湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.10 時間軸と種の概念
〜タデ科正体不明種を考える Part2アオヒメタデ編〜

chapter6 収斂進化と獲得形質〜序文代わりの進化学

タデ科のある種には「揺らぎ」があり同定が困難というのが前稿の主旨ですが、同定されている(と思われる)種にも疑問があります。そしてその疑問の解決は種の同定に意外と近い道ではないか、と思います。疑問とは野外または育成上で感じる次の3点です。


(1)同じ科、属の植物なのに自生傾向がまちまち。水中でも耐えられる、湿地を好む、陸上を好む種がそれぞれ存在する珍しい科である。
(2)その「好み」は水槽水中で育成した際の馴化とは必ずしも一致しない。そこにどういう傾向(これこそ「進化の方向性」後述)があるのかパターンが見つからない。
(3)同一種でも状況に応じて自生地を変えている。湿地性でありながら乾地に進出、またその逆など。


主なところはこんなもんですが、育成家特にアクアリスト的に簡単に言えば「湿地性のくせに沈水葉にならん、乾地で採集したのに沈水葉になった、わけわからん」ということです。具体的な例は枚挙に暇がありませんが、話を進めるにあたって2つ記しておきます。


(a)ミゾソバは水深のある用水路の底から発芽する場合が多々ある。逆に乾地では見られない植物である。水中を生長し水面上に突き抜けて開花するが、生長途中の株を水槽に導入しても沈水状態では生育しない。
(b)シロバナサクラタデは水辺から距離のある乾地にも進出している。逆にミゾソバのような生長の仕方は少ない。しかし水槽水中では短期間に異形葉を形成し水中生活に馴染む。


この事例を生態学的に考えても「なぜ湿地傾向の強い種が水中NGで、陸上でも育つ種が水中OKなんだ?」ということで解決しません。なぜならスタティックな「生態的地位」には見えない「機能」なのです。シロバナサクラタデが水中で育つ、これを最初にやった方は偉いと思いますね。フィールドの自生を見ても「やってみよう」とは思わない「生態的地位」ですから。ではその「機能」をいつどのような必要があって獲得したのか、現在の「生態的地位」にはどのように到達したのか、という点を分けて考える必要があると思うのです。
この疑問を解き明かすキーワードが「収斂進化」なのではないか、と考えています。収斂進化とは「系統も進化も別々なのに、同様の生態的地位に付いた際に同じような形状に進化すること」です。その「同様の生態的地位」に至る道筋、獲得形質を考えなければ解には到達しないと考えます。その道筋、ベクトルと言っても良いと思いますが、それを「進化の方向性」と称しているわけです。

前書きの段階でいくつかのキーワードが出てきました。「収斂進化」「進化の方向性」「生態的地位」「獲得形質」などなど。自らの文章表現の限界もありこれ以上くどくど書いてもご理解頂けないと思いますので図としてご説明を行います。

chapter7 タデ科収斂進化仮説

この図のうち上のOriginalは一つでも二つでも、幾つでも構いません。原タデが一種類でそこから分化したのか、何種類もあって収斂進化したのかはこの話にはあまり関係がありません。
仮説として原型となったタデがどのようなベクトルで進化し、現在の生態的地位を得たのかまとめて考えてみたのが右図です。

・矢印が「ベクトル」で原型からそれぞれの地形に伸びているのが一次的ベクトル、それぞれの環境からさらに他の環境に適応するベクトルを二次的ベクトルと考えました。
・一次、二次のベクトルを経た結果として現在の環境に適応した姿が「生態的地位」W、WL、Lです。

水に入る(A)、これはそうそう無いと思いますが、エゾノミズタデなどが該当するかも知れません。しかしエゾノミズタデが湖沼で浮葉を浮かべているのは一つの表現形であって、湿地陸上でも生育できることが知られています。
すると、湿地陸上で生育する「技術」をどこで獲得したのか?この事を考えると(A)→(a)、(B)→(b')両方の可能性が考えられるのです。
もう一つ、シロバナサクラタデは前述のように比較的容易に水中生活に馴染みます。一方サクラタデは経験上シロバナサクラタデに比べると水中生活能力は劣り「機能は持っているが熟成されていない」という印象を受けます。シロバナサクラタデが(A)→(a)、サクラタデが(C)→(b)と考えればすんなり腑に落ちます。 という仮説も成り立つでしょう。ちなみに両種は湿地にあって無性生殖を盛んに行い繁茂する「生態的地位」及び生態学的な位置付け、草姿にいたるまで非常に近似しています。

