湿 地 の 基 礎 知 識


【生物多様性】5 絶滅危惧種


〜biodiversity5 RDBの紐解き方〜


RDBの不思議

前記事に書いたように、現在全世界で年間4万種にも及ぶ生物が絶滅していると言われています。日本でも有名なところではトキ、コウノトリ、ニホンオオカミなど、その他多くの絶滅種についても「絶滅種 日本」などのキーワードで検索して頂ければ、驚くほど多くの生物が絶滅している事が確認できます。
このサイトの分野である湿地植物についても野生絶滅のムジナモ、あるのか無いのか分からないイサリモ、ガシャモクや森嶋先生のサイトでご教授頂くまで存在も知らなかったテガヌマフラスコモなど結構な種類の水草をあげることが出来ます。と言うか水草の場合は世間一般での関心が薄く、現時点で入手できる情報は鮮度が落ちている可能性が強いので現実はデータより厳しいものがあります。
日本水草図鑑の自生地マッピングもこと茨城県内に関してはほぼ実態と乖離してしまいました。それだけ環境の遷移、特に破壊のスピードが速いということです。

絶滅しないまでも種の存続の危機に瀕している生物をリストアップし、喚起する趣旨でRDB(RED DATA BOOK)というものがあります。元々は国際自然保護連合(IUCN)が1966年に作ったものですが、日本でも国(環境省)及び各自治体が作っています。正式には「日本の絶滅のおそれのある野生生物」と呼びます。このデータは野生生物の危急度に応じて次のようなランク付けが成されています。

種別 内容
絶滅(EX) 我が国ではすでに絶滅したと考えられる種
野生絶滅(EW) 飼育・栽培下でのみ存続している種
絶滅危惧I類(CR+EN) 絶滅の危機に瀕している種
 絶滅危惧IA類(CR) ごく近い将来における絶滅の危険性が極めて高い種
 絶滅危惧IB類(EN) IA類ほどではないが、近い将来における絶滅の危険性が高い種
絶滅危惧II類(VU) 絶滅の危険が増大している種
準絶滅危惧(NT) 現時点では絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種
情報不足(DD) 評価するだけの情報が不足している種
絶滅のおそれのある地域個体群(LP) 地域的に孤立している個体群で、絶滅のおそれが高いもの

このカテゴリー分け自体は何ら問題は無く、絶滅に瀕している野生生物を広く知らしめるのに役立つものであることは間違いありません。ところが野外を歩いてみるとRDBに書かれている植物が大規模な群落を形成していたり分布しないはずの植物が何気なくあったり「ちょっと待てよ」と思う事が少なくありません。
一々傍証をあげても仕方が無いので、こだわって調査を継続しているスズメハコベについて。この植物はRDB上では鹿児島から栃木まで全国11県に自生しているとされています。絶滅危惧TB類 (EN)です。すなわち「近い将来に野生絶滅の危険性が高い」とされています。現に北限として確認されている栃木県では渡良瀬遊水地周辺などごく限られた地域にしか無いようです。ところが環境省、県ともにRDBに記載されていない茨城県にあるのです。
もちろんどこにでもあると言うわけには行きませんが、自宅から徒歩圏の水田、休耕田複数箇所で見ることが出来ます。首都圏の最北端とは言え都市化はゆっくり進んでいますので「近い将来」消滅してしまうかも知れません。もし本当に絶滅危惧種であるならば、未確認自生地という事になりますが、そんな希少な植物の自生地さえ調査が行き届いていない、ということになりませんか?
この点で個人的にはRDBに対して疑義を抱いていますが、安易に批判否定するつもりはありません。「信用できない」のは自由ですが、では自分が信用するものは何か、という話になります。それが「自分で調べたもの」だけではあまりにも狭い視野となってしまいます。調査不足はあるが、希少な野生生物について絶滅を懸念し警鐘を鳴らす、という存在意義を評価すべきだと考えています。この点だけは強調しておきます。

絶滅する理由

絶滅するには理由があって、全てを均一に語る事は出来ません。一言で環境悪化と言っては乱暴過ぎます。それぞれの事情を勘案して手を打たなければ的外れな結果となりかねません。例えば湖を綺麗にして特定の魚種を守ろうとしても片っ端からブラックバスに喰われているのでは意味が無いですよね。自分なりに野生生物が絶滅する理由と対策をまとめてみました。

要因 現象 対策
環境悪化 水辺の富栄養化、ゴミの廃棄、化学物質による汚染など 水質浄化、廃棄罰則強化など
開発 生息環境の開発による喪失 開発許認可の厳格化、アセスメントの強化など
遷移 自然遷移による湿地の陸地化、草原の森林化など 人為的な環境保全
異常気象 異常気象により生存環境に適さなくなる CO2削減など全地球的取り組み
敵対的帰化種 捕食される、生息環境を占有される、など 帰化種の防除
採集圧 希少動植物の商業目的採集(根こそぎ) 罰則、監視の強化
種の寿命 個体数減少、生息環境減少により種として存続不可能 人為的救済

