湿 地 の 基 礎 知 識


【生物多様性】8 ベントス相による湿地のアウトライン


〜biodiversity8 指標生物の意義〜


生活型による湿地生物の分類

ベントス(Benthos)という言葉は「底生生物」と訳されますが、特定の種や属、科または形質によって分類されたジャンルではありません。
分類として非常に印象的な「生活型」という観点からの分類なのです。非常に印象的なのは、生物学的に分類された水生生物をさらに異なる観点から分類している上に、生態学では語られることが多い点です。なぜそうなのかと言う事が本稿のテーマとなります。
まず最初に「生活型」による分類は次のように示されます。

・ニューストン(Neuston)
水面に位置する水表生物、と表現されます。浮草や表層型のクラゲ、表層プランクトンなどが含まれます。海洋調査のうち生物調査で用いられる採集網はニューストンネットと呼ばれます。
・ネクトン(Nekton)
遊泳生物と訳されます。水中で生活するもののうち、遊泳能力があるものを表現します。魚類が代表的ですが、遊泳性の甲殻類、爬虫類、哺乳類も含まれます。
・プランクトン(Plankton)
この分類中の用語としては最も一般的ですね。水中生活生物のうち遊泳能力がほとんどないものを表現します。
・ベントス(Benthos)
水底底質の表面や底質中に生活する生物群で、実に様々な生物が含まれます。生態系ではすべての生物が重要な役割を担っていますが、特に重要な役割を担います。

この分類では明確にそれぞれの分類群に収まらない生物も多々存在します。しかしこの「生活型による分類」は生物そのものを明確に分類することが目的なのではなく、まさに生活型、どのような生活をしているかということが観点なのです。そしてその観点で見て行くと、ベントスに分類された生物の大部分が湿地の生態系に深い関わりがあることが見えてきます。

ベントスの役割

水草水槽に於いて「底床バクテリア」という言葉がよく出てきます。この言葉も「生活型」と同様に機能面という観点で分類した生物のカテゴリーだと思います。
底床中で主に植物(水草)の成長に関わる活動に関与する、という意味であれば「バクテリア」だけではないと言う話は「窒素肥料概説」で述べさせて頂きましたが、複雑な有機物の分解過程に於いてバクテリアや微生物の果たしている役割は大きく、彼らの存在なしには水草水槽は維持できないと言っても過言ではありません。
自然下ではベントスと呼ばれるカテゴリーの他の生物も様々な役割を果たしています。貝類であるタニシやマシジミは常に水を吸い込み水中の有機物を吸収しており水質の浄化に役立っていますし、ヒルやプラナリアも言ってみれば「掃除屋」、ミミズ類は土壌の豊饒化に欠かすことが出来ません。

画像はベントスのうちミズムシ(Asellus hilgendorfiihilgendorfi)と呼ばれるワラジムシ目ミズムシ科の生物です。ダンゴムシやワラジムシの仲間で、水中底生生活を行ないますが、水草などに付いて水槽に入り込みます。
アクアリウムではゲジと呼ばれ駆除が難しい「害虫」扱いですが、実はミズムシが自然界で果たしている役割も非常に重要なものです。
水底に落葉が堆積し分解が遅れると水深が浅くなり急速に遷移が進んでしまいますが、ミズムシは落葉を食糧として分解に寄与しています。また、魚類やヤゴなど上位捕食者の食糧になるなど生態系でも重要な位置におります。(この写真は友人宅の水槽で撮影させて貰ったものです)
ゲジと嫌う気持ちも分かりますが、実はミズムシやヒル、プラナリア、モノアラガイなど邪魔者扱いされるベントスが多ければ多いほど生態系として機能している、という事が言えるのではないでしょうか。
余計な話ですが、ネイチャーアクアリウムという言葉は大きな矛盾を内包した言葉であると思います。ネイチャー=自然=生態系を標榜しながらこのようなベントスはもちろん、植物系での重要なベントス、藻類も排除していますので。もちろん水槽には「見せる」要素が大きいので気持ちとしては分かりますが。

