湿 地 植 物 概 説
Outline of water plants】Vol.10 ホシクサの科学PART3
〜偽胎生に見る「例外」〜

chapter6 意味を考える〜植物の「挙動」

今回はPart2で追記した「偽胎生」の可能性について考えてみます。ホシクサの頭花付近に形成される子株に付いては残念ながら画像が無いのですが、このエキノドルスの例とかなり近い挙動ですので、エキノドルスと比較しながら考えてみることにします。
エキノドルス(Echinodorus)の増殖方法として一般に知られているのは被子植物としての典型的な方法、つまり開花、受粉、結実というプロセスです。この点はホシクサも何ら変わることはありません。前項まで触れてきた「栄養繁殖」は国内に自生するホシクサの場合、自生状態では見たことが無く水槽水中など本来の自生環境に無い環境に置かれた場合の獲得形質の例外的な発現(エピジェネティクス)ではないか、というのが推論でした。

もちろんエキノドルスはオモダカ科の一属ですので多年草、一年草のホシクサとは大きな生活史の違いがあります。この点は育成上の問題点として度々指摘を行ってきた点ではありますが、開花させて種子を残す、という被子植物の生活史上は何ら変わるところはありません。もし相違点があるとすればオモダカやウリカワに見られる根塊からの発芽が種子生産性、発芽率を(同種間の競合上か)抑えているのではないか、という点です。

ところが「論理的な」妥当性を考えてみるとこれでも"しっくり"来ないのです。このエキノドルスは水槽に植栽されたものですが、水面に花穂を伸ばして開花することに成功しています。つまり、開花、受粉、結実への道筋が確保されています。それにも関わらず花芽部分から新芽を出し発根し、子株を生み出そうとしています。まさに定義通りの「偽胎生」です。
逆説的ですが、花穂が水面に届かず開花を断念している状態であれば"しっくり"来ます。水中から脱出できないこと、開花できないことが因子となりエピジェネティクスを発現している、と考えることが出来るからです。前項の記述を引用しますが「一般的な解釈は水生植物に普通に起こり得る「水没」の状態に際し、開花・結実が出来なくなったことに代替する機能ではないか、とされています
」と相反する現象です。「植物の挙動に"なぜ"を求めるな」という声もありますが、動植物を問わず生物の行動には合理的な理由がある、という立場から"しっくり"来ないのです。

ホシクサもエキノドルスも花芽細胞自体に分化全能性を持つこと自体は不思議でも何でもありません。現実にこうして株としての機能を備えた植物体を生じていますので。さらに言えば同じ無性生殖の例である殖芽の存在を考えた時に一つの可能性に気が付きました。それはホシクサもエキノドルスも殖芽を形成するヒルムシロ(ヒルムシロ科)もすべて単子葉植物であるという点です。

chapter7 単子葉という進化形 〜カラスビシャクの戦略〜

私の雅号の「半夏堂」は庭に蔓延るカラスビシャク(半夏)を駆除し切れずに半ば開き直りで名乗っているものですが、このカラスビシャク(Pinellia ternata (Thunb.) Breit.)も単子葉植物であり、「目」まで遡れば「オモダカ目」です。この独特の「しぶとさ」の元はなにか、という理由が「殖える」手段の多彩さにあるのです。

普通の雑草であれば開花・結実する前に地上部を刈り取ればほぼ根絶することが出来ます。ところがこのカラスビシャクは地下に球根を残し、再び出現します。この球根はやっかいな事に多数に分球し、それぞれから発芽します。(1)そして成長すると開花前にムカゴを形成するのです。(2)開花すれば結実もします。(3)要するに3つの増殖手段を持ち、「開花できなかったら」という条件なしにすべて発動しているのです。
この強力な繁殖は被子植物の進化形とされる単子葉植物が進化の過程で身に付けてきた手段なのではないでしょうか。そして「特定の状況によって」身に付けた能力を状況関係なく発現させる「能力」こそ究極の進化なのでしょう。獲得形質が遺伝するかしないか、この点は進化論上度々議論されてきたポイントではありますが、以下囲みの通り、最新理論であるエピジェネティクスの観点からも可能性を示唆されています。

多彩な増殖手段を持つ単子葉植物の例は他にも数多く見られます。農薬普及以前に駆除難種の水田雑草と言われたヒルムシロも殖芽、種子形成を条件に拠らず行います。(ただし発芽率は低いようです。既出)ヒルムシロは水田からはほぼ駆逐されてしまったようですが、いまだにしぶとい単子葉植物の雑草群、イネ科やカヤツリグサ科の植物は水田地帯であればどこでも見ることが出来るでしょう。彼らも地下茎により、種子により大きな繁殖力を持っています。
単子葉植物は他にも一部の例外を除き光合成上有利な葉形や葉脈を持っていたり、根の形状が双子葉植物とは異なっていたり、双子葉植物から見れば様々な点で「進化」した特徴を持っています。ホシクサの多彩な増殖手段もその範疇ではないか、と考えると結論が出るような気がします。

