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Perspective of Wetland】Impression1 農業用水と地下水

〜統計資料の見方〜

◇環境指標としてのデータ◇
何らかの事象を客観的に伝える手段として「データ」があります。自然界で起きている様々な事象は時には測定された数値として、時にはアンケート、聞き取り、実地検分などアナログデータの集積として数値化されます。
公的な機関が発表しているデータは、入手可能な最も信頼性が高いものと言えると思います。ただし、これは単なる数字であって「読み方」があります。読み方を誤れば数字から読み取れる結果、傾向値は時にはまったく逆の見解も招きます。
水田の用水については用水路、ため池といった昔ながらの利水設備が使われている一方、別なデータからは違う事実が浮かび上がってきます。きっかけがありましたのでこのテーマをデータの読み方として検証してみます。
尚、このテキストによって如何なる個人、団体を非難、批判するものではありません。

環境を表現する指標として様々な数値が使われています。身近な水辺のデータとしてはCOD(Chemical Oxygen Demand)があります。化学的酸素要求量と訳され、水中の有機物を化学的に分解する際に必要な酸化剤を酸素の量に換算した数値で、湖沼や海域の有機性汚濁の指標数値として使われています。似た用語にBOD(Biological Oxygen Demand )があり、こちらは水中の有機物が微生物によって分解される際に消費される酸素量のことで、主に河川の有機汚濁を示す指標として使われます。
これらの数値は現状を客観的に伝えるデータとして重要なものですが、その測定評価方法、意思を持った使い方により全く逆の結果をもたらす事があることに留意しなければなりません。数値に対する読解力が必要となります。
長年日本一汚れた湖沼として有名であった手賀沼。たしかに汚れていますが、これはあくまでCOD値によるものです。そのCOD値にしてもマンガン法とクロム法では出てくる数字が違いますし、そもそも有機物以外の化学物質による汚染は表現していません。生息する哺乳類にとっては(手賀沼には鯨も海豚もいませんが)有機塩素系化学物質系の汚染の方が重要な意味を持ちます。つまり何をもって「汚れている」と言うのか、使う指標によってはまったく異なる事になります。
また、あまりにも有名な諫早湾干拓。当初のアセスメントに関しては現実との乖離が甚だしく、実際に起きている諸現象が十分に予測されていなかった事が知られています。ただし、そこにはある意思を持って様々な数値が並べられていたことは言うまでもありません。この数値を巡って様々な議論があった事は報道の通りですが同じデータでも立場によって見方が異なることに注意が必要だと思います。この「立場」ほど判断を左右するものはありません。

「関東地方の水田は地下水をポンプで汲み上げて水源とする」これは私が個人的に調査を続けてきた事実によって判断した結論ですが、「データを明示せずに断言するな」とお叱りもあったので、ここに調査結果の一部を発表します。しかし、ここで使うデータは後程詳しく解説しますが、自分の個人的調査範囲をもってしても真実の姿を表現しているとは到底思えません。勘ぐりかも知れませんが何らかの意図を感じる数値も散見されます。
上記表現が必ずしも適当かどうか分かりませんが、公表されている数値、自分の調査結果を並べ、読み手の皆さんに判断を委ねることにします。

◇現実に起きている◇
水田雑草を愛し、暇があれば関東各地区の水田を歩いていますが、下のような光景をよく見かけます。当初は農作業に必要な資材を格納する小屋かと思いましたが、水の吐き出し口が付いていることから給水設備だと分かりました。小屋は例外なく厳重に施錠されて中を見学することは出来ませんが、隙間から覗いて見ると巨大なモーターが見えます。駆動用に電気も引き込んでいるのが分かります。
加圧式のパイプライン給水設備かも知れないと思いましたが、これは違います。下段写真がパイプライン給水設備に該当します。第一、パイプライン給水設備であれば電気もモーターも不要のはずですし、コストをかけて風雨を避ける小屋を作らなければならないこともありません。
また、この小屋は河川や用水路から水を汲み上げて水田に給水するための設備とも考えられますが、河川用水路からかなり離れた場所にも見られます。以上の事実から水田は地下水をポンプで汲み上げて水源とする、という確信を持ちました。(この確信はヒアリングにより事実と判明しています)この光景が相模川流域から八溝川流域まで関東地方の広範な地域で見られることから「関東地方では」と付加しました。次項ではこれを数値の面から検証してみたいと思います。

