湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.8 カルス形成と不定芽

〜アマニアはなぜ潰れるのか〜

chapter1 生長点の潰れと殖芽の相似形

水草として水槽で育成される植物(*)のなかには「潰れ」または「縮れ」というやっかいな形質変化をしてしまい、鑑賞面から難種と言われているものがあります。本稿主題で後々詳しく解説いたしますが、この状態となっても縮れて枯れてしまうわけではなく、この部位から「新芽」が出て再び生長を始めますので、育成面からの難種というわけではありません。
「縮れ」が起きる水草はオランダプラント、ミズネコノオ、ヒメミソハギ属全般(アマニア)、ネサエア属などが知られています。縮れの状態は当初葉の萎縮から始まり、付近の葉柄や頭頂部の茎や他の組織を巻き込んで不定形の「塊」となります。

一方、似たような塊(殖芽)を越冬や越夏のために形成するヒルムシロ科の水草のような存在もあり、形成原因や目的を別にすれば形成過程が非常に似通っています。用語としては、環境変化を乗り切る目的を持った塊を「殖芽
」、何らかの要因で潰れて形成される塊を「カルス」と呼び区別しています。
どちらも共通しているのは次なるステップとして新芽を展開するための栄養を蓄えている点です。単なる植物体の「塊」から次なる新芽が出る、殖芽に至っては発根まで行う。よく考えて見れば頭頂部の縮れた塊がこれらを成すのは凄いことです。水草水槽の維持管理手法として「差し戻し」「ピンチカット」というものがありますが、それぞれ失った根や成長点の再生が行われます。これは一部残った植物体から必要な器官を再生する植物の「分化全能性」と呼ばれる性質です。
ヒルムシロ科に見られる殖芽とアマニアやエウステラリスに形成されるカルスの共通点は、環境変化を乗り切り生き延びるために栄養分を貯蔵し、分化全能性によって再生を図っているという目的が見えてくると思います。

(「水辺の植物」植物用語辞典より転載)
【オーキシン/カルス】
数ある植物ホルモン中、最も古くから知られていたものでインドール酢酸やナフタレン酢酸などの総称である。ギリシャ語で成長を意味するauxoに由来する語であり、その名の通り細胞の伸長、発根促進、細胞分裂の促進に関与する。
働きの一つに頂芽で生成されるオーキシンが腋芽の形成を抑制するというものがある一方、カルス形成を引き起こす働きも知られており、カルスから発芽するのが不定芽であるという複雑さもある。
カルスとは植物組織として「一定の秩序」ある形質を示さず不定形の塊となって増殖することで、用語としてはこの不定形の細胞の塊の事を指す。人為的に培養したものもカルスと呼ぶ。上記の通りカルスから発芽するのが不定芽であり、ホシクサの花付近から発芽する芽を不定芽と呼ぶかどうかカルスらしき組織は視認したことが無いので個人的には疑問である。

オーキシンが成長すると大オーキシンとなり様々な弊害を撒き散らし問題となる。この状態を我々専門家はダイオキシンと呼んでいる・・・全くのウソです(汗)

形成原因として、殖芽は定かではありませんが素直に考えれば日長や温度変化が想定されます。カルスは植物生理学の文献によれば異常事態、つまり切断やアグロバクテリウムなどの細菌が植物細胞に感染することによる、とあります。どちらにしても何らかの環境因子がトリガーとなっていることは間違いないようです。
そしてカルスは複数の植物ホルモンによって形状や再分化の性質が決定されるようです。この事実を考える時、カルスと殖芽は非常に似通ったものであるというのが個人的感慨です。

話は変わりますが「不定芽」というものがあります。差異はありつつも一般に植物の新芽は種によって出現する部位がほぼ決っています。不定芽はこの法則を飛び越えてカルスから発芽します。この「意味」は様々に解釈されますが、植物生理学的概念や既存の遺伝学の概念ではすっきりした解釈が出来ません。(ちなみに根の形状をしたものは「不定根」)この点と「塊」の相関が本稿の主題となります。

(「水辺の植物」植物用語辞典より転載)
【不定芽】
adventitious bud、茎頂や葉腋等、通常発芽する部位以外から出る芽を称する。不定芽を出すのはカルス(カルスの項参照)という通常の植物体の構造とは異なる構造体(一言で表現すると、なんだかよく分からない塊状組織)である。
セントポーリアやカランコエはこの傾向が強く、葉を一枚ちぎって水に漬けておくと葉から新芽が出、次いで発根する。容易に増殖させることが可能。

