湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.9 変異と同定
〜タデ科正体不明種を考える Part1ナガバノウナギツカミ編〜

chapter1 形態的な同定の揺らぎ〜序文代わりの植物分類学

湿地植物を観察していると、全体の雰囲気は同じでも微妙に異なる植物を見ることがあります。微妙に異なる表現形、これは元々持っている遺伝子によるものですが(遺伝子に拠らない形態変異もあることはありますが、ウィルスやら栄養不良やら日照不足やら、微妙ではない発現で見分けることが可能です)、これらの多くは度々本シリーズでテーマとしているエピジェネティクスによるものと思われます。
具体的な例をあげればヤナギタデが赤くしなやかな葉で流水中に生えていたり、ミズハコベが冷水中で浮葉を出さず線型の沈水葉のみで生育したり、普通の自生環境、湿地や平野部の湧水起源ではない小河川では見られない姿が見られることがあります。これは一言で言えば環境適応ですが、もちろん環境に適応する遺伝子、逆に言えばその環境に置かれなければ発現しない遺伝子を持っている、と言う事が出来ます。この場合低水温が環境因子となって「眠った」遺伝子を起こしているのです。これがエピジェネティクスの考え方に他なりません。

さらにやっかいな事に、植物には幼形成熟(ネオトニー)による表現型が往々にして存在し、今回テーマとするナガバノウナギツカミなどは実に様々な表情を見せてくれます。
この「変異(エピジェネティクス、ネオトニー)なのか種としての些細な特徴なのか」ということを熟慮しないと大変な事になってしまいます。一発出してしまうとなかなか訂正の効かない植物図鑑はまだしも、誰でも情報発信が可能なインターネット上の情報には植物の同定上明らかな誤謬や誤解が散見されます。もちろん私自身偉そうに指摘できるほど正確な情報だけを載せているわけでもありません。極力正確性を心がけておりますが完全ではありません。
湿地植物というマイナーな世界ではメジャーな「日本の水草」でもホソバノウナギツカミをナガバノウナギツカミとしていたり、複数のサイトでオモダカとアギナシを誤認していたり、多くの例があります。しかし私自身がそうであるように、個人のWebサイトはしょせん個人の知識の投影です。そこに限界があることを認識して閲覧しないと、こと植物の同定に関しては更なる誤りの増幅を招きます。ある事情、時期による植物の一つの表現が全てではなく、時によって全く別の顔を見せることを念頭に置く必要があるのです。

要するに「見た目で判断」できない世界ではないか、ということなのです。そんなの当然、と思われる方もいると思いますが、実は植物の多くは「見た目で判断」された、形態的種の概念によって種として成立しているのです。ここに種としての揺らぎを感じるのです。

このタデは当初、ヤノネグサの何らかの種内変異ではないかと考えておりました。葉は長いのですが明確な同定ポイントである葉柄からナガバノヤノネグサ(Persicaria breviochreata (Makino) Ohki)ではなく、他に分類できるイヌタデ属も見当たりません。いくつかの種の見当は付きましたが腺点や托葉鞘など同定のポイントとなる部位にも変異が多い、との解説を見ればそれ以上の同定は素人には不可能。
正解になかなかたどり着けなかったのは、ナガバノウナギツカミを含むあまりポピュラーではないタデの同定ポイントの情報があまりにも少なかったためでした。特徴とされる茎の逆棘や花柄の腺毛なども「揺らぎ」があってなかなか一筋縄ではいかないためです。事実検索をかけてみると実に色々なタデが出てまいります。

この事で、植物の形態から種を考えるアプローチの妥当性に疑問を持つようになったのです。たった1種の同定ですが、まさに形態的種の概念の持つ同定に於ける脆弱性を体感したのでした。その脆弱性とは以下の2点で示されます。


