育 成 メ モ 育 成 理 論

Theory4】特定成分信仰加持祈祷論
Part1 〜ニ価鉄への過剰な期待を分析する〜




ファイナル



書いては上げ、消してはリライトしを繰り返した海浜の戯画の如し本題テーマですが、ファイナルバージョンとしてアップしておこうと思います。何度か書き換えている理由は、色々遠慮したり封印したりでどうしても舌足らずになっていたためです。

二価鉄とカリはアクアリウム界では不思議な位置付けの物質で、場合によっては水草を育成する上で添加が不可欠であるようなことを仰る方も居られます。結論を先に書いてしまえばその考え方は加持祈祷と同じ範疇の話です。根拠が希薄すぎるという事もありますが、農業や自然科学で過剰の害が科学的に指摘されているということもあります。この部分はゆっくり解説するとして・・例えて見れば「モルヒネは痛みを緩和する。モルヒネは有用だ」と言っているのに等しいのです。量的ガイドラインや害については全く考慮されていません。
どうも人間が練れていないせいか、水草が元気がないとか赤い水草が赤くならないとかネット掲示板で話題になると必ず「ニ価鉄を〜」「カリを〜」と言い出す輩には毎度のように物申したくなってしまいます。水草が元気がない、赤くならない、これらの原因は無数に(*)あると思いますが、よくもピンポイントで特定できるものだと。しかも見たことも無い他人の水槽で。一々反応してしまうと夜遅くまで起きて書き込みしたりと健康被害が懸念されますので(本音)どうしても言いたいときにはグダグダ書かずにこの記事のURLを貼っておこうと思います。その意味でファイナル・バージョンです。


(*)一般的に植物が必要とする元素は、N(チッソ)、P(リン)、K(カリ)、Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、O(酸素)、H(水素)、C(炭素)、Fe(鉄)、S(イオウ)、Mn(マンガン)、B(ホウ素)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Mo(モリブデン)、Cl(塩素)の必須元素16種類とNa(ナトリウム)、Si(ケイ素)の有用元素2種類で構成される。これらの元素18種類の過多、欠乏で要因36、環境要因として水温、pH、硬度、二酸化炭素溶存量、光量、光質、底床材質で7、他植物とのバッティング、生物による食害で2、こう考えて行くと要因が無数にあることに気が付く。
さらに、実は最も要因として複雑で制御出来ないのが土壌微生物とバクテリア(明確に区分して欲しい)で、土壌中有機物の量により植物と共生関係にある有用な生物の増減があり、これを勘案すると植物を正常に生長させる、あるいは阻害する要因は非常な複雑系になっていることに気が付く。


二価鉄不要論おさらい


微量成分とは植物体にとって必要な量が「微量」な故に微量元素と呼ばれるわけですが、そもそもその「微量」はどの程度の量なのか誰も知らない、という出発点が混乱のもとなのです。
ではお前は知っているのか、と言われそうですがきっぱり知りません。種によっても必要量は異なるはずですし、どのような種がどの程度植栽されていて草丈、乾燥重量はどのくらいで、他の必要な元素がどの程度あってリービッヒ的に二価鉄の必要量が導き出される・・・そんなわけありません。例え分かったとしても常に移り行く水温や光、有機物の量などを勘案すればとても「分かる」とは言えないでしょう。科学的にこの状態をカオスと呼びます。条件によって揺れ動く、予測のつかないエントロピーと呼んでもよいかも知れません。
つまり「二価鉄を添加〜」「カリが足りない〜」とアドバイスをしている方々は科学的に解明が困難な複雑系、カオス、エントロピーの状態を経験則のみで断定していることになります。ここに大きな立脚点の脆弱さがあります。
もちろん経験的に両物質を主とした添加剤なり肥料を使用した際に水草が元気になったり赤くなったりということもあるでしょう。経験値は重要ですし積み重ねで真実に近づくこともあります。しかし現象の評価は発展性が無く現象を成立させている理由こそ経験値を普遍化するものです。経験則が正であるならば、私はここ10年くらいはニ価鉄もカリも意識して施肥したことはありませんが、水草は元気だし赤い草は赤いヨ、だから換水の水道水に含まれる量で十分じゃないかな〜という経験則理論に反対できないでしょう?