ホシクサの頭花からの発芽を「不定芽」としているサイトもあるが、実生ではないという根拠があるのだろうか?むしろ株から分かれる新株が発生部位、発生形態からして不定芽のような気がする。頭花からのものは実生のように思えるが、高倍率の顕微鏡を持っていないので何とも言えない。どなたかヘルププリーズ。
英語表記をあえて入れたのは・・・不定芽はアドベンチャーなんすよ。冒険野郎。言ってみれば「住所不定」はadventitious addressってことだネ。この手の連中はふてい野郎も多いことだし

(*)ここで「水草」というと話がややこしくなりますので。あえて言えば水槽用植物(C)carex校長 ですね。

chapter2 多年草と一年草

前項で上げた植物群には多年草と一年草があります。現時点のスタティックな状態を分析するという手法、つまりDNA一次配列の状態を見る手法では、一年草は結実後に根茎を含む草体全てを枯死させるようになっているはずですし、逆に多年草は根茎を残しそこから発芽するようになっているはずです。
実はこのような静的な見方は植物の進化を考える上では邪魔になります。すでに何回か触れている話ですが、形質としては「持って」いても後天的な修飾として発現するかどうか、という点では何ら役に立たないからです。
具体的に言えばホシクサが熱帯地方で多年草、日本で一年草なのはDNA一次配列という従来の「遺伝」を知る上での対象に存在するかどうか分からない、ということなのです。そうです、エピジェネティクス(epigenetics)です。さらに誤解を恐れず端的に言えば、ホシクサが一年草なのか多年草なのかはDNA一次配列を解析しても分かるかどうか不明で、実はどちらも持っていてどちらかにメチル基の鍵がかかっているかどうかの違いかも知れない、ということです。

なぜ本題と関係ない話を長々と述べて来たのかと言うと、カルスまたは殖芽の形成と不定芽の発芽は上記種が獲得した形質であり、環境因子を契機として後天的修飾として発現しているのではないか、ということです。
ただし、という疑問もあります。ヒルムシロ(Potamogeton distinctus A. Bennett)は主な増殖手段が殖芽による無性生殖です。一説には発芽率は2%と言われていますが、これはもはや誤差範疇の発芽率です。事実育成している株では毎春殖芽からの発芽は確認できますが、実生株は確認できません。
本来の有性生殖による増殖の機能を有しながら緊急事態とその対応であるはずのカルス→不定芽を主たる増殖手段としている・・・殖芽がカルスと本質的に同じと考えればこれはこれで不思議です。ただ、開花→結実を繁殖の王道としてもカラスビシャクなど実生よりも球根の分球やムカゴなどの手段の方が主たる繁殖手段と思われる植物もありますのでそれもまた然りということかと思います。ちなみに前項転載のカランコエを含むベンケイソウ科、多肉植物全般の「挿し芽」による増殖は葉片から不定芽・不定根を出しやすい傾向を利用したものです。

むしろカルスからなぜ不定芽・不定根が出るか、という点が重要なポイントで、前段階であるカルスの形成についても鍵を握っているような気がします。エピジェネティクスでもゲノム解析でも、いかに最新の考え方が登場しても進化論のコアとして「不要な機能は退化する、淘汰される」という原則は生きていると思います。

chapter3 潰れの意味

携帯電話のCMではありませんが「物には何事にも理由がある」で、ではせっかく綺麗に水中葉(*)になったアマニア・グラキリスやオランダ・プラントが潰れるのにはどのような理由があるのか考えてみます。
普通に考えるとカルスを形成してメリットがあるとは思えません。ちょっと脱線して「表現形とメリット」の話ですが、本シリーズ「赤い水草はなぜ赤い?」で述べたように私は赤くなる水草の赤い「理由」を植物体のストレスないし防衛機能だと考えています。ストレスを「発現する」、強光から「防衛する」、どちらもメリットが見えてきます。植物体の変化は何らかのメリットを求めてのものだ、と考えれば「理由」は「メリットそのもの」だという突破口に繋がるのではないかと考えています。

多数の植物生理学関連の書物を紐解いてもカルスについて形成原因は多数出てまいりますが、メリットに繋がる理由は解説が見当たりません。ネット情報ですが唯一この部分に繋がる記述がありました。

以下ウィキペディアより引用
分化した植物細胞は、G0期という特別な細胞周期にはいり、細胞分裂を行わずに休止している。しかし、このように分化した後でも、植物細胞は分化全能性を保持している。そのため、いったん未分化の状態に戻せば(脱分化)、周囲の環境の調節しだいであらゆる方向へ再分化させることができる。この脱分化された植物細胞こそがカルスである。

