育 成 メ モ 育 成 理 論

Theory2】窒素肥料概説
〜誤解されている肥料の使い方〜



アクアリウムにおける窒素肥料認識への異論


このテキストは2005.3.19に「育成の科学」に掲載した「激論底床バクテリア窒素転換論」及び2005.10.22掲載の「有機窒素と無機窒素〜底床の科学」を統合、改題、再編成、加筆したものです。

アクアリウムに於ける水槽育成理論ではどちらかと言うと敵役として語られる事が多い窒素ですが、これには大いに異論があります。窒素やリンは河川湖沼でも富栄養化の主要因として語られ、アオコやアオミドロがセットで想起されてしまうためと思われます。水槽での藻類の発生も同じメカニズムですが、この考え方には大きな矛盾があります。
広く認知されている事実として植物の生育には窒素、リン、カリの3大栄養素とその他多くの中量・微量成分が必要となります。藻類も植物である以上同じ栄養塩を必要としますが、水草水槽の主役である水草も植物であり、栄養塩を必要とする事実に於いて何ら相違はありません。よく出てくる話ですが、窒素とリンは給餌と生体の排泄物で十分であり、不足するのはカリである、という定理があります。実際に給餌されている量、排泄されている量と水草の成長を数値化して示している例は見た記憶が無いので、誰も証明できない、逆に言えば誰も反論できない、おまけに「水槽によって異なる」と但書まであればゲーデルの哲学の世界です。不完全性定理、言わば神の領域であり理論として持ち出す事自体が誤りです。
この手の話は「否定もできない」というのが味噌であり、もっともらしい「理論」としてまかり通ってしまう理由はこのへんにあるのでしょうね。 唯一数値的な話があるとすれば「リービッヒの最小律」です。(*1)この理論も脚注にあるように例外が多すぎて水槽維持にすんなり導入するには無理があります。ただし150年近く前の理論を現代の知識で批判しても意味が無いことは言うまでもありません。

植物に必要な要素と傾向


一口に「窒素」と言っても実は様々な種類があります。特に大きな違いは「有機窒素」と「無機窒素」でこの違いが底床維持に於いて重要な意味を持つことになります。後半でお話をさせて頂くこの部分が本稿主題となります。
そもそも窒素がなぜ必要かと言うと、植物にとっては原形質の主成分であるタンパク質を構成する要素であり次のような重要な働きがあります。これほど重要な役割を持っている物質を定量的なガイドラインなしに「苔の原因となる」理由で排除する論調への違和感はここにあるのです。

1.細胞分裂に不可欠(増殖)
2.タンパク質の主成分として草体の繁茂
3.養分吸収、同化作用

前出リービッヒの最小律に示された要素以外にも植物は実に多用な要素を必要とします。一般的に言われる15種類の元素をまとめてみました。

【植物が必要とする元素】
名称 性質 備考
窒素 アンモニア態、硝酸態、尿素など存在形態は色々 元素記号はN、原子番号7
リン 成長を司る。リン酸(H3PO4)として利用される 元素記号はP、原子番号15
カリ ケイ酸カリ、硫酸カリなどが肥料として用いられる 元素記号はK、原子番号19
炭素 CO2として吸収。炭素固定がいわゆる光合成 元素記号はC、原子番号6
酸素 常時呼吸によって取り込んでいる 元素記号はO、原子番号8
カルシウム ミネラルとして要求量は中程度 元素記号はCa、原子番号20
マグネシウム ミネラルとして要求量は中程度 元素記号はMg、原子番号12
イオウ タンパク質合成に不可欠 元素記号はS、原子番号16
葉緑素合成に不可欠 元素記号はFe、原子番号26
植物体の酸化還元に関与する銅酵素を構成 元素記号はCu、原子番号29
亜鉛 植物体の各種酵素の構成、酸化還元にも関与 元素記号はZn、原子番号30
ホウ素 細胞壁の構造を安定化 元素記号はB、原子番号5
マンガン 酸化酵素の作用・葉緑素の生成を補助など 元素記号はMn、原子番号25
モリブデン 酵素を構成、根粒菌の窒素固定、硝酸還元に関与 元素記号はMo、原子番号42
塩素 光合成時の酸素放出に関与 元素記号はCl、原子番号17

脱線ですが、こうして見てみるとアクアリウムの世界で言われる肥料認識が矛盾に満ちていることに気が付かれると思います。少し例示します。

●窒素肥料を添加しない ・・・ すでに述べました。
●カリが不足する ・・・ それ以前に窒素が不足しています。カリ過剰は優先吸収により他の元素の吸収障害を引き起こします。
●鉄(二価鉄)信仰 ・・・ 鉄以下の元素は微量元素であり意識して添加すべき質量は必要無いはずです。

