利助おじさんの探検絵日記

【その22】ペナンで脱力 Part2


◆不思議な世界◆


翌日は水着も届いていないのでジョージタウンという、ホテルからやや南方の市街を見物して回ることにしました。ガイドのユーさんが上手な日本語で面白い話をたっぷりしてくれました。
マレーシアは多民族国家ですが、6割前後がマレー人、3割前後が中国人、残りがインド人他、との事でした。ホテルの従業員や市内の店などを観察してみると面白い事実に気が付きます。
マレー人は色々な仕事をしていますが概して勤勉です。中国人はさすがに商売上手、大きな店舗の経営者はほぼ中国人です。小数のインド人は弁護士、医者など頭脳労働系が多いようで各民族の特色が出ていて面白いですね。宗教は多数派マレー人の宗教であるイスラム教がマレーシアの国教です。
そのなかで少数派のタイ、ミャンマー人は「お寺の無いところには住めない」ほどの仏教徒なので市内にも立派な寺院があります。(この写真は解説が無かったのですがたぶんインド人によるヒンズー寺院です)タイ式、ミャンマー式、そしてもちろん国教のモスクが混在する不思議な世界です。
でも他の地域で見られるお互いの排斥や紛争が無いのは義務教育でお互いの民族を理解するためのカリキュラムが整備されているから(*3)、という理由だそうです。ホテルのレストランでも肉類は鳥、魚オンリーですが、そこで牛肉ハンバーグやポークソーセージが欲しいと駄々こねる子供は日本人。良くも悪くも我が国は単一民族かつ無宗教国家なんですね・・・。

(*3)マレーシア小学生事情
日本では「ゆとり教育」というタワケのお陰でまともな学力を維持するために子供は塾、親は塾の学費負担を強いられていますが、マレーシアは濃い教育が行われているようです。凄まじい量の宿題。自主的に勉強する事を重視し、1〜3年生は7:30〜13:00授業、その後帰宅して宿題、4〜6年生はその逆というカリキュラムのようです。この鬼のような授業のなかに「相互理解」が組み込まれています。


◆タイ式とミャンマー式◆


写真はタイ寺院の寝釈迦像です。我が町にもありますが規模が違います。長さ33m!背面と寝釈迦像下には仏教徒タイ人の生前の写真が付いた骨壷が並んでいます。本当に信仰心が厚いのですね。
道を挟んで反対側にはこれまた豪華なミャンマー寺院。日本で見慣れた質素な寺院(こちらから見ると小乗仏教、とやや蔑称で呼ばれるようです)とは趣が違う原色系のダイナミックな姿です。(おまけ画像もご参照ください)
真摯に参拝する方も多く、一応我が家系代々神道ながらわが身の無宗教、無節操ぶりが痛切に思われました(汗)。正月にお寺に初詣しちゃいますし、子供は二人ともミッション系の幼稚園でした。なんだか本当に自分が何やってんだかという気持になりました。
ここは多くのガイドブック、サイトに記載される内容に反し、写真・ビデオはOKでした。行ってみないと分からないもんです。ただし絶対守らなければならないのが脱帽。日本でもご本尊の前で被り物を許されるのは高位の僧侶のみと聞いた記憶がありますが、このへんの戒律は厳しいようです。僧侶どころか煩悩の帝王、物欲、食欲、性欲、睡眠欲、強欲、森林浴(ん?)の私は速攻で脱帽させて頂きました。


◆ペナンの町◆


ペナンの町(ジョージタウン)ですが、最新の建造物と東南アジア的町並みが混在しているイメージでした。
近代的なビルは日本と同じ、ただ周りを囲む商店街はフロントがオープンで店先で中国人の商店主が肉や野菜を捌いていたり、何人か集まって話をしていたりします。この写真はそんな片隅の1ショットですが写真として気に入っています。
どこからともなく集まって来た連中が古い椅子に座ってぼんやり町を見ている・・・我々がやろうと思っても出来ない贅沢です。ただマレー人は勤勉だしイスラムなので酒は飲みませんので、昼間からグラス傾け雑談に興じるのは別な人種だと思います。
こんな脱力風景、良いと思いませんか?色々なところは見物したいけど、スケジュールに追われてあちこち回るのは日本式の生活と変わらないような気がして・・・。ガイドのユーさんに「私は通勤が2時間かかる」と言ったら驚いていました。たぶんそんな事をするのは日本人だけですね、と言われてしまいました。日本人でもそう多くはないと思いますけど(^^;
さて、ユーさんはさすが中国系。市内観光で連れて行く店はすべて中国系で、貴金属や特産の錫製品の大規模な免税店で釘付けになっている女房、娘を放かって息子と一緒に周辺の水路探査に行きました。(そろそろ開始)
残念ながら下水道整備が遅れておりクリプトどころか水草は皆無・・・。


◆寺院の風景◆


上左からタイ式寺院、ミャンマー式寺院の釈迦像、中左がヒンズー式寺院?の外観です。
隣の画像はこれらがある町並みですが、味わいのある古い建物は倒壊の危険があるため次々と閉鎖されています。古い建造物が好きな私としては少し残念。
中右は法律で義務付けられているホテル客室内の矢印。避難誘導路ではありません。拝礼のためにメッカの方向を示しています。
下左は街中の商店街。少しほっとします。下右はバスと並んだ時に撮ったトラック。凄いです、古いです。運転できたら楽しいだろうな〜という感じでした。

それよりも気になったのは空港(ペナン島の南端)から北端にあるホテルまで延々と開発されていて水路、湿地がほぼ壊滅していたこと。少し中心を外れればクリプトなど雑草並みにあると思っていましたが、観光客が自力では行けない農村地帯の一部にしか無いとの事です。
有名な観光地となり日本人はもちろんですが宗教が同じという事でアラブのお金持ちが押し寄せ、現地の物価水準からは想像もつかない金を落として行くために開発する資金が豊富なのでしょうね。次回は少し田舎に出た時の植物の話でも。


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ペナンの町点描



Penang,Malaysia 2005.8.15(Mon)〜8.20(Sat)
photo Canon EOS KissDigital /Canon EF-S18-55mmF3.5-5.6 USM/SIGMA MACRO50mmF2.8 EX DG


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