育 成 メ モ 育 成 理 論

Theory11】育成水質概論
1.土製底床の理屈



はじめに


最初にお断りですが、本編並びに本シリーズは特定の商品またはその解説について批判、否定を行うためのものではありません。効能が怪しげ、疑わしいアクアリウム関連商品は山程ありますが、怪しげ、疑わしいという事がすなわちインチキ、とは言えません。法理論にも「疑わしきは罰せず」というディファクト・スタンダードもあります。いくつかのジャンルの商品に付いて証拠を挙げつつ「インチキだ」と批判することも可能ですが、名誉毀損は「事実の有無に関わらず」。何とも面倒な世の中になったものです。尤もこのような裾野が狭く発展性の無い業界で食っている人々もいるので生活者としての立場からは同情もしますけど。

それは別としても、自分が使用する、使用する可能性のある製品の機能効能特徴を正しく把握することは必要です。今回テーマとした土製底床(ソイル)などはその典型で、おそらく最も理解の深度が浅いアクアリストは(理解の深度に関しては良し悪しではありません)南米産水草やビーシュリンプを育成するために必要な底床、という認識レベルでしょう。
かたや「自分は分かっている」と言いたげに陽イオン交換でKH硬度が〜と語る「認識レベルが高い」方々も本質を理解していないのではないか、と思われます。この点に付いては本稿の主題ですので後々書いて行こうと思いますが、何にしても「疑ってかかる」という姿勢が新たな事実の発見に繋がる、このパターンが見事にはまる世界がアクアリウムです。私が記事にすることが絶対に真実だ、とは言いませんが色々な観点を持たないと真実が見えないという世界は間違っています。この点に関しては断言できます。

さて、今回はこうした状況をベースとしつつ今や水草水槽や一種のエビの育成に於いて主役となっている土系底床材の「効果効能は認めつつも理由がかなり違うのではないか」という点に着目した育成メモです。尚、文中「ソイル」という単語を使用しますが、soilすなわち土の意味で広義です。特定商品を示す狭義の意味ではありません。念のため。

ソイルの威力


さて、私も遥か以前ソイルを何度か使用した経験があり、pH変化に注意とのショップアドバイスに従って都度都度計測をしておりました。経験則から言えば3〜4ヶ月はpH6前後で落ち着き、概ね半年程で水質は中性付近となっていました。この時点で「お取替え」ですが、この水質の変化は散々語られているように「マグネシウムイオンとカルシウムイオンを土壌による陽イオン交換機能で交換する」ことによるものです。ただしこの「事実」は後々事実を見えなくする解説ではないか、と思うようになりました。
両物質が水中に少なくなればKHが下がり相対的にpHも低下します。おさらいですが前出記事「二酸化炭素添加概説」もご参照下されば幸いです。イオン交換能力が限界を迎えるのは土壌の陽イオン交換容量(CEC)(*1)が限界となったからであり、使用するソイルの量以外にも水草水槽では不可欠の換水、この際の水道水の水質や換水量に拠りますので一概に「何ヶ月」とは言えませんが、ユーザーの声を総合すれば概ね半年以内で陽イオン交換容量が無くなるようです。

以前pHがらみのお話のなかで遊離炭酸の溶存量との関連を示唆して頂きましたが、光合成にはたしかに有利と言えども「有利」は決定要因ではなく、現にソイル末期のpHが中性付近まで上昇した後も南米産の水草が相当長期間生長しているのを見て直接的な影響は考えにくい、と思うに至りました。直接的影響という点では植物は日々の生長エネルギーを光合成によって得ておりますので「不利」でしょう。では不利すなわち短期間に枯死するかというとそうではなく、成長不良など比較的長期間に表現される障害が出るはずです。
従来の「解説」で出てくるキーワード中、比較的短期間で影響が出るのは「マグネシウムイオン」です。マグネシウム欠乏症は比較的分かりやすい枯死の原因ですが、欠乏すると枯死に至るはずなのに、効能としては除去することで低pHを云々、という論調です。このあたりは徐々に考察することにして、現時点で「知られている」ソイルの効能は以下の通りです。(赤白エビにどう影響しているのか、は育成繁殖経験がありませんので言及できません)

  1. Mg2+とCa2+の陽イオン交換を行い、KHを下げ間接的にpHを下げる
  2. 水質が低pHとなることで溶存二酸化炭素が侵食性二酸化炭素(CO2)に傾斜する。沈水植物が光合成に利用できる形態のものが増加する
  3. 土壌として植物の生長に不可欠な腐植酸(*2)が多く含まれるので育成難種も育成することができる
結果的に方法論として「ソイル底床が不可欠な」南米産水草は、低pH、腐植質の土壌を好むというステレオタイプの結論となってしまいます。これで話が済むのであれば、あちこちのWebサイトや掲示板で言われていることなので私が記事にする必要もありません。

