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Perspective of Wetland】Impression3 史前帰化とクリプトコリネ

〜サトイモ科の生き残り戦略〜

◇史前帰化種◇
外来生物法でも話題となる「帰化種」ですが、比較的近代になって帰化し、記録も残っているような種もあれば、時間軸を遡ってもこの辺りが明確ではないものまで様々です。
水田雑草の多くは稲作の渡来とともに海を渡って来た史前帰化種であると言われています。根拠としては自生する多くの水田雑草に南方的特徴が見られ、同時に東南アジアの水田地帯に近似の植物群が見られるから、という事のようです。
これは納得出来る説であると思います。気候が違うではないか、と異論もあるようですが、では元々南方種の稲自体がなぜ定着したのか、という問題もありますから。また、かつて改良の進まなかった稲は津軽海峡を越えるために相当の時間を費やしています。水田雑草のなかにも北限を持っているものもあります。最近の温暖化で緩んで北上しているとは言え、少なくても北方種とは言えませんね。(だからと言って南方種であるとも言えませんが)
アクアリウムで水草として取扱う植物のなかには近縁種または同種が日本の水田に自生しているものも少なくありません。リムノフィラ(シソクサ属)のキクモやシソクサは有名だと思います。未確認ですがスズメハコベとクラッスラ(アクアリウムの)の類似、ミズネコノオとオランダプラントの地域変種説などもあります。こういう状況証拠は比較的豊富ですね。
週刊朝日百科「世界の植物」で前川文夫氏が述べておられるところによれば史前帰化種は3つにグルーピングできるそうです。

・稲栽培に伴う史前帰化植物
・ムギ類の畑の史前帰化植物
・上記以外の史前帰化植物

稲作伝来に伴うものには上記以外にイヌタデ、ボントクタデ、イシミカワ、アキノウナギツカミ、ミチヤナギ、イヌビエ、ザクロソウ、ツルナ、クサネム、タヌキマメ、メドハギ、ヤハズソウ、エノキグサ、ニシキソウ、コミカンソウ、ヒメミカンソウ、ミズキンバイ、チョウジタデ、イヌホウズキ、スズメノトウガラシ、アゼナ、アゼトウガラシ、ウリクサ、ムシクサ、クソニンジン、ヨモギ、トキンソウ、タウコギ、タカサブロウ、アキノノゲシ、オナモミ、コメナモミ、カズノコグサ、ギョウギシバ、イヌビエ、オヒシバ、カゼクサ、ニワホコリ、チガヤ、ヌカキビ、チカラシバ、イタチガヤ、ハイヌメリ、エノコログサ、キンエノコロ、メヒシバ、アキメヒシバ、ハタガヤ、アオスゲ、クグガヤツリ、タマガヤツリ、ミズハナビ、コゴメガヤツリ、ハマスゲ、テンツキ、ヒデリコ、アゼテンツキ、マツバイ、ヒンジガヤツリ、カワラスガナ、ホシクサ、イボクサ、イ、コウガイゼキショウなど非常に多くの種を上げておられます。
これを見ると水田雑草で固有種というものが存在するのかどうか非常に疑問に思えてきますが、水田という環境自体が伝来のものであることを思えば納得出来なくもありません。そうなると、アゼナは固有種でタケトアゼナやアメリカアゼナは帰化種なので排除(農家はどっちみち全部排除しますが)とか、チョウジタデは秋の水田風景だがヒレタゴボウは怪しからん、などと言えませんね。遅れて来た移民ってところでしょうか。
今回のテーマは、以上を踏まえてクリプトコリネがなぜ帰化していないかという点です。クリプトコリネが史前帰化していたら水田探索はより面白くなっていたでしょうね。日本人の特徴全開で様々な改良品種になり園芸植物のジャンルになっていたと思いますが、これは妄想(汗)。

◇サトイモ科◇
単子葉植物には様々な謎があると言われていますが、突然変異的に胚珠の中に2枚持っていた子葉のうち1枚が胚を包んでしまったことが最大の謎と言われています。つまり単子葉植物誕生自体が最大の謎なのです。
謎の過程で進化してきたものにヘラオモダカ目サトイモ科があります。日本の植物ではミズバショウや畑地作物のサトイモ(当然か)も含まれます。庭植え植物で切花として有名なオランダカイウ(カラー、カラーリリー)も南アフリカ原産のサトイモ科植物(オランダカイウ属)です。そして熱帯アジアにはサトイモ科クリプトコリネ属と同ラゲナンドラ属があります。
これだけ全世界的に普遍、稲作とともに進撃して来たタデ科やゴマノハグサ科と同居しているクリプトコリネはなぜ史前帰化しなかったのでしょうか?(話が複雑になるので近年サトイモ科に分類されたウキクサ類は話から除外させて下さい^^;)
単純に考えれば芋なので他の科の植物と違って稲籾や苗に付着した土に混入しなかったという点が考えられます。イモなので古代人が見つけ次第喰ってしまったとか(笑)。冗談はさておき、サトイモ科も立派な種子植物なので種子を形成するはずです。ところがサトイモ畑では種子どころか花も見た記憶がありません。栽培は種イモに拠りますし。
これは専門書によれば「日本では開花は稀であり開花後低温、3倍体である等の理由で結実することはまずない」と書かれています。南方系であることがネックになっているのですね。それでも栄養増殖(という表現が相応しいかどうか)によって栽培されているのですから強靭なものです。ちなみに「3倍体」とは染色体のセット数を示しており、奇数では正常に減数分裂を行うことができないようです。西瓜や葡萄を食べる際に面倒な種ですが、種なしの品種は有難いですね。これらはこの3倍体の性質を利用、ジベレリンやコルヒチンコルヒチン等を使用して人工的に3倍体にされて作られています。
閑話休題で、ではクリプトコリネやラゲナンドラも同じ性質(3倍体は別)を持っているのかと言うと、どうもそのようです。このようなグループは「湿潤熱帯産サトイモ科」と括られることもあります。考えてみればクリプトの開花を目指して育成する場合は腰水(湿潤)で保温するわけですから、日本の気候では増殖できないわけですね。稲作の伝来に於いても芋は「混入」しない大きさですし。それにオランダカイウやサトイモが日本で生きていけると言っても冬のつらい時期に適切な場所に置かないと芋が凍ってしまいます。庭に植えたままのオランダカイウも冬に掘り起こしてみると枯れた地上部から痛みが芋の上部にまで広がって腐臭がします。残った部分が復活して翌年発芽してくるような感じですね。この越冬のスタイル?はホテイアオイやボタンウキクサにも共通するものがあります。本来生きていけないであろうと予測されていた植物の冬越し方法に。
こういう気候の厳しさは小さなクリプトコリネやラゲナンドラの芋では耐えられないことは容易に想像できます。芋のでかいキリアータやラゲナンドラ・オバタなら可能性はあったかも知れませんが...。では上記の種を作る連中にはこの図式は当てはまらなかったのでしょうか。