エピジェネティクスについての最良の入門書の一つである「エピジェネティクス入門 三毛猫の模様はどう決まるのか」岩波書店、佐々木裕之著によれば、亜麻(アマ、Linum usitatissimum L.)の栽培上、多肥その他条件を整えて栽培し草体が大型化した株の子孫は同条件ではなくても大型化するとあり、植物の場合は獲得形質が遺伝することが示唆されている。

chapter8 まとめ〜進化の道筋

このあたりで一度結論を出しておきたいと思います。なにか新たな切り口が見つかればPart4もアップしますが、散々探し回って得た結論ですので現時点では可能性は薄いと思います。
今回は植物生理学や生態学的側面ではなく、非常に難解な遺伝という概念のなかでも更に難解なエピジェネティクスの観点からホシクサの挙動を探ってまいりましたが結果的に正解だったのではないか、と個人的に考えています。もちろん自己満足ですし自分自身がエピジェネティクスを完全に理解しているとも考えておりません。しかし、植物体に発現する「現象」は遺伝子を持っているからこそ、でありその遺伝子がどのように獲得され、どのような条件で、さらにどのようなメカニズムで発現しているのか、という事を考える良いきっかけとなりました。

画像はオーストラリア、ケアンズ近郊の池で「真冬に」水中に自生するホシクサ科植物です。この姿を見た際に長々と仮説として考えて来た方向性が正しかったという思いを得ました。
正確にはもちろんゲノム解析をしなければ分かりませんが、例えばこの草が我が国のヒロハイヌノヒゲと先祖が同一だとすると、亜熱帯気候という安定した環境では開花枯死のスイッチが入らず、四季の変化によって獲得形質として種子による世代交代を選択する、ということです。(あくまで「例え話」です)
多年性、無性生殖、分化全能性、水中生育、様々な能力が「封印」された四季のある国の末裔は、眠っている能力の一部を何らかの拍子に目覚めさせるのです。これが時として見られる「ホシクサの不思議な挙動」であり、場所を変えれば「不思議な挙動」すべてが当然の如く見られる、こう考えればどうでしょう。

この草を日本に持ち帰り屋外育成した際に秋にどうなるか、世代交代を行うのか仮説の証明として非常に興味があるのですが、オーストラリアの法律では植物の国外持ち出しを禁じていますので持ち帰ることが出来ませんでした。熱帯産と言われているホシクサを買えば良いのでしょうが、言われるままの産地、種名のものを試しても何の証明にもならないと考えています。実験は結果よりもマテメソ(Material&Method)が重要。

さて、まとめですが、現在見られるホシクサの挙動は次のような環境下で生き延びるために獲得、そして遺伝情報として伝わって来たものと考えられます。

置かれた環境 獲得した形質
熱帯で気温変化が少なく種子による越冬、世代交代を必要としない 株の分割による無性生殖
開花、種子形成時期が雨季と重なり、水没環境に置かれた 分化全能性を用いた頭花における子株の形成。これは偽胎生と考えられる
帰化した地域に四季があり冬は草体または根茎での越冬が困難であった 一年草のメカニズム
生育環境に稲など光を阻害する草体の大きな植物が多かった 周囲から輻射光を受けるために細く数の多い葉を付けるようになった
*「キネレウムナロー」なんてのはこの性質が多く発現した種内変化ではないか、と考えています

そして様々な局面で獲得して来た遺伝情報は通常発現しなくても簡単なきっかけで容易に発現してしまう性質であることが、変異体を多く得られ、植物分子遺伝学のモデル植物となっているシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana (L.) Heynh.)の研究を通して明らかになっているそうです。
ホシクサの場合も同じようなメカニズムを持っている、そして比較的容易に、つまり趣味として育成しているような場合にもその一部を見ることが出来る、というのがホシクサの挙動に関する今回の結論です。

chapter9 蛇足〜種の有効範囲

ここからはまったくの蛇足です。様々な顔を持つホシクサの遺伝子は完全に解明されているわけではありません。人間の遺伝子がすべて解読されたのも僅か数年前のことですし。つまり従来の「形態的種の概念」による「種」に妥当性があるかどうか、という話です。もっと簡単に言いますとこんな事が起きています、という話です。

(1)ホシクサ(広義)がアクアリウムの世界でブームとなり希少種、珍種が非常な高値で取引されるようになった。従来海外を含む現地での採集、流通ルートを通して業者によって販売されていたものが、ネットオークションによって素人が採集物、増殖物を販売するようになった。
(2)本来実態顕微鏡によって微小な花の内部構造を精査しないと同定できない希少種がなぜか「種」として断定された形で流通している。これは「その名前で買ったから」「その種の自生地で採集したから」という後付の理由がまかり通る不思議な世界である。この事に異を唱える方が存在し、出品は以降「?」マーク付のものが目立つようになった。
(3)要するに「商品」(オークションに出品し対価を得る以上、商品と呼ばざるを得ない)を「販売」する側がその商品の正体について疑義を持っているということである。これは他の商取引ではあり得ない現象で、個人と言えども複数の出品を行えば「業」と看做す方向で動いている経済産業省にとっては取締りの格好の事例となる。