たぶんまだドアをノックした程度の理解深度でこんなことを申し上げると叱られそうですが、現在の状況をいくら精査したところで機能(獲得形質)は分かっても理由に付いては永久に分からない、生態学や植物生理学の限界なのだと思います。
現在の状況、すなわち生態的地位は静的(Static)なものであり、そこに至る道筋、特に獲得形質の向きが動的(Dynamic)、前者は生態学、植物生理学その他現在の状況を精査するアプローチであり後者は時間軸の概念を加味しつつ獲得形質の背景までを考える多分に進化論的な遺伝学ではないでしょうか。
もちろん優劣善悪ではなくアプローチの違いですが、ベクトルのなかで獲得して来た形質が現在の生態的地位を外れる(切り取られて水槽にぶち込まれる、などは立派な「事件」(^^;でしょう)ことで発現したりしなかったり、これが「似たような環境にあるタデでも水中育成が出来たり出来なかったり、という理由ではないか、と考えます。

さて逆に陸生のタデを考えてみると、イヌタデなど湿地でもよく見かけるが乾地を主たる自生地としているタデは(B)→(a')の道筋が考えられます。(この部分は後半部分、アオヒメタデをイヌタデ亜種、品種とする説を一蹴するために重要です)湿地でも稀に見かけることはあっても根元が冠水するような嫌気的土壌を嫌うスイバなどは(C)なのでしょう。両種とも生態的地位は「L」です。


chapter8 花の構造ですべてが解決するのか?

様々な異論があることを承知の上であえて言ってしまえば、花の構造がどうの、という観点は既存の「属」レベルまでの追い込み方で、現にクロンキスト体系の分類方法そのものです。ゴマノハグサ科などは素人が目視しても「同じ科か?」と思うような植物が少なからずあり、APG2 2003では属ごとばんばん転出していたりもします。実際問題としても前稿のナガバノウナギツカミとヤノネグサの分類同定に関し花の構造は無力であると思われました。
勘違いをしないで欲しいのですが「だからクロンキストや新エングラーはダメ、古い」ということではなく、もっと獲得形質の発現を「要素」として考えればグルーピングが絞り込めるのではないか、ということなのです。もちろん花の構造は重要です。ウナギツカミ兄弟、ホソバ、ナガバ、アキノは似たような花を付けます。このグループにはアオヒメタデは入らないでしょう。葉に耳もありません。しかし細葉系のイヌタデ属のうち何に一番近いか、ということを考える時に「花の構造がイヌタデに近いからイヌタデ亜種、品種」という追い込み方は成立しないと思うのです。ここは2番目の重要なポイントであると考えています。

獲得形質がどうの、と言うと難しい話ですが要するに「水に親しい」タデだと言う事を要素として考える、ということです。これはイヌタデのグループには真似の出来ない芸当で、それはそれは立派な水中草姿になるのです。しょぼくなるシロバナサクラタデと異なり大型になり赤くなるのです。これはどう考えても「水に親しい度合い」が大きい、(A)→(a)ないし(B)→(b')をベクトルとして持っている植物ではないか、というのが確信に近い感想です。(C)→(b)程度の植物とは本質的に異なるベクトルを持っているもの、と感じられるのです。(C)→(b)→(b')という道もあると思いますが、一度「L」という生態的地位を得、種として安定した植物がさらにここまで形質獲得を行い変化して行くか、というと「L」に残存する種を考えれば可能性は低いでしょう。

以上踏まえて(いつものように踏まえすぎですが)仮説はさらに深淵に踏み込みます。

chapter9 ヒメタデという「種」に疑念

アオヒメタデ本題に入る前に、タデ科イヌタデ属にヒメタデ(Persicaria erectominor (Makino) Nakai)という種があります。このヒメタデが何者かという情報はありそうでなかなか腑に落ちる情報が無いのですが、アオヒメタデや近似種と言われるイヌタデ、花色の変異などを併せて考えて見ると尚更分かりにくい「種」であると思います。
google検索で画像を一覧してみますと様々な花が出て来てまさに「百花繚乱」ですが、多数派の情報を総合すると本種の特徴には以下のようなポイントがあると思います。