◇仮説◇
さて、すでに何を言わんとしているかお分かりの方も多いと思います。サトイモ科でもサトイモ属、クリプトコリネ属などは南方系サトイモ科であり、条件が揃わないと日本の気候には定着できない、と言う事です。日本の気候の下では開花・結実が困難な上に種子・根茎の越冬が困難であったのではないか、ということです。
再びサトイモの例を見てみましょう。東南アジアと日本で栽培されるサトイモは同じ植物に見えます。実は決定的な違いが染色体なのです。東南アジアのものは2倍体、つまり正常に結実もするし栄養増殖もするタイプです。ただし耐寒性がありません。日本のものは3倍体であるが故に耐寒性があるわけです。サトイモは日本には縄文時代に中国経由で渡来したと考えられていますが、いかなる経緯でこのような状況となっているのか調べても分かりませんでした。たまたま耐寒性を身に付けたグループが選抜されたか、そういった事情ではないかと思いますが。
ではクリプトコリネも3倍体を作出するか、耐寒性を持っているものを選抜すれば定着するかと言うと、たぶんするのではないかと思います。東南アジア自生種のクリプトコリネであっても日本で屋外育成した場合、霜にやられたり凍結しなければ越冬します。(ただし地上部が枯れて痩せた芋から翌年やっと発芽するレベルですが)ある程度のタフネスは備えていますね。これも上記のホテイアオイやボタンウキクサと仕組としては同じですね。
ただし結実という点に於いて不可能である点が史前帰化がなされなかった最大の理由ではないかと考えます。結実しなければ地下茎を残すしかありませんが、自生を広げる種子という手段が封じられる上に、雑草として引き抜かれれば再生の方法が無く、冬前に耕起されれば寒さから身を守る術もありません。
結論を書いてしまうと身を守り勢力を広げる術が種子そのものであったと考えます。そこで仮説です。
  1. 湿潤熱帯産サトイモ科は日本の気候では結実しない。栄養増殖は芋の大きさ、すなわち寒さにどこまで耐えられるかという点がポイントとなる。芋の大きなサトイモは耐寒性を持ち、芋の小さなクリプトコリネは持たない
  2. 3倍体による「耐寒性」は夏から秋に向かう気温変動には対応するが、真冬は1の越冬手段となる
  3. 太古から種子、芋が日本に持ち込まれる植物に混入していたことは十分予想されるが、上記の理由によりクリプトコリネ属が定着しなかった

◇気温と帰化◇
以上の事情を考えてみると、日本に自生するサトイモ科や史前帰化種の水田雑草の多くは被子植物ですが、この「被子」はポイントが高そうですね。晩春から初秋までの平均気温は今では熱帯を上回る程の我が国ですが、それほどでも無くてもこの季節には熱帯産の観葉植物は屋外で育成出来ますので、熱帯産植物が帰化するかどうかは冬の低温をどう乗り切るか、という点が焦点となるのでしょう。低温時期を種子として乗り切るという選択は妥当ですが、これとて土壌表層で凍結してしまっては発芽は困難になります。
ここに面白い話があって、稲刈後の水田を耕起するかしないかで、翌年の水田雑草の発生に違いが見られる、というものです。意外なことに耕起水田のほうが雑草が多いという説があり、結実後に耕起によって種子が土中に入り越冬体制が出来る、と考えられなくもありません。冬季湛水、不耕起水田も狙いの一つはこんなところにあるのかも知れません。
話はまったく変わりますが、地球の歴史に於いて被子植物が勢力を拡大した時期と気候が寒冷化した時期、恐竜が絶滅した時期が重なっており、恐竜絶滅の原因が裸子植物・シダ類の減少か気候の寒冷化か、という議論もあります。終いには巨大な隕石が衝突し、上空に大量の粉塵が舞い上がって太陽光を遮ったために寒冷化した、なんて説もありますね。
恐竜はさて置いても、寒冷化した気候を生き延びるための植物の進化の方向性が被子であったという話はそれなりの信憑性はありそうですね。ただし、気候変化によって進化しなかったはずの裸子植物やシダ類が何故現代に至るまで生き残っているかという進化論上の瑕疵は残りますが。

帰化している植物、可能性がある植物、可能性も無い植物という区分けは意外と微妙な線かも知れないですね。日本の平均気温は過去100年間で1度上昇していると言います。今後加速度的に上昇することを予想する声もあります。将来帰化動植物の顔ぶれも変わってくるのかも知れませんね。温暖化の一つの側面として考えてみました。


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