上の表中の「キネレウムナロー」などという存在はおそらくホシクサ(狭義、Eriocaulon cinereum R. Br.)の獲得形質発現かと思われますが、多少田舎に行けば山程あるホシクサの葉が細いだけのもの、しかも次の世代に同様の形質が保証できないはずなのに驚くほどの価格で取引されています。
非常に嫌な巻き込まれ方をした友人達のために状況を整理してみましたが、金が絡む世界に「種」の概念が直結している世界なので蛇足の蛇足とも言うべき現在認められているホシクサ科の「種」をおまけで。くれぐれも「キネレウムナロー」を買う際には種を聞いて下さい。そしてアマノホシクサを購入されるのであればクロホシクサとの相違点を聞いてください。私は購入する可能性は今後とも皆無ですが、「種」として見てみたいという興味をお持ちの方は留意が必要だと考えます。

【日本のホシクサ科植物】*すべてホシクサ科ホシクサ属
標準和名 学名(三名法、oNLINE植物アルバム基準) 標準和名 学名(三名法、oNLINE植物アルバム基準)
1.アズマホシクサ Eriocaulon takae Koidz. 2.アマノホシクサ Eriocaulon amanoanum T. Koyama
3.イズノシマホシクサ Eriocaulon zyotanii Satake 4.イトイヌノヒゲ Eriocaulon desemflorum Maxim.
5.イヌノヒゲ Eriocaulon miquelianum Koernicke 6.イヌノヒゲモドキ Eriocaulon sekimotoi Honda
7.エゾイヌノヒゲ Eriocaulon perpulexum Satake et Hara 8.エゾホシクサ Eriocaulon monococcon Nakai
9.オオシラタマホシクサ Eriocaulon sexangulare L. 10.オオホシクサ Eriocaulon buergerianum Koernicke
11.オオムラホシクサ Eriocaulon omuranum T. Koyama 12.オキナワホシクサ Eriocaulon miquelianum Koernicke var. lutchuensis (Koidz.) T. Koyama
13.カラフトホシクサ Eriocaulon sachalinense Miyabe et Nakai 14.ガリメギイヌノヒゲ Eriocaulon tutidae Satake
15.クシロホシクサ Eriocaulon kusiroense Miyabe et Kudo ex Satake 16.クロイヌノヒゲ Eriocaulon atrum Nakai
17.クロイヌノヒゲモドキ Eriocaulon atroides Satake 18.クロホシクサ Eriocaulon parvum Koernicke
19.コイヌノヒゲ Eriocaulon desemflorum Maxim. var. desemflorum 20.コケヌマイヌノヒゲ Eriocaulon satakeanum Tatew. et Ko. Ito
21.コシガヤホシクサ Eriocaulon heleocharioides Satake 22.コヌマイヌノヒゲ Eriocaulon nanellum Ohwi var. piliferum Satake
23.ゴマシオホシクサ Eriocaulon senile Honda 24.サイコクホシクサ Eriocaulon kiusianum Maxim.
25.シラタマホシクサ Eriocaulon nudicuspe Maxim. 26.シロイヌノヒゲ Eriocaulon sikokianum Maxim.
27.シロエゾホシクサ Eriocaulon pallescens (Nakai) Satake 28.スイシャホシクサ Eriocaulon nigrum Lecomte var. suishaensis (Hayata) Hatus. et T. Koyama
29.タカノホシクサ Eriocaulon cauliferum Makino 30.ツクシクロイヌノヒゲ Eriocaulon nakasimanum Satake
31.ナスノクロイヌノヒゲ Eriocaulon nasuense Satake 32.ニッポンイヌノヒゲ Eriocaulon hondoense Satake
33.ネムロホシクサ Eriocaulon glaberrimum Satake 34.ノソリホシクサ Eriocaulon nanellum Ohwi var. nosoriense (Ohwi) Ohwi et T. Koyama
35.ハライヌノヒゲ Eriocaulon ozense T. Koyama 36.ヒュウガホシクサ Eriocaulon seticuspe Ohwi
37.ヒロハイヌノヒゲ Eriocaulon robustius (Maxim.) Makino 38.ホシクサ Eriocaulon cinereum R.Br.
39.マツムライヌノヒゲ Eriocaulon sikokianum Maxim. var. matsumurae (Nakai) Satake 40.ミカワイヌノヒゲ Eriocaulon mikawanum Satake et T.Koyama
41.ミヤマヒナホシクサ Eriocaulon nanellum Ohwi 42.ヤクシマホシクサ Eriocaulon hananoegoense Masam.
43.ヤマトホシクサ Eriocaulon japonicum Koernicke 44.ユキイヌノヒゲ Eriocaulon dimorphoelytrum T.Koyama


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