苔の原因となる、カリが不足する、鉄が不足する、ではモリブデンはどうなんだと突っ込みたくなりますが(笑)、その前にこのような観念に囚われてしまうのは必要条件と十分条件をご理解されていないのではないか、と思います。
私も20年以上水草育成を行っていますが、明らかに特定の元素が不足して水草が生育不良を起こした、という例は極稀です。多くの場合光量や溶存二酸化炭素に問題があります。特にここ10年は底床肥料を使用していますが、肥料に含まれる成分以外はすべて水道水に含まれるので週一回1/3量の換水で十分ではないかと考えています。

本題に戻り窒素ですが、たしかに窒素肥料が含まれる液肥を使用していた時期には水槽内に藻類が発生しました。これは次の二つの状況があったためではないかと考えています。

(1)リンの問題
肥料にはN-P-Kの比率が記されていますが、このうちリンの影響が大きいのではないか、と考えています。
・リンは植物が発芽後最も必要とするが、成長後はさほど必要としない。(ソース捜索中、記憶で申し訳ない)
・「アレロパシーによる藻類抑制」で述べたようにリン過剰が藻類大増殖のトリガーとなる研究成果がある

(2)湿地性植物の葉面吸収
湿地性植物が水中育成できる場合、水草として扱われていますが開花、結実に至るまで水中生活に特化した沈水植物と栄養吸収の生理が同じとは考えられません。いくつかの証左はありますが、この点はいずれ別テーマとして纏めます。現時点の仮説は「湿地植物の栄養吸収は根に依存する」です。


肥料に表示された3要素の含有比率。N-P-Kの順となる(P 利助2006)

どちらにしても窒素は水草の成長に不可欠であり、水草水槽に於いては魚の排泄物で賄われる程の小さな要求量ではありません。
では具体的にどうすべきか、底床で起きている現象と併せて次項へ移ります。

バクテリアに対する大きな誤解


アクアリウムに於けるバクテリア理論で有名なのは「濾過バクテリア」または「硝化バクテリア」と呼ばれるアンモニア→亜硝酸→硝酸塩転換を行う理論です。ニトロソモナス(Nitrosomonas sp)、ニトロバクター(Genus Nitrobacter)(*2)と呼ばれる好気性のバクテリアによるプロセスです。
実はこの点について大きな、かつ根本的な疑問があります。疑問点はバクテリアの「餌」となるアンモニアです。量的な問題はさておき、魚やその他の生体の排泄物はアンモニアという窒素の一形態として排泄されます。ところがアンモニアとして排泄されたまま水中を漂い、フィルターによって濾過されるのかと言えばそうではありません。
トラディショナルな飼育書ですがワーナー・ランバートの「正しい水の調べ方」によればアンモニアは排泄された瞬間に、水のpHによって有害なアンモニアと比較的無害なアンモニウムに分離されます。ところが一般的な水草水槽に於けるpHである6〜7(弱酸性)に於いては発生するアンモニアはほぼ0となります。アンモニウムという窒素肥料です。現実的には微々たる量ですので水草によって即座に吸収されてしまうと思われます。
それではフィルター内に住み着いていると思われる上記バクテリアは何を餌としているのでしょうか。極論すればこのような環境に於いては濾過バクテリアと称されるバクテリアが居るのかどうかも不明ですね。通常の水草水槽のフィルターは添加したCO2や水温の均一化のために水流を確保するのが第一の目的ではないか、と思います。従って藻類の発生防止のためにフィルターの機能を強化するという議論は的が外れている事になります。

さて、半ば結論の出た疑問「濾過バクテリア」は置いておいて、本当に重要なバクテリアの話です。ここで底床で起きている現象と有機窒素と無機窒素の問題も掘り下げたいと思います。「底床バクテリア」または「土壌バクテリア」、これもアクアリウムでは重要性が良く語られますがどのような種類のバクテリアがどのような役割を持つから重要だ、という具体的な説明は残念ながらいまだかつて見たことがありません。この部分を有機窒素、無機窒素と絡めて少し掘り下げてみます。

前提としてぜひ記憶に留めて欲しい話があります。それは農業技術が発展した昭和30〜40年代の事ですが、伝統的な農業肥料として用いられていた「堆肥」が化学肥料の出現によって無用とされる「堆肥無用論」が喧伝されました。私の少年時代とかぶる時期ですが堆肥は畑作地帯の普通の光景で少し掘ってみるとカブトムシの幼虫や蛹がゴロゴロ出て来たことを覚えています。その後急速に姿を消してしまったことを考えれば肥料技術の転換時期だったのでしょう。その後堆肥を使わなくなった畑では病害が大きくなりました。このため肥料の購入費用に加え消毒や殺虫剤などコスト増と農薬の生物凝縮など別な問題が起きるようになりました。
この原因は今では理論的に説明がついており、有機物を餌とするバクテリアの減少が病害虫から植物の根を防衛するバクテリアの減少とリンクしてしまったためです。その後の研究成果により根圏のバクテリア、微生物は共生関係があり植物にとって有用であるものが多い事が分かりました。今では「化学肥料をまくのは、生物学者の間では土地を侮辱する行為と呼ばれている」という言葉もあるほどです。