では実態、特に元素としての特質はどうか、と言う点を科学的に明らかにして行きたいと思います。
「二価鉄、ニ価鉄」とウマシカの一つ覚えのように言ってますが、鉄は鉄です。自然界には比較的豊富な元素です。子供の頃に砂場で磁石を使って砂鉄を集めたことがありませんでした?実はまったく同じモノなんです。
鉄の特質を示す用語として「遷移金属」という言葉があります。遷移は酸化還元により、還元状態、つまり酸素を含まない状態の一つが二価鉄(Fe2+)です。非常に不安定であり水草水槽のように酸素が豊富な環境ではすぐに酸化鉄、つまりサビになってしまいます。


ここに興味深いアクアリストの友人A君の体験談があります。ADAのECAという鉄分補給の機能もある製品を長年使っていたそうですが、ある時濾過槽をメンテナンスのために開けたところ赤錆色になっていたそうです。


残念ながらこの状態ではいかに遷移金属とは言え二価鉄として水槽内に戻る可能性は低いと思います。水槽で生産される酸素が常に豊富な状態であって、皆さんがお好きな濾過(の役割を持つ)バクテリアも好気性なので戻る時には水槽が崩壊していますね(汗)。本件に関してはかのcarex校長から「濾過槽にサビ釘を入れる方法論」を示唆して頂きましたが、この理由により大きな効果があるとは言えないと思います。(鉄が遷移金属であることに注目した着眼点は素晴らしいと思います)
野外、特に水田での現象がこの理由を雄弁に物語っています。乾田化の進展で水田とは言え水が入るのはごく僅かな時期ですが、水が落ちて土壌中に酸素が豊富になると、土壌中の鉄分は酸化鉄となります。(FeOまたはFe2O3、Fe3O4など)冬季に水田を起こした後を見ると赤錆びた土の色が見られるはずです。(別記事ですが画像も上げておきました)
田植えの時期に水が入ると鉄は急速に酸素を奪われ還元鉄(Fe2+)となります。このままの状態では発根に大ダメージがありますので生長できません。これを初期の段階で助けているのが鉄バクテリアで、収穫前に実りを良くするために水田の水を抜き根に酸素を送る作業を中干しと呼びます。


水田に水が入り土壌が嫌気的になると鉄は酸素を奪われ還元鉄(二価鉄)となる。この状態になると植物の発根に大ダメージを与える「毒」となるが、植物体の根への酸素供給と土壌中の鉄バクテリアの働きで防衛を行なっている。稲のみならず多くの水生植物はこの機能を持っていると考えられている。
水田のみならず、嫌気的な水湿地(酸素が土壌表層で鉄を酸化し、赤茶けた土壌の湿地)でも抽水植物が自生しているが、自生を可能にしているのは鉄バクテリアであると言われている。
農地に向かないと言われるグライ土壌はその青黒い色が還元鉄(二価鉄)によるものであり、向かない理由も還元鉄の存在によるものである。

中干しにより水が抜かれると土壌中に酸素が豊富になり、還元鉄は無害な酸化鉄となる。中干しは稲の花付き、実りを良くする=根に酸素を供給することである。
冬季の荒起しで表出する土壌に赤錆色の土が見られるのは酸化鉄によるもので、土壌中には想像以上の鉄分が含まれていることが分かる。
水生植物(抽水植物)と陸上植物の決定的な違いは水を得るのに苦労しないというメリットを取るか、鉄分をはじめ嫌気的土壌がもたらす害を軽減するメリットを取るか、という選択の違いのような気もする。それほど大きな要因なのである。

二価鉄はこれほど大きな要因であること、土壌中に豊富に含まれている=水道水中にも多く含まれている、本来の「微量」は換水時に無意識的に水槽に添加される量で十分ではないか、という点が二価鉄不要論のコアです。もちろん上記の通り「添加しなくても赤い水草が赤いのですが何か?」という現象面で物申すことも出来ますが根拠の裏付けが無ければ無意味です。同様に「二価鉄を入れたら赤くなった」という現象面の主張も無意味です。この点については次項で解説します。

