湿 地 の 基 礎 知 識


【生物多様性】3 商品としての野生生物


〜biodiversity3 採集圧と種の存続を考える〜


はじめに

本稿は2005.03.13掲載の問題概論「提言ヤマトヌマエビ保護論」を再編成、加筆したものです。

Special thanks sonsiさん
北関東には分布しないため私には実地調査困難なヤマトヌマエビの河川での分布状況と採集業者についての貴重な情報を頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。また、ブログで同テーマを扱った際にコメントを頂いたnisittoさん、airoさんにも感謝申し上げます。
実はジャンルは違いますが、自分自身も野生生物を繁殖させずに飼育しています。彼らがもたらしてくれる癒し、喜びには感謝していますが、そういった部分とは別に客観的に「野生生物を消費している」と言った思いもあります。この自己矛盾が嫌で一度記事を削除しましたが、野生生物の採集についてひろ32さんにご意見を頂いたのをきっかけに少し気持ちが整理出来ましたので加筆して再録させて頂きます。


アクアリウム業界の消費体質

誰もが気がついているはずですが、それを口にすることは自分自身を否定することになる事実がいくつか存在するのが「アクアリウム」という趣味です。

・外国のカラフルな熱帯魚を飼育する裏には現地で売れるだけ採集してしまう業者の存在がある。生物多様性、絶滅危惧種が語られる場合、国内の帰化問題や国内移入、絶滅危惧種については触れられるが、自分で飼育する熱帯魚、育成する水草が現地でどうなっているのか一顧だにされない島国体質
・東南アジアでブリーディングを行う場所の周辺では深刻な魚類・植物の帰化が見られる。他国の環境破壊は関係ないのか、環境破壊を助長する消費が正しいのか。口を拭って外来生物が・・・と語れるのか
・流通は水槽やフィルターなど高額の耐久消費財より生体の販売に拠るところが大きい。消費を前提にした生物の取引が倫理的に許されるのか。本稿主題のヤマトヌマエビはまさにこのケースに該当する

等です。つまり消費者が魚を適当に死なせて水草を適当に枯らせてくれないと業界自体が成立しない構造になっているわけですね。急激な拡大は望めない業界ですし、高額な耐久消費財は一度買ってしまえばそうそう買い換えるものではありません。
ご存知の通り私は熱帯魚には不調法で良く知りませんが、水草のなかには改良品種でありながら1株5万円程度のクリプトコリネもありました。草1株が、です。とにかく何かブームになればチャンスを逃さず売り抜ける、こういった行動様式がこの業界には散見されます。もちろん業界に関わる方々も生計がありますので仕方が無い部分もあります。しかしそこには「売られる側」つまり生体の保護や自然環境については全く配慮が無いのも事実です。
今回この業界で「生物兵器」(これ自体どんでもない無神経な言葉だと思いますが)と呼ばれるヤマトヌマエビについて上記を踏まえて少し考えてみました。

ヤマトヌマエビの落日

ヤマトヌマエビという西日本に生息する淡水甲殻類がなぜアクアリウムに用いられるようになったのか、経緯を考えてみました。私がアクアリウムを始めた頃にはショップでも販売していませんでしたし、雑誌にも登場していませんでした。いわば同時代的に記憶として経緯を知っていますので大筋は外れていないと思います。

・ADAの天野氏が国産の淡水エビを全種類取り寄せて苔に対する有効性を調べた結果、ヤマトヌマエビが最適と判断し、自分のレイアウト水槽に投入するようになった。これは本人がそう誌上で言っているので間違いないと思われる
・「苔にはヤマトヌマエビ」という情報が各雑誌(天野氏執筆記事)で繰り返し発信されるので、いつのまにか一般的な認識となり、専門ショップはもちろんホームセンターなどでも販売されるようになった。
・そのような状態になって以降レイアウト水槽を始めた方々は「先人の知恵」として迷わずヤマトヌマエビを購入するようになり、市場が形成された。

ではヤマトヌマエビはどこから調達するのか、という点が本稿の主題です。
このエビは浮游幼生期には汽水が必要です。つまり淡水中では繁殖できないわけです。水槽内でももちろん繁殖しません。従って流通しているものはほぼ100%天然採集物ということになります。ここに大きな問題点を内包しているのです。
ヤマトヌマエビの代表的産地として宮崎県が有名ですが、sonsiさんの情報によればここ10年で乱獲され相当減少しているそうです。採集業者のモラル低下も問題で、地元業者が自然に対する知恵として「川を休める」「抱卵固体は逃がす」等のモラルを持つのに対し他県業者は根こそぎ獲って行くそうです。根こそぎ持って行かれれば再生の道はありませんね。この話は販売されている個体を見て実感できます。抱卵個体、若い個体も混じっています。この稿を再編するのに実際に近場のホームセンター、ショップを複数個所見てきました。とても採集段階で選別されているとは思えませんでした。
「採集して生計を立てる」これは漁業が代表的な産業ですが、根こそぎ獲ってしまうような乱暴な獲り方はしていません。繁殖時期を避け、漁場や漁獲も限定するなど慈しみながら獲っています。また天候や回遊などで左右される漁獲量の平準化のために養殖漁業も進化させています。これが本来自然から恩恵を得るスタンスですよね。根こそぎ持って行けばその時の金にはなるでしょうが、短絡的に過ぎます。経済と自然環境の折り合いは普遍的価値観だと思っていましたが・・・。