(1)花穂はイヌタデのものと似ているが短い
(2)葉は先端から根元まで幅がほぼ同じ、イヌタデのように膨らまない
(3)さや状の葉鞘を持つ。ただこれは多くのイヌタデ属に共通する
(4)花色は白と赤がある
(5)草体は小さい
(6)葉裏に腺点


ところが困ったことに(1)イヌタデにも短い花穂がある、(2)イヌタデも葉形の変異は普通(3)同じ(4)同じ(5)イヌタデにも小さな草体の株がある(6)同じ、ということで決定的な同定要因にはならないのです。画像はイヌタデと思われる自宅近くの自生ですが、これをヒメタデである、と言っても覆す材料が無い、ということになってしまいます。
現実問題として僅かな見聞からすればヒメタデはイヌタデとかなり印象が異なります。ただこれも私より詳しい方に「これがヒメタデ」とご教授頂いたもので、塩基配列まで調べて同定したものではありません。保育社「野草図鑑」第8巻にはヒメタデの写真が掲載されていますが、イヌタデと言われても違和感のない印象です。ただし、分かっている特徴を並べてみた場合、以下の可能性は排除できないと思います。

(a)本種がイヌタデの地域変種または亜種である可能性
(b)ホソバイヌタデ(Persicaria trigonocarpa (Makino) Nakai.)、シロバナイヌタデ(Persicaria yokusaiana var. albifrora)の誤認

興味深いのがシロバナイヌタデはイヌタデ(Persicaria longiseta (De Bruyn) Kitag. )ではなくハナタデのシノニム?の学名+var.が当てられているものと、イヌタデの学名そのものがWebサイト上に見られる、という点で一言で言えば「種として存在しているのかどうか疑わしい」ということなのでしょう。ちなみにオオイヌタデにも白花と紅花がありますが、オオイヌタデはオオイヌタデです。
要するにイヌタデ(矮性種?)をヒメタデと誤認する可能性、またはその逆という状況は双方が非常に近い種であり、目視できる同定点に変異が多いというのも紛れがある原因だと思われます。本種についてもこのような状況なのに加え、亜種または変種と考えられているアオヒメタデ(Persicaria erectominor var.erectominor f.viridiflora)の存在が話を複雑にしています。さらに複雑に輪をかけるのが、どうやら世間一般で言われている「ヒメタデ」が2種類あるような印象であること、なのです。
園芸寄りの情報に多い「ヒメタデ」は上記の特徴を備えたイヌタデの系列に属すると思われる草姿ですが、単なる流通名とすれば終わる話です。また本種が私が追い求める「ヒメタデ」であっても前稿前振りで述べた「(B)→(a')の道筋が考えられます。(この部分は後半部分、アオヒメタデをイヌタデ亜種、品種とする説を一蹴するために重要です)」の件で、求める姿とは異なった植物であることが推測できます。簡単かつ端的に言えば園芸の世界で「ヒメタデ」と呼ばれている植物はどうでも良いのです。

chapter10 アオヒメタデの謎

アオヒメタデは学名を読めばヒメタデのvar.つまり変種とされています。変種であれば共通する特徴も多いはずですが、上記の通り実態はそうでもありません。簡単に言えばアオヒメタデはイヌタデにもヒメタデにも遠いのです。栃木県RDBや渡良瀬、地元の研究者大和田真澄先生はアオヒメタデをPersicaria erecto-minor forma viridiflora I. Itoと、forma.つまり品種説を取られていますが、先生は同時にヒメタデとアオヒメタデは品種以上の違いがある、と仰っておられるようです。ツリフネソウとワタラセツリフネソウの違いを発見された程の方なので在野と言えども専門研究者に劣らない言葉の重みがあります。
それはさておき、渡良瀬のアオヒメタデが何者か、という疑問に対し、ここに二様の回答が用意されました。どちらを信じるかはあなた次第です・・・ではなくて(^^ゞ、ヒメタデ以上にアオヒメタデが藪の中に入っているのです。

(1)ヒメタデの品種(花が緑白花)Persicaria erectominor forma viridiflora I. Ito
(2)ヒメタデの変種(花以外の変異も許容)Persicaria erectominor var.erectominor f.viridiflora