(*1)陽イオン交換容量(CEC)
陽イオン交換容量CEC(Cation Exchange Capacity)は、土壌が飽和まで陽イオン交換した時の陽イオン総量である。養分保持力と理解される。交換され土壌に保持されるのは良く知られているCa2+、Mg2+の他、K+、Na+、NH4+、H+などである。

(*2)腐植酸
腐植酸は有機物分解の生成物として成された物質で、窒素、Ca、Mgその他植物の生長に必要な元素を豊富に含んでいる。名前の通り性質は「酸」である。土壌の団粒化とCECを高める効果、すなわち土壌改良の効果がある。

pH変化の検証


まず、従来よく言われている「事実」に付いて一つ一つ論理的に検証してみましょう。

Mg2+とCa2+の陽イオン交換を行い、KHを下げ間接的にpHを下げる

これは動かない事実ですが、同時に一面真実の典型的な例でしょう。すでに解説した通り、陽イオン交換によって土壌中に貯蔵するのはMg2+とCa2+のみではありません。陽イオン交換するイオン中のMg2+とCa2+がKHに深い関連があり、結果的にpHを下げて侵食性遊離炭酸の溶存量を増加させている、ということです。
何を言わんとするかお分かりでしょうか。陽イオン交換する対象となるイオン>Mg2+とCa2+、ということなのです。KHと相関で語られるpHは右辺、すなわちごく一部の事象を示しているに過ぎません。ごく狭い範囲を考える前により広範な影響を持つ左辺を考えるべきではないでしょうか。
この広範な部分を示す指標としてORP(*3)というものがあります。ORPとpHは必ずしも比例しませんが、電位の動きが前提となる陽イオン交換では低pH以前に低ORPの水質が実現していることが伺われます。

フィールドを歩かれる水草好きの方はお分かりのことだと思いますが、湧水近くの河川には量、種類とも多くの水草が茂っている場合が多く、従来ミネラル含有量や水温の一定などを要因として考えて来ました。しかしある名水が「低ORP」を謳っているのを見て気が付きました。pHという指標は水素イオンの量を対数で示しているに過ぎず、リン酸や硝酸が増加すれば電離して水素イオンを増加させることによりpHが下がります。この性質を利用したのが市販のpH調整剤ですが、水質調整剤でpHを下げても南米産の水草は育ちません。一方、同じ陽イオン交換によってpHを下げるイオン交換樹脂によるソフナイザーではある程度育てることが可能だったのです。(この「ある程度」という制限要因は次項の腐植酸によるものと考えています)このことから、

水質が低pHとなることで溶存二酸化炭素が侵食性二酸化炭素(CO2)に傾斜する。沈水植物が光合成に利用できる形態のものが増加する

陽イオン交換によるKHの低下、酸由来の水素イオン増加によるpH効果、どちらの場合も満たしていると思われる上記命題は水草の生長を考えた場合、後者の環境下では決定的要因とはなっていない、と考えられます。すなわち十分条件ではないのです。

もう少し続けます。上記2つの命題は非常に基本的な水質の知識であって、ソイルを製造販売するメーカーサイドも百も承知だと思いますが、実はかなり踏み込んだ製品を出していたのです。これもORPによる水質指標を考え、様々な資料を当たっていると出てくる話なのですが、pHからモノを考えると「理解不可能」「デンパ」と言われ理解されなかったようです。
それはトルマリンクラスター(*4)です。正直なところ、両者「単品」としての効果は理解しつつも「では水槽内でどのような動きをするのか」という点に関しては納得できる説明を見つけられませんでした。従って商品についての具体的な論評は出来ませんが、トルマリンの極間を流れる電流によって酸化還元電位を下げ、水のクラスターを小さくするという効果は知られています。各々の検証はテーマではありませんが、水草の育成上「酸化還元電位を下げ」ることに着目している水草関連企業が「pHを下げて溶存CO2を増やす」という基本的な部分のみに着目してソイルを製品化したとは到底思えないのです。
ちょっと穿った見方ですが、この稿を読んで頂いているアクアリウム経験のある方がソイルに付いて「酸化還元電位」の見方を目にされるのは初めてではないか、と思います。メーカーも同じことを考えたのではないでしょうか。
ORPに着目すれば、ORPが何者で測定する手段は何か、そして測定結果はどの範囲が水草育成に於いて妥当なのか、非常にやっかいな説明を強いられます。(少なくても私には誰もが納得できる説明は不可能です)簡単にアクアな人に納得して貰えるのはpHやCO2だと考えたのでしょう。それはいまだにソイルの効能がステレオタイプで語られることで成功したと考えられます。しかし一方、より本質に踏み込んだトルマリンやクラスター理論は「キワモノ」扱いされてしまいましたが。