切花延命の反論に反論


私の不要論は一貫して変わっていませんが、掲示板などでこのテーマについて発言すると様々な反論異論を頂きます。

現実に切花の延命に効果があるではないか
投入すれば赤くなるのは事実なので効果があるではないか
アクアリウム用と書いてあります」(これは失笑してしまいましたが)

現象面を見ればその通りです。ただし、その理由を深く考えてみると、切花が延命する、赤系の水草が赤くなる、あるいは時に水草が元気になるという「現象」はあくまで「現象」であって、正に作用しているか負に作用しているか表現形からは窺い知れないという問題点があります。この考え方はぜひ認識して頂きたいと思います。

【切花延命】
他記事のコラムでも簡単に書きましたが、切花延命と呼ばれる園芸資材は実に様々な方法論を謳っており、二価鉄によるものはごく一部です。代表的な方法論をご紹介いたします。
・糖分(ブドウ糖):点滴ですね。何となく分かります
・ミョウバン:これも雑菌の繁殖を抑える=切口の腐敗を防ぐということで分かります
・ゼオライト:これも腐敗防止ですね
・ミネラル:植物体に必要なのは事実ですから・・・
・二価鉄:ここで問題です

二価鉄以外は植物体にとって邪魔な存在を排除する、必要な栄養素を補給するということで細かい理屈は別として納得できるものでしょう。しかし鉄は知見として「微量成分」で水道水にも含まれていますが、あえて添加することで特別な効果があるのでしょうか?「特別な効果」ではなく「邪魔な存在を排除する」という立脚点で、私は次のような推論が許されるのではないかと考えています。
すなわち、切花は切口という脆弱かつ緊急事態的ウィークポイントがありますが、切口細胞中の酸化されやすいフェノール酵素が壊れると植物体、特に導管にダメージが広がります。破壊の第一歩は酸化を伴う腐敗であり、遷移金属である鉄を陽イオンの状態(二価鉄)で増やすことで先に酸化、つまり酸素を奪い取り結果的に腐敗を防止している、導管の水や養分の吸収を守っている、ということです。
切花は発根は関係ありませんので、発根にとってネガティブな物質も、よりネガティブに作用する物質を抑える、という推論です。

【アクアリウムの諸現象】
異論の例として上げた通り困った事に二価鉄製品の一部には「用途アクアリウム」と謳っているものがあります。どのようなアクアリウムなのか突っ込みたい気もしますが、この「用途アクアリウム」について考えてみましょう。
上記の通り二価鉄の投入により「赤系の水草が赤くなる」「気泡を出して活性化したように見える」という現象面の評価があります。これらは私も体感しましたので事実です。しかし、赤い水草がより赤く、水草が元気に、というポジティブな評価が正しいのかどうか、ということが問題なのです。
これは別記事として「赤い水草はなぜ赤い?」で詳細にお話をさせて頂いた通りです。アントシアンの顕在化は植物体の環境ストレス、と解釈されていますが、より赤くなる事が元気になる事と同義であるというのはどこから始まった話なのでしょうか。
二価鉄を大量に投入すると水草の光合成が盛んになり気泡を出すという話もありますが、これも同じ解釈が可能です。浸透圧の変化によって植物体内の気泡を放出していると見ることができます。ちなみに換水時の気泡も同じロジックだと考えています。「元水道水」の水槽水は水道水とは全く違う水質です。換水の際に30%〜40%入れ替えれば浸透圧は大きく変化するはずです。
二価鉄が一時的ながら大量に含まれる電気的にまったく違う(導電率でも良いのですが)水質に変化すれば浸透圧は大きく変化します。それで飽和になって気泡が目立つだけの話で植物体が活性化しているという根拠にはなりません。

植物体をいじめて維持する方法論、盆栽や根切りもありますので一概に否定するものではありませんが、与えている影響については現象面ではなく理由を深く考えてみることが必要です。しかしここまでは前置きです。