この記述のうち重要なのは「周囲の環境の調節しだいであらゆる方向へ再分化させることができる」という一節で、逆に言えば周囲の環境によって再分化に備える必要が出てきた、カルスになることで現在の環境をやり過ごせるというメリットが見えてきます。また書かれている通り脱分化=分化全能性の裏付けがあればこそ、だと思います。

ではどのような「周囲の環境」によって再分化に備える必要があるのか、これこそ「潰れの意味」であり「理由」であると思います。そこで前項「多年草と一年草」の生活史的な推論です。
結論から先に言ってしまいますが、アマニアやオランダ・プラントが潰れるのはごく普通のことで、もともと持っている形質が環境因子によって発現しているだけに過ぎないのではないか、と思います。環境因子は「水中」です。
東南アジアのフィールドもそこそこ見て歩きましたが残念ながらまともに発見したのはロタラ・ロトゥンディフォリアぐらいなので想像になってしまいますが、日本でそれぞれの近似種とか同種と言われるヒメミソハギやミズネコノオを見ていると、おそらく好んで水中には生えていないと思われます。
熱帯では地形の変遷も激しいので(雨季や乾季によって)「川の中にたなびくオランダプラント」なんて紹介もされますが、日本の感覚で川、と言っても実態はまったく違いますのでパーマネントな河川かどうか、という観点は必要だと思います。要するに両種は本籍が湿地植物、抽水植物、ということなのです。なぜなら一年草である彼らは気中で開花・結実を行わなければ種の維持が出来ないのです。
たしかに明らかな水中葉を形成します。しかしアマニアのオレンジ、オランダプラントの赤みは不完全な(一時的な)水中葉が水面に近づくにつれ強光ストレスに耐えて踏ん張っている姿にしか見えません。この部分はすでに本コンテンツの別記事で述べました。
カルスはその環境因子、ストレスと言い換えても良いかも知れませんが、限界を超えた時に発現する遺伝的形質なのではないか、というのが仮説かつ結論です。環境に合わなくなった生長点を自ら潰し、より環境に適合した新芽(不定芽)の拠点とする、これは環境変動の激しい環境で身に付けてきた形質で、抽水など安定した環境では鍵がかかっている、と考えられないでしょうか。

ここまで述べるとアクア系の方々からは「一度水中葉になって後も萎縮するではないか」という疑問が提示されると思います。その水中葉が湿地植物の緊急避難的な、ストレスを受けやすい一時的な姿だと考えればどうでしょうか。「湿地植物」は本質的に水から出る指向性を持っているのです。
そもそも「水中葉」という言葉は大きな誤謬を含んでおり、沈水植物の葉と一時的に水中で生きる湿地植物の葉は同列には語れないはずなのです。
硬度の変化によって縮れる、という何とも理解し難い説もあります。「陸上植物は」イオンチャンネルの刺激によって様々な植物体の変化を起こすという話もありますので全面的に否定は出来ませんが、そもそも水中、特に自然環境下では日中と夜間大幅にpHやKHが変動しますので、いちいちそんなもんに反応していたら育つ暇もないのではないでしょうか。

chapter4 溶けるクリプト

やっかいな形質変化という点では熱帯アジアに広く自生するクリプトコリネ属(Cryptocoryne)も水槽用植物としては上記種に勝るとも劣らないドラスティックさを持っています。
以前のアクア系育成本には「一夜にして溶ける」という表現で紹介されていましたが、さすがに一日では無くなりませんが2〜3日で跡形も無くなる種類はざらです。なぜ溶けるのか、原因を水槽の中だけに求めると永久に正解が出てこないと思います。

溶ける原因について多くの方が様々な事を言われています。水温、水質、その他もろもろ、しかしそれらは「きっかけ」であって「原因」ではありません。単なるきっかけと原因を混同している間は本質の周囲を回っているだけです。「溶ける」というドラスティックな草体変化の「原因」は「目的」と表裏一体であるはずなのです。水遣りを忘れた、追肥しなかった、これで枯れてしまう園芸植物もあります。しかしクリプトコリネの「溶け」には目的、言い換えれば「意志」が感じられるのです。この意志こそ目的に他ならないと思います。

この原因のうち最も「植物体の意志」に言及された、納得できる記述を覚えている限りで要約してみます。(多くのアクア書籍を処分してしまい、出典を明らかにできませんが)

【環境対応説】(要約)
*クリプトコリネが自生する環境は熱帯アジアの浅水域または湿地であり、僅かな期間で水中、湿地、乾地を繰り返す安定しない環境。ここで生き延びるために、新たな環境に身を置かれると(環境因子)適応できる草体として再生するために、それまでの草体を溶かし根茎だけが残る。