(*3)ORP
ORPは水の酸化(力)と還元(力)を示す指標で、Oxidation-reduction Potentialの頭文字を取ったもの。要するにpHと似たようなものであるが、pHが水素イオンによって傾向を示しているのに対し、ORPは酸化還元に影響する全てのイオンの電位によって示している。単位はmV(ミリボルト)である。

(*4)トルマリン・水のクラスター
アクアリウムの世界では眉唾扱いされる場合が多いが、浄水器の一部にこの効果を謳った製品が数多く存在し、効能は知られている。(ただし、人間が飲むという前提で)
理屈としてはトルマリンの持つ電位が不純物と結びついた水の分子を電離し、クラスターの小さい水を作る、というもので「飲んで美味しい」らしい。 使った経験が無いので個人的意見は保留、さらに「人間が飲んで美味しい水」が水槽内でどのような効果をもたらすのかは知らないのでこれまた意見を保留する。ちなみにクラスターはNMR(核磁気共鳴)測定値のことで単位はHz。

これが「肝」の腐植


さて、最後に本質に踏み込む話ですが、前振りの通りマグネシウムは植物体にとって不可欠の物質です。そしてマグネシウムは植物体にイオンの形で吸収されます。余談ながらソイルに付いて言われている一般的解釈であるマグネシウムイオンの陽イオン交換は「必要なものを水中から除去する」という話と等しいのです。
水草、沈水植物は水中にあるという先入観で「水と一緒に葉面吸収する」と力説された業界の方がおられましたが、陸上植物の葉面散布はクチクラに形成された選択的イオンチャンネルによるもの、と分かっていますがクチクラの無い沈水植物がどうやって選択的に吸収しているのか納得できる説明はありませんでした。それ以前にソイルを使った環境で「必要不可欠な要素を取り除いてしまう」矛盾点に気が付いているのでしょうか。
これまたおさらいとなりますが、マグネシウムは植物体に於いて次のような役割を果たしています。

  1. 光合成の主役である葉緑素の主成分となっている
  2. タンパク質やアミノ酸を合成する酵素をサポートする
  3. 毛細根に於けるリン酸の吸収・運搬に大きな役割を持つ

さらにこの重要なマグネシウムですが、水草に付いての知見は無いながら、一般的に「葉面吸収を行っている」植物に於いても根からの吸収が99%以上だそうです。ここで「土壌中にマグネシウムイオンを固定する」意味が見えて来ないでしょうか。
私はソイルの最大の効能は「マグネシウムを土壌中に固定し、水草の根からの吸収を容易にしている」ことだと考えます。実は「邪魔だからどかしている(pH、CO2に着目したアプローチ)」ではなく、「必要な物質を必要な場所に集めている」のではないか、ということです。

さて、その腐植、腐植酸ですが本質は有機物が分解された細かな粒子です。コロイド(*5)の性質を持ちマイナス荷電しているので土壌中で陽イオン交換体として機能します。つまり植物体にとって必要な様々な栄養素を保持することで高い保肥性を持っているのです。
腐植が含まれた団粒構造になっている土、実はわざわざソイルを買ってこなくてもわりと普遍的に存在しています。庭土や畑土など「黒っぽい」土の黒い色は腐植由来と言われています。つまり庭土でソイルを代用できるわけですね。ただ、庭土に含まれる予期しない残留物質や微生物、フィルターに与える負荷が水槽に向いていないという側面があって、ソイルを「商品」足らしめる妥当性もある、という事は書いておきます(*6)

結論ですが、ソイルの本質を整理すると重要順、かつ本質に近い順に整理すると次の2点に集約されるのではないか、と考えます。

(1)腐植酸の持つ保肥性。特に植物体の光合成に不可欠かつ根からの吸収に依存するマグネシウムイオンの集積
(2)有機物による土壌微生物のすみやかな繁殖。この要素に付いては本コンテンツ「【Theory10】土壌バクテリア概論」を参照
(3)陽イオン交換によるORP低下に伴う「副次的な」pH低下と侵食性二酸化炭素の溶存量の増加

こうして考えてみると従来最大の効果とされていたことは優先順位としては最後の方に位置する「効能」ではないのか、と思います。

(*5)コロイド
コロイドは、微粒子などと他に分散した2つの相によって構成される物質の総称。てなことを書くと難解であるが、牛乳を例にすれば微粒子(脂肪)が水溶液中に分散したコロイド、である。ケロイド、ではない(汗)

(*6)ソイルからの発生物
そうは言っても時折ソイル製品からも様々な発生物が見られる。何らかの水草の種子が混入しており見知らぬ水草が生えてきた、なんてのは可愛い方で、ヒルの卵が混入しており水槽がヒルだらけになった、などという例も(汗)


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