負の側面を考える


話の最後に、ある程度理由が分かっており明らかに害となる二価鉄の話を書いておきます。メリットの方は理由が定かならず害の方が明らかなのに添加してしまう、変な話ですがありがちな話でもありますね(^^;実はこの話こそ本題で、自分で体験した被害も含めて、扱い方を間違えれば大きな被害をもたらすというアクアリウム的に重要な話でもあります。

【藻類の発生促進】
有名な「マーチンの鉄仮説」と海洋での大規模な実験により、窒素やリンよりも鉄が藻類の増殖要因となっていることが証明されました。

鉄は藻類発生の原因の一つです

【発根ダメージ】
この点は都度触れてきましたし、農業系のWebサイトにも情報が豊富なのであえて解説いたしません。
ただ水槽内では底床に沈殿するまでに酸化されて無害化されてしまうと思われますので気にする必要はないかも知れません。

【植物体ストレス】
この部分については未知ですが、二価鉄イオンが植物体のストレスとなっている可能性が強いと考えています。逆説的ですが赤系の水草がより赤くなるという事実がネガティブに証明していると思います。繰り返しますがアントシアンの増加がストレスの発現であることは知見です。
二価鉄イオンは陽イオンで硫酸イオン、硝酸イオン、塩酸イオンなどの陰イオンは対となりますので、「必要なイオンを奪われてしまう」ストレス、前項に書いたように浸透圧の一時的な変化に伴う環境ストレスなどが考えられます。

【錯体生成】
おそらくアクアリウムとしては最大の害と思われます。身をもって体験した話なので声を大にして言っておきます。

薬品と反応して生体に致命的な物質を生成します

この話は自分の水槽に二価鉄を投入したところ半日以内に魚がほぼ全滅した、という体験談ですが、当時日常的に二価鉄を投入していた水槽で変化があったとすると前夜購入してポットのまま沈めておいた水草だけでした。
ポット入りの水草のロックウールや草体に残留農薬があることはほぼ常識だと思いますが、その程度の量では生体に直接的に害をなすことはありません。調べてみると園芸用二価鉄製品には「農薬と併用禁止」、アクア向け製品には「魚病薬との併用禁止」の但書があり、薬品との反応によって「何か」が起きる可能性を示唆しています。(PL法は「対人」ですから「対魚」は具体的な記載の義務がないのでしょうか)
化学反応として何が起きるのか謎のままで文献をあたってもそれらしき記述が見つかっていませんが、かの悪友にして尊敬すべき達人の杉山★氏も同じ目に合われたようで(笑)、掲示板上で同様の現象を独特の言い回しで述べておられました。怪しい流木を入れた水槽に二価鉄を入れるとマズいというご主旨でしたが、我が国で「流木」が出来るような状況は、山林なり灌木が生えた荒地なりを整地して土地利用をするような場合に多く、消毒薬や除草剤の使用はセットで考えなければならない=流木に付着、浸透している前提を考えなければならない、という事でしょう。

(錯体生成について以下は推論です)


水槽内で生体を飼育していれば短期的にせよアンモニアが存在するはずなので二価鉄イオンと反応しアミン錯塩を生成します。
Fe2+++4NH3→Fe(NH3)42+
このアミン錯塩自体が有害なわけではなく、薬品中の何らかの物質とさらに反応し、生体に致命的な錯体を生成しているのではないか。


これはほぼ間違いないと思いますが、化学的に何が起きるのか私が製品を使った2社に問合せをしてみます。結果により本稿は書き換えます。

現時点では、購入した、あるいは採集した水草に絶対農薬は付着していない、生体にどんな病気が発生しても魚病薬は一切使用しない、という自信のある方のみ使用すれば宜しいのでは?としか言えません。メーカーははっきり併用するな、と謳っていることで現時点で順法、説明責任は果たしている訳ですし。赤くなるストレス、短期的に気体を放出するストレス程度では植物は滅多に枯れませんので。

効果」を期待できる状況は「分かっていること」の範疇では無い、ということなのです。「分かっていない事」で効果を期待することを日本語では「加持祈祷」と言います。


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