれば最終的に成虫になりますので例として相応しくありませんが、ネオトニーという進化に逆行する表現を「進化」の結論としている生物もいる、という話なのです。

このネオトニーは言わば進化論に刺さった棘のような概念ですが、ホシクサに見られる従来の植物生理学的、進化論的アプローチでは考えられない挙動もエピジェネティクスと合わせて考えればすんなり理解できるような気がします。

(*4)和訳では幼生成熟ですが、ネオ「テ」ニーという記載もあり、google検索では両者大差なくヒットしますので発音の問題ということでご理解ください。

【囲みb】 2007.11.25追記

ネオトニーの水辺植物に見られる例として、下記参考文献の著者、堀田満氏はタデ科の成熟過程に於ける葉形変異を例として解説されております。私も多種のタデ科植物を育成しておりますが、たしかに発芽直後は種の特定が難しい程葉形が異なる種があります。
ホソバノウナギツカミ(Persicaria hastato-auriculata (Makino) Nakai)は発芽直後、特徴的な細長い葉形ではなく、ヤノネグサのような葉形で「耳」もありません。また、水中から発芽する場合にも水中に在る間は同じ葉形が見られます。これは「幼形」と見ることが出来ますが、極度に日照が確保出来ないような場合、この葉形のまま成長し開花・結実する場合があります。

この概念を知らなければ、この植物を見た際に「ホソボノウナギツカミである」という発想は浮かばないでしょう。地域変種、新種といった方向に考えが行ってしまうのは当然。同じ表現形にも環境因子や発現の程度による差異を考慮しなければならない、というお話です。

参考 : 保育社 水辺の植物

chapter5 小さな草の大きな秘密

以上、何だかんだ述べてきましたが、言わんとすることはご理解頂けましたでしょうか?。
おさらいしますとホシクサは元々様々な環境で進化してきた植物であり、時には水中で、場所によっては多年草で、そして繁殖という点ではリスクヘッジのために実に多様な繁殖手段を持つ植物であった、と考えるべきではないか、ということです。
そして他の史前帰化種に比べれば少しだけ環境因子の影響が表出しやすいのではないか、と。このために育成という人工的な環境では様々な挙動が見られるのだと考えています。
何だ、予想通りの簡単な結論じゃん、と思われるかも知れませんが、簡単な結論を論理的に導くプロセスが非常な苦労を伴うことをご理解下さい。ゲノム解析すれば証明できるという見方もあると思います。しかし、現実に起きていることは何らかの遺伝子によるものであり、解析して遺伝子があっても何の解決にも役立ちません。「当然あるよね」で終わりです。しかも「なぜ」はゲノム解析では導き出せません。

さて、土星の輪は「輪」に見えますが、発見したガリレオは「耳」と呼び、実態はと言えば小さな「氷塊」の集合体らしいです。見方によって様々な表現という安易な落ちを語るつもりではなく、遥か離れた巨大な天体も掌に乗る小さな草も「未知」という点では何ら変わりはない、ということを言いたいのです。
ホシクサ以外の水草の育成に於いても何だかんだ断定的に語る方は多いと思いますが、直径3cmの草でも語るつもりならこれだけ未知について語れますので、「知っている事より知らない事の方が多い」という姿勢は常に忘れないようにしたいものです。


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