本当に効果があるのか

そうまでして獲ってきたものを金を出して買っている側はどうなのでしょうか。私は言われている程の効果はないのではないか、と考えています。これは一般的な甲殻類の食性を考えれば自明のことだと思います。このエビに付いて気がついた事を列記します。

(1)言われているほど苔は喰わない。特に水槽が安定した後に出る苔類に対しては全く無力。
(2)苔よりも魚の餌が好き。タブレットなどは魚より先に見つけて抱えて持っていってしまう。
(3)餌の次に魚が好き。寝静まった魚の背後から襲っている姿を目撃したことがある。(未遂)死魚は寄ってたかって喰ってしまう。
(4)魚の次に水草が好き。苔の生えた古い葉ではなく、新芽の柔らかいところが特に好き。
(5)厭世的。投身自殺を敢行する。
(6)水槽内で抱卵するが、繁殖しない。
(7)酸欠、水質の悪化に弱い。導入時慎重に水合わせを行わないと落ちやすい。

皆さんはどう思われるでしょうか?この程度のことはエビや生物の専門家ではない私が気が付く程度のことなのに、なぜアクアリウムのサイトをやっている程の専門家の皆さんが気が付かないのか(触れないのか)?非常に不思議です。
(1)〜(4)についてはまさに甲殻類の食性を考えれば当然のことで、概して悪食です。食害が少ないと言われるミナミヌマエビでさえ例外ではありません。同居する魚類よりも小さいために目立たないだけだと考えています。

図式として

厳しい言い方をすれば市場=ヤマトヌマエビを購入する方は本種の絶滅に手を貸していると言えると思います。再生産不可能な自然採集生物を消耗品として購入しているからです。さらにヤマトヌマエビが苔を喰うという誤情報と言っても間違いではない理由が種の存続を脅かしているとなれば尚更です。
では、なぜこんな事になっているのだろう、と考えた時にデマがいかにも事実として喧伝されてしまう図式があると考えられます。

・誰しも何かしら不安や不満を抱えている。レイアウト水槽の場合は苔、である
・それが解消されると言われており、自分以外の人間も、メディアも言っている。これは信じるしかない
・特に新たにこの趣味を始める場合は「ノウハウ」として受け入れてしまう

かくして市場が形成されてしまうわけですね。
野生のものを捕える事自体は否定しませんし、自分も植物やメダカを持ち帰って育成・飼育しているのでその事自体言い訳はしません。ただ少なくても種子や繁殖によって再生産出来る技量はありますし、消耗品扱いはした事が無いという自負があります。

以前どこかで、実家に帰った際に子供の頃虫や魚を採った場所が綺麗さっぱり無かった、という話を書きました。残念ながら首都圏近辺ではどこでも似たようなものです。現に自宅周辺でも年々水田や雑木林は減りつつあります。
もともと微妙なバランスで成立している二次的自然は、水田の耕起をするかしないか程度の事で翌年の雑草の植生が変わってしまう程です。傲岸な気持ちは必ず形となって返ってきますね。最大の天変地異=人間によって年々減り続ける野生動植物、これを人間が飼育・育成する上で考えなければならないことは数多いはずです。

【エピローグ】怪しいミナミヌマエビの話


当初ヤマトヌマエビは水槽内で繁殖しない、消耗品としての使用は止めてミナミヌマエビを飼育しようと書くつもりでしたが、かなりキナ臭い話が出てきました。
nisittoさんに教えて頂いたオウミアNo.80で指摘されているように、各地で採集されているミナミヌマエビがシナヌマエビの可能性があるようです。
この件は事実が明らかになれば帰化生物のもたらす最も大きな害「遺伝子の撹乱」に直結するわけであって、淡水産エビ類の輸入飼育禁止にすぐ繋がる事態だと思います。まったくの異種より近似種の方がはるかに危険は大きいのです。

私はこの稿を書くぐらいなのでヤマトヌマエビは飼育しておらずミナミヌマエビを飼育していますが、正直この記事を読んでかなり不安になりました。我が家のミナミヌマエビは何者であろうか、と。
シナヌマエビは輸入量が年間20t、用途は撒き餌とアクアリウム用「ミナミヌマエビ」とあります。残念な事に魚類・甲殻類は不勉強の極みなので実物が手元にあっても正確な同定は出来ませんが、もとはと言えばショップで「ミナミヌマエビ」として販売されていたものを購入したものなので来歴についても不明です。
もともと温帯種で帰化の危険性は限りなく高い上にしぶとい甲殻類です。東京湾お台場では上海蟹の帰化が確認されましたが、アメリカザリガニの例を出すまでも無く甲殻類の強さは格別です。
我が家で飼育しているものが国産種ミナミヌマエビであったとしても、もともと関東地方には生息しない種で、その他の問題も考慮して水槽の排水は鉢物の潅水に使用していますが、一層の注意の必要性と何とも言えない不気味さを感じました。
また、まったく別物の外国産エビを「ミナミヌマエビ」として販売しているのが本当であれば非常な憤りを感じます。回転寿司のネタも実は別な輸入魚による代替品が多いと聞きますが、こちらは大きな関心事となっている外来生物問題と生物多様性に直結する問題です。この問題も継続して注意深く見て行きたいと思います。



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