底床という土壌を使用し水草という植物を育成する水槽に於いても状況は何ら変わるものはありません。アクアリウム用の「肥料」もしくは「水草活力剤」などと称される商品(*3)の大部分は無機栄養素によって構成されています。これだけで良しと考えて良いのでしょうか。

有機窒素と無機窒素


論調からすでに「水槽底床中に有機物を仕込め」という結論が見えてきたと思いますが実は正確には違います。水槽での水草育成が室内園芸である以上、一般に言われる有機物の使用には様々な困難が伴います。ピンと来ない方は油粕でも堆肥でも底床に仕込んで何が起きるのか体感してみて下さい。変わった方法ですが豚肉を使用するという方法もアクアリウム技術として存在していました。(かなり極端だと思いますが)
結論の前に無機窒素と有機窒素及びバクテリア、微生物の動きを整理します。「有機」とはなんでしょうか?一言で言えばC(炭素)を含む化合物です。少し詳しい定義としては「炭素同素体(一酸化炭素、二酸化炭素、炭酸化合物)などを除き、C(炭素)を中心に水素、酸素、窒素などを含んだ化合物」です。つまり様々な物質が該当するということです。有機窒素と言っても特定の物質を示すわけではなく、その意味で蛇足的な前書きを付けました。
一方前述した「水槽で生産される窒素」はアンモニウム態窒素(NH4)、亜硝酸態窒素(NO2)、硝酸態窒素(NO3)であり、水中にあろうと底床中に蓄積しようと無機の状態であり有機物を餌とするバクテリア、微生物には何ら関係の無い栄養素であると言えます。では有機物を餌をするバクテリア、微生物が増えないと何が起きるのか、ここで前項の記憶を呼び戻して下さい。同じ事が水槽底床という限られた場所で起きています。

根圏の原生動物(2002 独立行政法人 農業技術研究機構 東北農業研究センター 島野智之)という非常に興味深い論文があります。この論文によれば有機物や有機物を餌とするバクテリアを捕食する2次栄養段階に位置する土壌原生動物の存在があり、捕食のみならずバクテリア・微生物の動きを活性化する役割がある、とあります。以下述べる役割を持つバクテリア・微生物の活性化は植物の成長に深い関わり(共生関係と言っても差し支えないと思います)がありますので、プロセスを省略し誤解を恐れずに言えば「底床中の有機物が水草水槽が機能するかどうかのポイント」であると言えると思います。

【土壌微生物の働き】
一般名称 機能
鉄バクテリア 植物の根にとって猛毒となる二価鉄を酸化する。水中の微小な褐色の粘着性フロックにより存在を確認できる
根粒菌 植物の根に集まり遊離窒素ガスの固定を行う。窒素循環に於いて主役の働きを担う
菌根菌 植物の根に入るカビの仲間。カルシウムチャンネル(イオンチャンネル)に関与
VA菌根 「菌根」とは植物の根と菌類が作る共生体。役割としてリン等の吸収促進、耐病性の向上、水分吸収の促進が上げられている
発根バクテリア 発根バクテリアの活動によって根圏の活性が向上、発根を促す効果がある。活性が低いと発根を阻害する異種のバクテリアが蔓延る
BT 所謂BT農薬の原料となる土壌バクテリア。殺虫タンパク質を生成する性質を持つ。Bacillus thuringiensis
硝化バクテリア 機能している水草水槽に於いてはフィルターよりも底床に密度高く存在していると言われている

鉄バクテリアの働きにより水田地表部に酸化状態となって表出した鉄分(P 利助2005)

アクアリウムに於ける有機物の考え方


有機物の存在が底床中の土壌バクテリアや微生物を活性化、植物にとって栄養素をもたらしたり、毒となるものから防衛してくれる役割を果たしてくれることはご理解いただけたと思います。理屈を長々と書かなくても「水草水槽では土壌バクテリアが重要」という結論は同じですので既存理論を否定するつもりはありません。さて、その重要なバクテリア・微生物ですが、彼らは天然土壌に普遍的に存在するものであり、特に意識しなくても水槽底床中に発生してきます。
またもご相談頂いた事例で恐縮ですが、carexさんのIB窒素事件(?)を検討することで窒素について結びたいと思います。