余談ながら、上記にあげた地域では乾田化が進展しており、関東地方では乾田が多いと表現出来ると思います。趣味者として湿田に非常に興味があり、各種文献、サイトを調べ湿田を求めて群馬県館林・茂林寺近郊、埼玉県見沼田んぼにも出向いてみました。湿田が多いと言われるこの地域も歩いてみた限りでは乾田しか見られませんでした。
以下は個人的感想ですが、湿田は乾田に比べて面積あたりの生産量が少ない、と言います。またコンバインなどの農業機械も入りにくく、真っ先に減反の対象とされたのではないでしょうか。各地で見た、元は放棄水田であったと思われる生物相の貧困な、廃棄物が捨てられている悲しい湿地を見てそう感じました。ここは歴史的な話をしてはならないところです。昔は湿田乃至湿地であっても現在乾田であれば「乾田」です。時間軸を問題にしなければならない議論ではありません。


◇データの見方◇
地下水の利用は必然的に地盤沈下を引き起こしますが、関東各県では当然問題視し、条例によって地下水取水を制限しています。恐ろしい地盤沈下は関東各県で確実に起きています。もちろんすべてが農業取水によるものとは断じられません。農業用の地下水利用は国土交通省の調査結果によれば年間33億m3、これは全地下水使用量の約13%を占めているそうです。
調査方法が明示されず、しかも都市用水と合わせて語られる部分にキナ臭さを感じますが穿った見方でしょうか。また近所の地盤沈下の測定施設は水田地帯のど真ん中にあります。疑問に思われる方が居られれば何時なりとご案内いたします。
それはさておき、公式データがいかにデータとして信憑性に欠けるものであるのか、関東地方のデータを使って検証してみたいと思います。

さて、まずはこちらをご覧いただきましょう。私の行動範囲で精査が可能な地区であれば公表されたデータが現実に沿ったものであるのか、乖離があるのか判断が可能です。これは環境庁のディレクトリですが、こちらを信じるとすれば色々な疑問が出てきます。ちなみに「井戸本数」データについては、茨城県条例により許可制となっていますので当然許可を受けたものとして考えます。
  1. 平成15年のデータで取手・藤代地区(現在は合併により取手市)に農業用井戸は12本とあるが、市内で確認できた数でもこの数倍はある
  2. 4の被害地区に於いて被害が報告されている五霞地区に農業用井戸のデータが無いのは何故か。これも存在を確認している
  3. 三和・結城地区も別資料によれば地盤沈下地区に含まれるが、農業用井戸の数量は実数なのか
これらの点が明確にならなければデータとして扱うのはどうか、と考えます。予断ですが国土交通省のデータがこのような都道府県データの積み上げであるとすれば、これも実態には遠いような気がします。
実はこの数字にはマジックがあり、条例には「農業用:揚水機吐出口断面積125cm2,工業用・生活用等:揚水機吐出口断面積50cm2を超える揚水施設」の届出を義務付けている、とあります。つまり実態が把握されていない小規模な設備が多数あり(目撃数と公表数の乖離から断言できます)この時点ですでに地下水の農業利用はデータをもって語れないことになります。
この事実から私の疑問については以下のように解が導けると思います。
  1. 公式に数が報告されている農業用井戸以外に、小規模な「農業用地下水利用の施設」が多数存在する。これはフィールド調査により明らか
  2. 五霞地区に農業用井戸のデータが無いのは集計の対象となる大規模施設が無いから。小規模施設は確認している
  3. 三和・結城地区も同様
こうなれば公式のデータによって「農業用水の地下水利用量」は議論できないと判断されるでしょう。それどころかデータを見た限りに於いて、地盤沈下に影響するのは比率として生活用、工業用であると結論が出てしまいます。
ちなみに非常に限定された地域での話ではありますが、私が居住する市内に於いては(市内水田はほぼ100%見ています)給水はパイプライン、ポンプ小屋が圧倒的で用水路と呼べるものを利用しているのは小貝川からの取水設備があるごく一部でした。家から半径5km以内はほぼ水田用水に地下水を利用しています。そして地盤沈下は起きています。
ただし先に触れた数値割合から地盤沈下に責任があるのは多くは生活用、工業用で、この傾向は顕著です。その一角を占める農業用取水が実態ではないということを言いたいのです。これがデータの見方です。多くの脚注が無ければデータとして傾向を見るのにも判断を誤る危険性がある。これが「客観的な裏付けとなるデータ」でしょうか。

