利助おじさんの探検絵日記

【その57】初夏の谷津田

◆出会い◆


注意力散漫の私には通い慣れた場所でも新たな出会いがあるもので、今回は印象に残る方と軽い驚きの植物との出会いがありました。通い慣れた場所とは茨城県南部龍ヶ崎市の谷津田で、谷の突き当りには未だに到達していませんが地図で見る限り10km近い奥行を持つ大規模な湿地帯です。
低湿地の大部分は水田として利用されており、灌漑用として中央を小さな河川が貫いています。河川周辺や水田の水生植物はもちろんですが、密度の高いメダカの生息、両側台地の斜面に広がる雑木林の大型甲虫達、林縁に自生する山野草など見所・楽しみ所は多数で、日陰が無いという点を除けば理想的な遊び場です。

湿地植物の方はすでにご紹介済みのものが大半なので割愛しますが、今回はイヌゴマの美しい花をアップで撮影しようという目的で訪問いたしました。ただイヌゴマの開花には2〜3週間早すぎたようで、まだ蕾も小さく目的は果たせませんでした。このような場所なので楽しみは他にいくらでもあって、小学生の長男が同行していたこともあり、メダカ獲りを楽しむことにしました。
水田からの落水によってマッディな水では小魚達の存在も目視できませんが、適当に網を入れると必ずメダカや小鮒が入っているという魚影の濃さ。小河川に架かる橋上で子供に楽しませているとやや離れた場所で何やら土を積み上げて作業をされていた歳の頃は65,6と思しき農家の方が話しかけて来ました。
この作業場所は前々から気になっていた場所で、渓谷内の休耕田らしき場所に溝を切ってあり、小河川と水面を合わせて水を入れていました。荒地、特に泥炭湿地を耕地とするための土木技術に付いては人並みの知識がありましたので「流水客土」の流水かと考えていました。しかしそれにしては河川と水面を合わせるのが妙で、それ以前に長年圃場として使っていた土地に今更土壌改良を施さないと耕地として使えないのか、という疑問もありましたので、これ幸いとばかりにその辺も聞いてみようと思いました。

◆新住民◆


ありきたりな天候の挨拶があり、メダカの話やら何やら世間話をしている途中で長男がその掘削された水路にメダカが居るのを目敏く発見、捕獲に向かいました。その際にこの農家の方が「水路に芹を植えてあるから抜かないでね」と注意をされたことでごの疑問は氷解しました。何と芹の栽培のためだったのです。
我々的(水生植物栽培家)には芹などタフブネでも並べて田んぼの土と水を入れれば十分収穫できそうなものですが、土地を遊ばせておくのは勿体無い(ここは重要な農家の価値観)のと、大地からの収穫で生きる(これはさらに重要)という理由で少し動くと汗が噴出す蒸し暑い梅雨の中休みにスコップを使っていたとのことでした。
話はメダカの分布に及び、しきりに地名を説明されつつ「あそこにもっと居るはず」という事を教えて下さいました。その地名を口にされる度に「旧住民」「新住民」という単語が出てきましたが、これは私の地元も同じ図式、首都圏近郊の農村が住宅地として開発されて来た事情を雄弁に物語っています。

元々の土地所有者であり農業を営んでいた「旧住民」と家を買って移り住んだ「新住民」の間には敵意は無いまでも軽い違和感、言葉を変えれば壁があります。炎天下に土にまみれることもなく安定した収入で綺麗な生活をする新住民が元々の生活者の目にどう映るか、というネガティブな面もあると思いますが、新住民が居るからこそ道路、大規模小売店、バス便などのインフラ整備の進捗があり彼らも恩恵を受けているポジティブな面もあるはずです。より下世話な話をすれば龍ヶ崎ニュータウンという山野を切り開いて造成した過程ではその、あまり利用価値も無い「山野」の地権者が得た収入という側面も。要するに「複雑な感情」というのが正解であると思います。
会話は何となくそうした「壁」が感じられましたが、私が何気なく口にした一言で崩れました。それはこの谷津田で元々生息数の多いメダカを数百匹単位で一網打尽に出来る機会が8月にあるという話のなかででした。(もちろん飼い切れないメダカを捕獲することはしませんが)
8月に水田から落水し、谷津田全体の水位が低下した際に追い詰められたメダカが集まる場所がある、ということを説明されたかったようで、なぜ8月に水田から水を落とすのか、非稲作経験者にも分かるように言葉に躓きながら朴訥とお話される合間に私が「中干しですね」と一言合いの手を入れたことで壁が崩れたのでした。

日に焼けた顔が綻び「そんな専門用語をよく知っていますね」ということで、それこそ話は減反政策から補助金の多寡、除草剤を使用できない事情、農器具のローンやら農協の悪口(笑)にいたるまで本音が奔流となって溢れてきました。
お伺いした話はとても公開出来るような内容ではありませんが、感じたことが2つあります。1つは今現在様々な問題を抱えている農業に一番欠けているのはこうして「本音を語れる場が無いこと」かと。私如き腹黒き企業人は本音の言い方と言う相手は心得ておりますが長年政権党の地盤と言われつつも一貫性の無い農業政策によって裏切られ続けた彼らには物申す手段も場所もない、ということです。
もう1つは簡単なことですが、自分を知って貰いたいと思えば相手の事を知ること、これが今更ながら思われたことです。そうしたくて勉強したわけではありませんが、水田雑草の生態や動向を知る過程で知った農業の基礎知識が農家の方と胸襟を開いて同じ目線で会話することに役立ちました。本当に「無駄な勉強」は無いですね。