【IB窒素事件】
水草の成長不良改善のため「底床に窒素」とIB窒素を施肥されたところ、一層の成長不良や枯死が発生し底床中からガスの発生も見られ崩壊の危機に瀕した事例。

前項に於いて有機窒素を含む肥料使用の可能性を示唆させて頂きました。IB窒素は尿素(CO(NH2)2)を含みますので有機窒素の肥料です。ところが上記現象が起きてしまいました。下記に上げる理由により除去をアドバイスさせて頂きましたが、除去により一層の成長不良や枯死は改善されたとの事です。

○IB窒素は本来農業用、園芸用として陸上植物に使用する設計となっている。緩効性肥料で元肥としても用いられるが水溶性が高く、水中底床に於いては一気に成分が溶け出してしまった状況が考えられる。
○底床中、水草の根付近に大量の有機窒素が存在することにより以下現象が連鎖的に発生した可能性がある。
1)多肥による現象「肥料負け」が発生、根の枯死と酸素供給が停止、嫌気状態が部分的に発生
2)有機物を吸収する好気性バクテリア・微生物の減少、有機物の腐敗。ガスは腐敗ガスもしくは窒素ガスが考えられる

この事例から理解できることは園芸用肥料は例え成分がアクアリウム用肥料と同じであっても水槽内での利用は想定していない、何があっても自己責任となるという事です。よく話題となる園芸用肥料の水槽内利用ですが、このような側面もあります。この話題が出た際に「アクアリウム用肥料は成分が不明で高価格、園芸用は成分明確で安価」という主張が必ず出ます。これはある意味当然の話で、園芸人口とアクアリウム人口を比べれれば製品にかけられるコストが違います。脚注の(*3)を再びご覧頂きたいのですが、成分が同じでも「肥料」と名乗らなければ許認可、更新に要する時間とコストを削減できます。消費量の少ないアクアリウム用「肥料」にはこのような事情もあります。
以上の話と自分自身の不幸な事故(*4)から安易に園芸用肥料は使用すべきではないという結論に至りました。
アクアリウムに於ける有機窒素の過剰はリンの存在によって藻類発生の大きな要因ともなります。施肥については慎重さが求められますが、これまで述べて来たように底床を水草が育つ状態に保つには不可欠でもあります。この矛盾を解決するためには水中でも緩効性能があり十分なコーティングがされた窒素肥料、欲を言えばコーティング自体にも各種中量・微量成分が含まれている肥料が理想です。ここまで書けば自ずと結論は出ると思います。(*5)

参考
【文献】
●土と微生物と肥料のはたらき 1988農山漁村文化協会 山根一郎
●図解土壌の基礎知識 1990農山漁村文化協会 前田正男・松尾嘉郎
●正しい水の調べ方新版 1990ワーナー・ランバート
【論文】
●根圏の原生動物 独立行政法人 農業技術研究機構 東北農業研究センター 島野智之 2002
●植物の窒素吸収戦略 清和肥料工業株式会社 真野良平 2002
【Webサイト】
神奈川県農業技術センター
独立行政法人 農林水産消費技術センター
信州大学萩原研究室

脚注
(*1)リービッヒの最小律
植物が成長する過程で多量成分をある比率に従って吸収しているという理論。基本的には正しいが、成分の相互補完やリンの成長過程に於ける必要量の違いなど例外が多すぎて理論として成立しないのではないか、と言われている説。非常に限定された条件でのみ理論通りの事が起きる。尚、正しくはリービッヒは「最小養分律」と提唱、後にウォルニーが「最小律」と補足訂正させた。

(*2)ニトロソモナス、ニトロバクター
手持ち文献、地元図書館、Web検索では両者の名称のバクテリア及び学名は確認できなかった。()内も正式学名ではなく、その意味であえて斜体としていない。

(*3)「肥料」という呼称
肥料として販売する際には「肥料取締法」第17条によって保証票に成分表示が義務付けられている。「ただし」があり「成長促進材」などと肥料以外の名目で販売する際は例え中身が同じものであってもこの限りではない。この仕組は農薬についても同じであり、家庭用の殺虫剤や除草剤のなかにも効果がある(=危険性も高い)農薬と同じ成分のものが存在する。

(*4)不幸な事故
園芸用で有名な二価鉄水溶液を常用していた頃、原因不明の魚類の大量死が発生。購入したファームのポット水草のロックウールに浸透していた農薬と二価鉄が反応して有害物質が発生したと判断した。製品の但書には農薬との併用禁止とあった。他の二価鉄製品、ADAのアイアンボトムにも同様の注意書きがある。意外とダメージの大きな事故が引き起こされる可能性もあるので、個人的にはプロセスと結果についても明記すべきだと思う。

(*5)ここまで書いても分からない方へのガイダンス


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