◇関東地方の実態◇
問題は「関東地方は」と言い切る根拠です。以上のように北関東、特に茨城県南西部においてはデータに信頼性が乏しいのですがミニマム数字として捉えた場合に於いても地盤沈下という観点から農業の地下水利用が要因として上げられています。しかし1メッシュの傾向を持って全体を論じる事が不可能であることは言うまでもありません。
他県の状況についても少し調べて見ました。この資料によれば地盤沈下が問題となっている全国17都道府県のうち、実に7都県が関東地方に集中しています。この事実は何を表現しているのでしょうか。
  1. 群馬県南部 このデータの農業用地下水利用の比率の低さはケーススタディとして解説した茨城県南部の状況に同じです。
  2. 栃木県 農業用地下水利用の比率が圧倒的に高いのが特徴です。さらに集計外のデータが加わるはずです。
  3. 埼玉県 本文には「農業用の揚水量がかなり多いと考えられる」と表記されていますが、不思議な事に実データがありません。
  4. 神奈川県中央部 明らかにデータが変です。私が良く知る厚木、海老名、平塚の相模川沿いの水田の地下水利用の実態はまったく反映されていないようです。大規模な工業地帯もあり、比率として大きく傾いているのかと思いましたが、実数としてどうでしょうか。
  5. 千葉県 自分が調べた結果とつき合わせて最も納得できるデータです。これでもまだ控えめだと思います。
他に関東他県のデータも公開されていますので、ご参照ください。如何でしょうか。これらの総計値33億m3が如何に実態を下回る数値であるのかご理解頂けましたでしょうか。私の個人的感触では倍以上の実態があるのではないか、と考えています。根拠としては各地で散見される「揚水機場」以外の個人的と思われる揚水設備の多さです。また、これらの設備が届出制という半端な規制にも問題があるのではないのでしょうか。
これによって不法行為を糾弾するつもりも地盤沈下問題における農業取水の責任の比率を引き上げようという意図も全くありません。しかし、データと言っても見方によってはまったく逆の判断結果が出るという事をお伝えしたかったのです。
くどいようですが例外は排除しません。身近にも僅かですが河川取水の用水路があります。比率の問題です。農業には用水確保が必要です。畑作や園芸農業も同じ問題を抱えています。これらも比率の問題としてご認識ください。
私自身のスタンスとしては、現在厳しい価格競争に晒されている米作りが自己防衛のためのぎりぎりグレーゾーンではないかと思っています。ただし、このグレーゾーンの総量が感覚的にしか把握出来ず公表されるデータが明らかに少ない現状を考えれば「データによって」環境問題を語る事が如何に実態と離れたものになるかご理解頂けると思います。
この原因としては水源河川の水質汚染もありますが、用水路整備を含む土地改良事業における農家負担金の存在があります。金が出て行くのは誰でもつらいと思いますが、受益者負担の概念が希薄ではないかと思われる話をよく聞きます。

以上で「考え方」の話は終わりです。実はこのような回り道をしなくても「関東地方の水田は地下水をポンプで汲み上げて水源とする」と断言し、データを示す事は非常に簡単です。農林水産省農村振興局資源課の「農業用地下水の利用実態」をご覧下さい。5ページの「農業用に地下水を利用している地帯」で他地域に無い密度で真っ青にマッピングされた関東地方がご確認頂けると思います。また17ページの「都道府県別依存度別地下水利用実態(水田)」に於いて他地域を圧倒する桁違いの数字が並ぶ関東各県のデータがご確認頂けると思います。ちなみに取水量も違うデータとなっていますね。
ただし、この資料の存在はここでご紹介するような種類のものではなく、少しでも地盤沈下や地下水に興味がある人間にとっては暗黙知です。あまりにも有名な資料です。農業関係の方と議論するのにこの資料が念頭にありましたが、当然ご存知の上と思って話を進めてしまいました。ご存知で無かったか、もしくはご存知でもこれまで散々書いたように「データの見方」が異なっていたのかも知れません。
これでも分からない方は、このデータと「関東地方の水田面積の全国比」「全農業用水における水田使用量の比率」を加味してみて下さい。前者は農業白書にあると思います。(Webにもどこかで公表しているでしょう)、後者も同様ですが先に答を書いておくと77%です。このデータをもってすれば断言する事は容易です。しかし私はこれも見方によってかなりの誤謬があると考えています。このために文字数を費やして「データの見方」を述べてきたのです。

憶測は憶測または感想として表現の上書かせて頂きました。情報操作、誘導もしない事を心がけましたが、どうしても公表数値以上の実態があるという思いがありますので偏ったテキストになっているかも知れません。くどいようですがご判断は読み手に委ねます。これでも真偽に付いて「断言できない」という事であればご判断は尊重いたします。

◇ご注意◇
●参考文献・資料・Webサイトはそれぞれ文中に記し、またはリンクをさせて頂きました。
●本記事中の写真はポンプ小屋、加圧式水利施設がどのようなものかご理解頂くために掲載したものです。これらの施設の法的位置については全く不明であり直接この点について言及したものではない事をお断りさせて頂きます。


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