(1)形態的な相違がすなわち種の相違である根拠が無い
(2)形態的相違に拠る分類は主観的なものである


例えば「繊毛」という表現が個人によって受ける印象の幅が、種内変異による「揺らぎ」の振幅よりも小さいかも知れない、ということなのです。ある表現形を見て「腺毛」と思う方も「剛毛」と思う方も居るはずです。写真という便利な道具もありますが、この微小な差異を適切に画像として残せる機材、スキルを持つ人も少ないでしょう。すると最も視覚的に認識しやすい葉形で判断ということになりますが、本種に関してはそこに大きな落とし穴があったのです。

chapter2 葉形のいろいろ

この葉は上画像と同一株のものです。何となく違和感がありませんか?葉の葉柄に近い部分の「切り欠き」が無くなっています。この2枚の画像を比較して葉形による種の判断が付くでしょうか。一般的には葉の切り欠きは大きな判別ポイントです。
これが「生長段階のある時期の姿」であるならまだ分かりますが、このタデは同年度の(一年草です)同じ株でも実に様々な葉を付けるのです。葉を一枚二枚だけ見て種を特定することが非常に困難なのです。

それでもこの葉は何となく面影が残っていそうに見えますが、次の一枚をご覧いただきましょう。これも同一株で見られたものです。切り欠きがあってヤノネグサに近い葉形ですが、3〜4節下、つまり古い葉です。生長段階の過程、と言えないのはこの葉がこれ以上形を変える可能性がなく、冒頭の画像のように発芽初期にも見られるものであるからです。
そして数少ないナガバノウナギツカミの情報で「典型的な」葉形として紹介される機会が多いものでもあります。

なぜ同じ株から色々な葉形が生まれるのか?これは非常に簡単そうで奥が深い問題です。栄養状態や日照などの環境要因では語れません。なぜなら同じ環境で同一株からランダムに出ていますので。さらにエピジェネティクスやネオトニーも環境が同じであることから考えにくいのです。
バラがお好きな方なら「枝代わり」をご存知だと思います。枝によって違う色の花が咲く現象です。バラの花を付ける枝は見かけによらず生長スピードが速いのですが、この蕾形成を含む生長過程で短期的な日照やら肥料分の過不足が原因とされています。タデは枝によって葉の形が違うわけではありませんが、この枝代わりに近い現象のような気がします。
もちろん肥料分や日照が要因とは考えられませんが、観察を重ねるとある要因によって「自らの意思で」葉形を変えているようにしか思えないのです。そう考えたのは、さらに次の画像の葉を見たことによります。

「ある要因」とはズバリ光合成量ではないかと思います。同じ株から異なる葉形、シダですがミズワラビを想起させられます。ミズワラビは光合成を行う葉(葉状体、栄養葉)と胞子を形成する葉(同、胞子葉)を分けていますが、もちろん被子植物であるタデはそんな原始的な分化はしておりません。
ただし、発芽から生長初期の間、それほど生長エネルギーが必要ない時期に葉の面積、葉緑素とも少な目の葉を形成するのではないか、ということです。これは後程述べるホソバノウナギツカミの「相似形」でも同様です。
この画像は発芽後の葉によく見られる現象ですが、葉緑素の欠落した部分に葉焼けを起こしているような現象です。この考え方が妥当かどうか分かりませんが、ある時点までは「意識的に」葉の表面積と葉緑素を減じて葉を形成する能力のようなものがあるのではないか、と感じます。

chapter3 ホソバノウナギツカミの相似形

こちらは形態的種の特徴によって容易に同定が可能なホソバノウナギツカミの「ネオトニー的」な葉形です。右下水中にある株です。昔あるサイトの記事のためにサンショウモを主役として撮影したものなので見難い点はご容赦下さい。
この葉形は経験上、水中や日陰など「光量が少ない」環境で見ることができます。実はよくある解釈「光が少ないので小型化」とは人間の都合に合わせた考え方なのです。生長エネルギーとの相関関係が見落とされているのです。光が少ない、エネルギーを多く必要とするという前提では受光面積を多く、つまり葉の大型化が表現形となるはずです。光が少ない、エネルギーも少なくても良いという前提ではじめて葉の小型化や葉緑素の減少が合理的解釈として腑に落ちると思います。
ホソバノウナギツカミの場合、顕著に分かる形で葉形の変異が分かりますが、他種、特にヤノネグサやナガバノウナギツカミは葉の大きさ以外に微妙な表現型を多く持つことで情報があいまいなものとなっているのでしょう。図鑑上の画像では植物の全体像と葉形一つ程度が標準的なものですし。