◆意外な植物◆


難しい話で頭が重い稿となってしまいましたが、絵日記らしく軽い話題に戻します。
この植物は北米原産の帰化植物ですが、図鑑で知って以来、いつか現物を目にしたいと願っていた植物でした。野草にしては気品のある草姿、園芸用でも十分通用する花、キキョウソウ(Triodanis perfoliata Nieuwl.)です。
図鑑には「帰化しているが少ない」とあり、「少ない」植物という点のみ同じミズマツバやサワトウガラシに出会うまで探し始めてから数年を要した私には僥倖に恵まれなければ見ることも適わないと思われていたのです。その僥倖が目の前に何気なくありました。山野系の植物好き(水草も、もちろん)の方には分かっていただけると思う、憧れの植物を目前にした充足感が満ちて来ました。この感覚は絶滅危惧種だろうが帰化植物だろうが、はたまた園芸店に置かれた「商品」であろうが何ら変わらないのが不思議です。
ただ不思議な事に採集して我が物に、という意思はありませんでした。帰化植物だし雑草だし引き抜いてくることに何ら問題は無いはずですが、種々雑多な植物に囲まれながら一本だけ「すくっ」と立って開花させている姿に神々しさを感じてしまったのかも知れません。
そんな「格好いい」理由の他にも、我が家の日当たり良好とは言えない庭では毎年花を見ることが出来ないのではないか、という理由もありました。谷が東南を向いている谷津田では必要な日光は十分以上浴びられますが、ヒシモドキでさえ長年維持しているわりに開放花を見たことが無い我が庭では「単なる草」になってしまうのではないか、という確信に近い予測がありました。
何しろこの草はヒシモドキと同じ性質を持っているのです。そう、閉鎖花で種子を形成するのです。草姿も品があって好ましいのですが、この花を持っていて開花しないというのは罪な話です。旺盛な繁殖力で殖えても一向に花が咲かなければ、ある日意をけっして邪魔な裏庭のカラスビシャクやドクダミとともに燃えるゴミの袋に詰め込まれる運命は明白、そう、人生経験の蓄積とともに先を見る目が積極的行動にブレーキをかけるのです(汗)。

*それ以前にスペースの限られた花壇植栽スペースは私と嫁さんの「好み」がせめぎあう領土争いの結果、これ以上植物種を増やせない状態となっています。

余談ながらなぜ田舎の家なのに日当たりが宜しくないのか。これは一般庶民が何とか買える金額に売価を抑えるために1件あたりの敷地が狭く、隣家が近くて影になってしまう、という理由によるものです。田舎と言えども日当たりも金次第、事情だけは都会並みですね・・

さて、図鑑では何ページに記載されて何科、何属とほぼ暗記までしている植物も、いざ現物を目前にすると記憶が凍結して何も出てこない、という場合が多々あります。(多分歳のせいだと思いますが(^▽^;)この時も「キキョウソウ」を思い出すのに一瞬(というか2〜3分)インターバルがありました。

ただこんなのはマシな方で、濾過システム(肝臓)が機能低下すると頭も濁り、帰化種のセミナーで実物を見せて頂いたオオカワジシャや自宅の睡蓮鉢にあるミズハコベの同定に数時間かかったことがあります(汗)。試験なら完全にタイムアウト、ですね。今後この手の試験を受ける可能性もあるので頭の働きを高める方法を考えないといけないですね。

◆谷津田のセダム◆


谷津田のそこかしこには黄色い野草が咲いていました。これはコモチマンネングサ(Sedum bulbiferum Makino)というベンケイソウ科の植物です。
園芸用の多肉植物のなかでも大きな勢力となっているセダム属の一種ですが、我が国では高山を除けば身近に見ることが出来る数少ない自生セダムです。コモチの名の通り、さらに多肉植物全般の無性生殖のパターン通り茎の途中に子株(ムカゴ)を形成する面白い植物です。(庭のカラスビシャクを思うととても「ムカゴが面白い」とは言えませんが^^;)

こうして見ると花もなかなか美しく、採集できる多肉植物として面白い存在だと思います。「マンネングサ」だけあって非常に丈夫ですし。おしゃれな鉢に植えて「セダム・ブルビフェルム」と名付けたら500円ぐらいで売れそうですね(笑)。水が滲みだす畦にも群生していましたので日本の多湿に適応しているのでしょう。その代わり水切れには弱いかも知れません。
コニシキソウやムラサキカタバミと寄せ植えにしても面白いかも。金を出して買うだけが植物の楽しみでもなし、ってところですか。私なんざ逆に「たまには金を出して買え」と言われてしまいそうですが(汗)。

最後におまけとして今回唯一登場の水生植物、イヌスギナ。珍しくも何ともない植物ですが、ツクシを付けたスギナの姿の撮影の機会に恵まれず、今回時期は遅かったのですがやっと何株か見つけることが出来ました。胞子はすでに熟成(?)しており、主軸を軽く揺すると微小な胞子が埃のように飛散するのが目視できました。
水田にはイチョウウキゴケが浮かび、人影が見えると一目散に逃げて行くオタマジャクシの大群も見られました。もうすぐ気の早いコクワガタやオオムラサキも飛ぶことでしょう。気まぐれな訪問者でも自然を楽しめる、谷津田というのはそんな場所ですね。


農家のおじさんには色々教えて貰い、念願のキキョウソウや土筆を付けたイヌスギナの画像を収めることも出来ました。メダカの方は新規のタフブネビオトープに入れる分50匹程で打ち止め、育っても困る鮒とともに残りは川に帰って行きました。ノコギリクワガタやカブトムシが動き始める頃にまた再訪する機会があると思います。


Vol.57 茨城県龍ヶ崎市 2008.6.8(Sun)
photo Canon EOS KissDigital N/Tokina AT-X M100ProD


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