この説によれば水槽水中で溶けたクリプトコリネはその水槽に合った草体を形成するはずですが、現実的にはCryptocoryne nurii.をはじめ「溶けたら終わり」となる種が多いのも事実です。終わってしまう種にはマレーシア産が多く、強く酸性側に傾いた自生地が多いらしいのでその辺りが関係するかも知れません。(マレーシアには行ったことがありますが、さすがに自生地の土壌pHまでは・・・^^:)
現実にこの解説通り一度溶けて根茎から復活する種も多いので、環境適応説は妥当性があるのではないか、と思います。クリプトコリネはサトイモ科ですので根茎に栄養分を蓄え再生のための原資とするわけですね。この部分からクリプトコリネの「溶け」とミソハギ科やシソ科の「潰れ」を定義できるのではないか、と考えました。

ミソハギ科やシソ科の潰れ(カルス形成)とクリプトコリネの根茎以外を溶かす現象は再生に備えた原資の形成ではないか

そしてこの機能は殖芽もまったく同じであると考えます。殖芽が形成される要因、ある種の水生植物が縮れる要因、クリプトコリネが溶ける要因は大雑把に環境因子、そして目的は新たな環境に適応した再生だと考えます。

chapter5 正常機能としてのScrap and Build

さて、状況証拠のみだらだらと述べてきましたが、「湿地の科学」として何らかの結論を出さなければなりません。
論点としてすでに「性質なので無理」という線が見えています。トニナを始めとする数々の難種を「育成テクニックで」攻略してきたアクアリウムの先人達からも、溶けや縮れについては遂に最終的な結論が聞こえてこなかったことからも問題の本質が別なところにあることは明らかではないしょうか。
極論すればマムシグサや多肉植物がいかに魅力的でも水槽水中で育成するのは無理、ということです。オランダプラントやアマニアも基本的には同じはずですが、始末の悪いことに一時的に水中に適応するという事実が育成家の目を眩ませているのではないか、ということです。
アクアリウムの世界では一部の識者を除き、自生地ではどうなのか、一年草か多年草か、という点を気にする方はお見受けする限り極端に少ないようです。一般的には一緒くたに「水草」です。この認識下で育成条件を議論することは無意味かつ不毛なことだと考えます。溶ける、縮れる、潰れる、これは驚くべき植物の機能としてのScrap and Buildです。

整理すると次のような事だと思います。

・カルス、殖芽、クリプトの「溶け」は相似形で、環境適応のための再生という目的を持っている
・元々上記草体変化は「遺伝的形質」として持っていると思われるが、発現する場合、しない場合はエビモの場合など個体群生態学的に検証可能で、遺伝的に違うのであれば別種の可能性もあるのではないか
・どちらにしても潰れる草は潰れるし、溶けるクリプトは溶ける。硬度やpHは枝葉の問題で、植物体が認識する「環境変化」の多くの兆候の一部分である。これらの要因追求は現象面に囚われると本質を失う典型であるのではないか
・最大の兆候はシソ科やミソハギ科の場合、水中に在るということで、湿地植物特に一年草は気中で開花・結実しなければならない、という使命を持っている。元々の植物生理を併せて考えなければ正解は導けない

肥料だ光だ水質だ、と迷宮に入り込んでも結果が出ないのは、湿地植物が「一時的に」水中で生育する姿を「水草」だと認識するギャップにある。

アクアリウムの書籍には美しい本場のダッチアクアリウムの紹介がありますが、見事なアマニア・グラキリスやオランダ・プラントのレイアウトがあります。過去こういった水槽を目指して考えられうる限りの環境を試してみましたが長期維持は不可能でした。冷静に考えてみれば「写真」なんですよね、瞬間的な。冒頭のアマニア・グラキリスはもちろん私の以前の水槽の写真ですが、これをもって育成云々を語ることはもちろん出来ません。
その「瞬間」の長さに硬度や肥料や何やら、従来言われて来た要因が関与していることは可能性があるでしょう。否定はしません。ただ私の価値観ではそれは最早ドラセナやオリヅルランを水草として扱うことと同義です。数多の「きっかけ」を議論しても本質には辿り着けない、と強く感じるからです。

アマニアやオランダ・プラントを水草として安定して育成する、可能性があるとすればオーキシンの分泌をコントロールすることですが、アマチュア育成家にはとても力が及ぶ世界ではありません。「最近のイエローアマニアは潰れにくくなった」という話をよく聞きますが、すでにバイオテクノロジーを身に付けた水草ファームの成せる業かも知れません。食品ではないのでどんな触り方をしても交雑や逸出は別として直接的影響は無いと思います。純粋に園芸的な美しさを求めるのであれば水草ファームの今後のリリースに期待するのが良いのではないでしょうか。


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