個人的には(2)、つまり変種説を支持します。もちろん他にオプションが無ければ、です。理由は正体不明ながら画像で見るヒメタデとの印象の懸隔と大和田先生も仰る「品種以上の差異」です。
そしてかなり有力な情報として牧野標本館にヒメタデの標本画像があります。これは以前調べたのですが、牧野植物図鑑と勘違いしていました。DBにあり図鑑に無いのはいかなるわけか、という気もしますがそれはともかく、渡良瀬のアオヒメタデにそっくりなのです。そこでまたまた情報を整理してみます。

(a)牧野標本館にはアオヒメタデはない
(b)あくまで印象としてアオヒメタデに見える植物をヒメタデとして扱っている

ということで、ではヒメタデとは何者か、というのが問題です。前に戻れば堂々巡りで一生楽しめますが、私の場合この先の生存期間が僅かだと思われますので自分なりにすっきりしたいという希望があります。(汗)

【この章の参考】
牧野標本館
渡良瀬遊水地の植物

chapter11 形態的分類による素人追及法

植物分類に於ける方法論、APGや新エングラーやクロンキストはとりあえず置いて、アオヒメタデやヒメタデがどのようなイヌタデ属の系統(これは個人的な分類です)に属するのか、見た目で考えてみました。見るポイントは花穂の形状です。

(1)イヌタデ系統
要するに最初の画像(イヌタデ)のような花穂です。花が別名「アカマンマ=赤飯」と呼ばれるように密集します。ヒメタデ、アオヒメタデはこの系統に属する可能性が高いのではないかと考えます。
(2)ヤナギタデ系統
ヤナギタデやボントクタデのように花穂にまばらに花が付く一群。この系統と自生環境は一致しますが、花穂の形状から属しないと思われます。
(3)サクラタデ系統
花、草体とも大きくなる系統。属しません。
(4)ヤノネグサ系統
花が金平糖、まったく属しません。
(5)ウナギツカミ系統
金平糖状の花穂に加え、葉に耳が付いたりさらに懸隔した形状を持っています。属しません。
(6)ヌカボタデ系統
ヤナギタデやボントクタデよりもさらに細長い花穂にまばらな花、まったく別系統ですね。

そして以上を踏まえて大胆な仮説ですが、
(a)現状ヒメタデ、特に園芸種として出回っているものはイヌタデの地域変種または矮性種かホソバイヌタデではないか
(b)ヒメタデ=アオヒメタデではないか(やや自分の主観、希望の入った牧野標本館の画像の解釈)

と考えてみました。すると正体不明の謎がすっきり解決。第一にヒメタデは現在把握している「アオヒメタデ」である(牧野標本館の印象)、第二にアオヒメタデという種はなく、ヒメタデである、第三にあると思っている「ヒメタデ」はイヌタデの変種、品種、他種の誤認である。
ヒメタデで画像を検索してみると本当にどう見てもイヌタデにしか見えない画像が次々とヒットしますが、葉の形状は牧野標本館の標本とは異なりイヌタデの形状です。どちらを信じるか、という低次元の判断しか出来ません・・・

しかし前稿第二のポイント『「花の構造がイヌタデに近いからイヌタデ亜種、品種」という追い込み方は成立しないと思うのです』からこの考え方も不完全であることを認識しています。事実花の構造でゴマノハグサ科に分類されていた多くの植物群がAPG2では属ごとばっさり転科している事実を例証として上げさせて頂きました。APGの立脚点は遺伝子、つまり進化の道筋に他なりません。
「どの程度水に寄っているか」という観点はまさに「進化の方向性」のなかで形質獲得してきた沈水能力という遺伝子をどう見るか、という見方です。この見方を加味し、ちょっと分かりやすく整理しておきます。

「種」として知られている名称 状況証拠的仮説 正体
ヒメタデ(園芸界での呼称) イヌタデ(矮性種、または品種)、シロバナイヌタデ、どちらも陸生 Persicaria longiseta (De Bruyn) Kitag.
ヒメタデ(牧野標本館の呼称) アオヒメタデ(渡良瀬にあるタデ)親水性が高い Persicaria erectominor var.erectominor f.viridiflora
アオヒメタデ(渡良瀬にあるタデ) ヒメタデ(自生植物と言われている「種」)同上 Persicaria erectominor var.erectominor f.viridiflora

この、およそ自然科学的ではないアプローチに鑑み「仮説」とさせて頂きました。また言うまでもありませんが引用・リンクした対象またはお名前をお借りした方々がこの説を支持するということもなく、あくまで個人的な説であることをお断りさせて頂きます。


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