思いつくままざっと書いてみましたが、特に「対策」が如何に困難なことかご理解頂けると思います。様々なしがらみを抜きにこの「対策」を掲げるのは綺麗ごとです。実現の可能性は皆無。
一つ例をあげますと、居住地近くに水草豊富な池を中心にした里山環境があります。珍しい昆虫、鳥類も多く保護プロジェクトが立ち上がっています。しかし、里山はもともと人間の居住環境でもあり、雑木林毎、水田毎に地権者がいます。地権者がオオトリゲモやサンショウモに興味がなければ生活排水を池に流します。オオムラサキやヒラタクワガタに関心が無ければ経済価値の無くなった雑木林は荒れるに任せます。これは地権者ならぬNPOにとっては不可侵の部分です。「ご理解を頂く」スタンスになるわけですね。
日本生態学会生態系管理専門委員会(2005)自然再生事業指針保全生態学研究10: 63-75ではこの部分を合意形成(下線部リンク先より引用)として指針の重要な要素と位置付けています。単に地権者と研究者の合意が取れれば良いというものではなく、自然再生におけるパブリックな立場(官公庁・自治体の役割)や民間企業の趣旨賛同と資金的な援助を取り付けるまで、幅広い立場の合意が必要不可欠であるという立場です。自然再生の先鞭をつけたアサザ基金はまさに合意形成によって様々な立場の団体、個人が合意形成するモデルケースとして評価されています。
蛇足ながら事業指針に合意形成という概念が組み込まれたのは非常に意義があり評価されるべきことです。研究者が突出して理屈を先行させ自治体がその気になっても後を向けば誰も付いて来ていない、というのが従来の図式でしょう。蓮田や養豚の排水が霞ヶ浦に流れ込んでいるのは分かっています。窒素やリンの流入ルート、量的分析も必要ですが、生活者の立場の考慮、農業排水という農政的立場からの考察、趣旨に賛同し資金援助が出来る民間企業の確保など、グローバルな見方をしなければ先に進まないということです。データだけでは誰も動きませんし、研究者であるという事は求心力になりません。
我が国では経済原則からおそらく自然環境よりも土地所有、山林の有効活用といった個人の権利が優先します。ただし絶滅危惧種の多くがこうした個人の権利の下、二次的自然環境に生息していることも事実です。二酸化炭素の増大、森林環境の喪失は南米や東南アジアの伐採や焼畑農業に起因するところが大きいのですが、生物多様性条約も「各国の事情を考えて適切な手段を」と言っています。つまり経済原則を尊重しつつ別な手立て、経済援助によって伐採や焼畑農業をしなくても済むように産業を興こすよう先進国が指導すべきと言っているわけです。もちろん木材も輸入せずに済むように自国での育成、紙のリサイクルなどの政策もセットで推進するということですね。こう考えてみると生物多様性は循環型社会の実現とリンクするわけで、本質部分に於いては外来生物法も家電リサイクル法も同じ目的を持っています。

野生生物が絶滅する理由はほぼ人間にあります。上の表に例示した通り、いざ絶滅が危惧された際にも出来ることはほとんどありません。法律や規制の強化に時間をかけているうちに野生生物は絶滅して行きます。侵略的帰化種は防除の効果が薄いので「侵略的」なのです。人為的な保護はトキの例で分かる通り成功確率は低いのです。RDBに入ってから考えるのではなく、入る前に「ありふれた」野生生物の生存を考えるのが現実的な考え方ですね。

私見水生植物の絶滅危惧種

水辺サイトらしく最後は水草に話を移すことにします。何回も出てきた話かと思いますが、霞ヶ浦や手賀沼にはほとんど沈水植物がありません。この理由は生活排水、農業排水、工業排水の流入によって水が富栄養化し藻類が増殖してしまったためです。藻類が増殖すればCO2を使用しますので水質は塩基性に傾き高等植物が利用すべきCO2が確保出来なくなります。さらに植物プランクトンや藻類によって導電率が上がり透明度も落ちて光合成が出来なくなります。
このような状態となっても結実の度に残っていた未発芽種子(埋土種子)は豊富に残っています。これは水生植物が環境の遷移に備えた保険であるという見方もありますが、まさしく保険になってしまっています。手賀川では以前護岸工事で底泥を動かしたところ、何とガシャモクが復活してきたそうです。また霞ヶ浦の護岸撤廃、湖岸湿地再生実験でも複数の沈水植物が復活した事例があります。ガシャモクやササバモ、リュウノヒゲモなどはまだしも、手賀沼のテガヌマフラスコモは絶滅種です。絶滅とされても湖底泥中に休眠胞子があるのですから、シードバンクの豊穣さは推して知るべしですね。
自然再生の理論上もシードバンクは大きな位置を占めており、昔そこにあった植物を知る有効な手がかり、ロカリティを守りつつ植生を再生する重要な資源となっています。ところが弱点が一つあり、植物の種子または胞子である以上寿命があることです。何千年単位の時を超えて再生した古代蓮のような例もありますが、一般的には種子の寿命は50年前後と言われているようです。手賀沼や霞ヶ浦から沈水植物が消えて行った時期を調べてみると再生のために残された時間はそう多く無い事に気が付きます。レイモン・アザディ氏の「霞ヶ浦の水草」に記されたネジレモなど、実在を確認したい植物は多々あります。永久に失われる前にぜひ保全の取組みが必要だと感じます。
自分個人でも微力ながらお手伝いはさせて頂いておりますが、実情を知れば知るほど障壁の高さに愕然とすることも少なくありません。自然再生すなわち生物多様性を守り絶滅危惧種を救う道は遠回りに見えても合意形成が何より重要だと考えています。

参考
【文献】
●保全生態学入門 1996文一総合出版 鷲谷いずみ・矢原徹一
●自然再生 2004中公新書 鷲谷いずみ著
●レッドデータプランツ 2003山と渓谷社 矢原 徹一編

【Webサイト】
・車軸藻のページ
・環境省自然環境局 生物多様性センター


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