ベントスと指標生物による湿地のアウトライン

このように生態系に於いて重要な役割を担うベントスも、水辺であれば同じような種類が存在するというものではありません。この状況を示す言葉に「指標生物」というものがあります。指標生物という概念は1984年に生物指標による河川の水質階級マップを作成するために環境庁(現環境省)と建設省が設定した生物です。
本サイト水辺雑文集 探検絵日記「【その2】霞ヶ浦付近小河川 【新版】」の追記コラムで簡単に触れさせて頂きましたが、水辺環境の指標となる生物に於いて最も象徴的なカテゴリーはベントスです。
(大部分は再録となります)

簡単に言えば水中の生物種は溶存酸素量と密接な関係がありますが、溶存酸素量は、水温と水の汚れの程度によって変わります。汚れた水域では微生物や原始的藻類が、酸素を多く消費することで酸欠傾向を示します。この点に着目したのがBOD(生物的酸素要求量)です。示す数値はCOD(化学的酸素要求量)と同傾向を示します。酸素量が少なくなれば綺麗な水にすむ生物は居なくなり汚染された水域の生物が多くなります。水域の汚染度合を生物相で示したのが「指標生物」というわけです。水質と生物の関係は一般的に以下のように示されます。

(ボールド書体はベントスです)
水質階級I(綺麗な水)
指標生物 : カワゲラ、ヒラタカゲロウ、ブヨ、サワガニ、ヘビトンボ、ヤマトビケラ、ウズムシなど
水質階級II(少し汚い水)
指標生物 : コガタシマトビケラ、ゲンジボタル、カワニナ、コオニヤンマ、スジエビ、ヤマトシジミなど
水質階級III(汚い水)
ミズカマキリ、タイコウチ、タニシ、ヒルなど
水質階級IV(大変汚い水)
指標生物 : アメリカザリガニ、エラミミズ、サカマキガイ、チョウバエなど

このようにベントスはかなりの種類が指標生物となっていますので、ベントスを調査することで湿地の環境面からのアウトラインが可能となるわけです。ドブのような場所ではカワゲラもカゲロウも育ちません。カワゲラやカゲロウがそれぞれストーンフライ、メイフライと呼ばれ、清流で生活するサーモンやトラウトを釣るためのフライフィッシングの疑似餌(フライ)のモチーフとなっている通りの状況です。
もちろんあくまで「指標」ですから必ずしもこうなる、とは言えません。アメリカザリガニは水温の低い清流や高地の湖沼以外、ほぼどの水域で見ることが出来ます。あくまで生物相の濃淡であることに留意が必要です。

ベントスを含む他生物と水草の関わりですが、下記参考文献中「淡水生物の生態と観察」の水草の章を執筆担当された大滝末男先生が文中で「明確になっていない」と仰っておられます。ただ、有機物に乏しい河川上流域の清流では一部の種を除き水草は見られず、ある程度汚れた水質階級IIやVの水域で水草が見られることから何らかの共生関係か、相互に制限要因になっていることは覗えると思われます。
既出ですが本コンテンツ内Biotop Profile「ビオトープ各論 護岸と湖岸湿地」で触れた通り、湖岸湿地の植生と水質、沈水植物の復活は因果関係として知見となっています。生物活動による土壌の活性化、水草による土壌中への酸素の供給など、考えられる要因は多数あると思います。
不気味な生物として忌み嫌われることが多いベントスですが、湿地環境に於いて非常に重要な役割を担っています。水辺に行く機会があったら、水草や魚も良いのですが彼らの存続を支えている地味な生物にも時には注意を向けることも面白いと思います。

参考

・淡水生物の生態と観察 水野寿彦編著1975 築地書館
・アングラーのための水生昆虫学 宮下力著1985 アテネ書房
・茨城県自然博物館展示



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