こちらは「通常の」ホソバノウナギツカミの葉形です。この典型的な葉形は概ねナガバノウナギツカミとされるタデより細長い印象です。明確な「耳」は別として「長い」という印象が時に誤認を招きます。
この「印象」と「長い」ニュアンスの和名は心に響きやすいのか、上記「日本の水草」のみならず、水草通販のWebショップでも取り違えが発生したりしているのです。無料で個人が情報公開するのと異なり「商品」としているものに確認が成されていないのは色々と問題がありますね。詐欺とは言いませんが商道徳上どうか、と思います。ナイキのスニーカーを発注したらアディダスが来た、どうしますか?本質的に同じことだと思うのですが・・。
間違っているぞ、と得意げに突っ込むのは買わない第三者として品が無いと思ったり、誤情報によって自らの信用に泥を塗る業者を冷ややかに見つめる自分に気が付いたり、要は精神を乱されます。しかしこうした情報もネット上のリソースの一つとなってしまう点が危惧されます。ネットの恐さは誤りがそこに留まらず増幅されてしまうことにあります。真面目に同定のための情報を探す方にとってははっきり言って邪魔、ゴミ情報です。

chapter4 「確実な同定ポイント」に潜む揺らぎ

紛らわしいタデ、特にヤノネグサとナガバノウナギツカミに特徴的なのは第一に托葉鞘であり、薄い膜状の長いものが各節にあります。先端(生長方向)にはまばらに毛が付きます。この点に関しては徳島県立博物館の植物担当学芸員、小川誠氏のWebサイトを参照させて頂きました。(小川誠のページ内、似たものくらべ「タデのなかま(イヌタデ属)の見分け方」)
長さ、茎方向に見える筋など株によって微小な表現の差異はありますが、種の特徴としてほぼ安定しています。有力な同定ポイントであると思われます。ただしナガバノウナギツカミとヤノネグサは非常に似ています。逆に言えばこの時点でナガバノウナギツカミもしくはヤノネグサ、と絞り込むことが出来ます。ヤノネグサには逆棘がない、とされますがまばらにあります。ややナガバノウナギツカミの方が多いと思いますが、これはあくまで「感覚の話」。

上記サイトを含め検索をかけて(文献での調査は長い時間と労力をかけた上で断念しました)調べた同定ポイントと実物には相反する現実がいくつかありました。これは葉形もそうですが、同定ポイントとして有力な托葉鞘の縁の毛に関し、有無がはっきり分かれているのです。私の画像は上記リンク先で紹介されているナガバノウナギツカミの托葉鞘とほぼ同じ、と判断しました。
もちろん「博物館の植物担当学芸員」だから信頼、ということではなく、Webサイトによっては「ナガバノウナギツカミの托葉鞘の先端が切型で毛が無い」としているものもあります。現時点では同定含めて不明です。個人的な情報の取捨選択の範疇であります。それを前提として知り得た「同定ポイント」をまとめておきます。

(*)ナガバノウナギツカミに関しては同定がいまだに確実ではありませんので「仮」としています。画像は自宅にあるナガバノウナギツカミ(仮)、ヤノネグサは確実な「ヤノネグサ」のものです。

  ナガバノウナギツカミ(仮) ヤノネグサ
1.托葉鞘/棘 筒型で縁にまばらな毛、茎の棘まばらに
縁の毛はヤノネグサに比してたしかにまばら
基部(節に近い部分」の逆棘は「棘状」である
葉柄にも棘がある
筒型で縁に長い毛がある、茎の棘まばらに
基部の「棘」は棘状ではなく毛に近い
葉柄には棘がない
2.花柄の特徴 花柄に腺毛がある、小花柄にも腺毛がある 花柄に腺毛がある、小花柄の腺毛はない
3.典型的な葉形 卵状披針形または披針形、基部は鉾形 卵形または広披針形、基部は切形や浅心形
4.花の構造 花被:5深裂 裂片上部:紅色 下部:白色 花被:5深裂 裂片上部は紅色 下部:白色
花によって区別できない!
5.草丈 70〜80cm 50〜60cmまで


揺らぎがあることを承知しつつ最大の注目ポイントと考えているのは托葉鞘付近です。托葉鞘末端(生長点方向)の毛の量、節付近の棘の質感、そして最大のポイントとして葉柄の逆棘の有無、これが最も「揺らぎ」の少ない同定ポイントではないか、と考えます。
また自宅育成株では小花柄の腺毛に付いて同定ポイント通り有無が分かれました。目視による同定ではこれも有力な手がかりとなるでしょう。
注目すべきは花の構造で、蕊に至るまでほぼ同一なのです。従来の新エングラー体系による分類概念から言えばナガバノウナギツカミとヤノネグサを「種」として独立させることが困難ではないか、と思いませんか?


尚、尚上記リンクを含めて本種の同定に関し、興味深いWebサイトを御紹介しておきます。本記事で少なからず参考にさせて頂きました。
小川誠のページ内、似たものくらべ「タデのなかま(イヌタデ属)の見分け方
三河の野草内、ナガバノウナギツカミ
WonderSquare内、花の写真館ナガバノウナギツカミ

chapter5 まとめ:形態的種と表現型の矛盾

なにやら難しいサブタイトルですが、簡単に言えば見た目で判断できないのがタデ科の一部である、ということです。この点に関しては堀田満氏が「水辺の植物」で解説されていますが、花を見れば分かるサクラタデや齧れば分かるヤナギタデなど、分かりやすいタデとは一線を画す種なのです。
もちろん形態的種の概念は重要なものです。タデ科に関してもぱっと見で「ヤノネグサ」「ミゾソバ」「サデクサ」と判断できる種が少なくありません。サクラタデとシロバナサクラタデも開花していれば見た目で同定が可能です。しかし些細な部位を種の特徴として分類が成された場合、しかもその部位に表現型がいくつか存在した場合に種の特定は藪の中に入ってしまうのです。

この事実は素人愛好家の「素人度」が高いほど理解できない概念であると思います。以前産地見かけの異なるトリゲモを3種類、神戸大学の角野康郎先生に鑑定依頼をしたことがあります。素人度の高い私は正直なところ「水草の第一人者が鑑定すれば正体が分かるだろう、ひょっとして希少なトリゲモもなかに混じっているかも」と期待しました。
角野先生から頂戴した回答は「すべてオオトリゲモの可能性が強い」というものでした。当時は「可能性が強い」という表現に物足りなさを感じましたが、今では理解できるようになりました。素人度がちょっとだけ少なくなったのでしょう。何が理解出来たか・・・表現形を持つ植物に関しては実物を精査しても軽々に断言すべきものではない、ということ、もう一つはプロが判定する以上確実な証拠が無ければ断言はしない、ということです。
これは当記事からリンクさせて頂いた小川誠氏のWebサイトにも記述があり、度々の、そしてデジカメ画像による植物の鑑定依頼(学芸員に調べさせるのは私だけではなかったのですね^^;)に対するスタンスとしても表明されていました。

さて、ここまで考え、調べ、気が付いたことが二つあります。一つは、これらのタデの分布が限られているために、さらにこんな事に拘って調べる人間が少ないために異物同名(homonym)や異名同種(synonym)が起きているのではないか、ということです。同定ポイントとされる点がここまで揺らいでおり、簡単に葉形変異が起こる種であれば可能性は高いはずです。これはタデ科でもう一つ手元にある不明種「アオヒメタデ」を調べ始まった際にも強く感じました。
二点目は時間軸、つまり進化の過程の話なのですが、ナガバノウナギツカミはアキノウナギツカミやホソバノウナギツカミと同列に進化し分化したものではなく、ヤノネグサの系統のタデなのではないか、ということです。勿論根拠の薄い仮説ですが、類似性を色濃く残しつつ「ウナギツカミ」へ収斂進化、と考えると些細な相違と見分けの困難さに付いて納得できるものであります。

次にもう一つの分かり難い(現時点でまだ分かっていない)アオヒメタデに付いて、どういうプロセスでどう落とし所を見出したか触れてみたいと思いますが、すでに長いテキストとなっておりますのでPart2として記事を分割いたします。(続く)

参考文献:保育社 水辺の植物 堀田満


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