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Perspective of Wetland】Impression4 異論弱酸性国土説<改訂版>

〜検証されていない「常識」の非常識〜

◇「定説」を否定するデータ◇
このテキストは2005.3.12に「育成の科学」にアップしたものを再編成、加筆したものです。

「ヨーロッパは硬水でpHが高く、我が国は軟水で弱酸性、従って熱帯魚・水草の育成に適正な水質である」アクアリウム系サイトや水草入門書でよく見かける理屈です。しかし実態はどうなのかと言うと・・・私が良く行く霞ヶ浦、北浦はどの地点で測定してもpHは7以下にはなりません。平均して8〜8.5の数値を示します。また、水槽の換水に使用する我が家の水道水は平均7.1〜7.4を示します。
これは一般に言われている内容と実態が甚だしく乖離しているのではないか、というのが本テキスト起稿のきっかけですが、もちろん北関東のごく一部の地域のデータをもって冒頭の定義を否定するつもりはありません。少し幅広くデータを集めてみました。

【1】湖沼の平均pHから
環境省の調査によれば我が国の湖沼の平均pHは7.2と言われています。汽水湖や海跡湖も含まれているので割り引いて考えなければなりませんが、全体の比率から見れば弱塩基性傾向を示しています。
【2】琵琶湖の実態
我が国最大の湖、琵琶湖はどうでしょうか。水のめぐみ館アクア琵琶の水質情報によれば琵琶湖のpHは平均して7〜8の数値を示しています。

我が国を代表する湖沼のpHはこんなものなのです。特に霞ヶ浦は自分でも某金にならない仕事で何回も測定しておりますので間違いありません。(もちろん水槽用の精度の低いpHメーターではありません)湖沼に於いては深部と沿岸部では生物活動の相違によってpHは大きく異なりますが、これらは水草の主な自生地、沿岸部のデータです。
pHを基準に「酸性」「塩基性」を語る場合、水温によって均衡、つまり中性が異なる点を考慮に入れても弱酸性の国土とは言い難いものがあります。例えば真冬の水温10度でも中性は7.27で、測定する数値は概ね7.27を上回っています。つまり塩基性です。
すると冒頭の一文は何を根拠に出て来た話なのでしょうか?長年非常に疑問に感じていたことですが、推論をお許し頂ければ歴史的なアウトラインだと考えます。つまり日本の国土はもともと弱酸性で、様々な理由によって塩基化して来た、というものです。だとすればこの話は「昔昔あるところに〜」に類する話ですね。こういうのが堂々と活字になっていたりしますので驚きます。そう考える理由を次に述べたいと思います。

◇弱塩基傾向の原因◇
長らく釣堀だと思ってノーマークであった近所の沼ですが、機会があって調べることが出来ました。ここで非常に興味深い事実が浮び上がってまいりました。
この沼は平地にある野池としては水深が最も深く(13.7m)透明度も高い湖沼学・地質学的に貴重な沼なのだそうです。pHは深度を問わず6前後で、その理由が流入河川も流出河川も無い安定した環境であるから、とされています。この解説(入り口近くの立看板)を見てピンと来たのが「流入河川」の与えている影響です。
もともと分流前(江戸期)の鬼怒川・小貝川が氾濫し、窪地に水が溜まったのが成立要因だそうですが、当時は土壌も両河川の水質も弱酸性であったのでしょう。もちろん今となっては当時のpHを知る由もありませんので推測になりますけど。かたや同じような時代に出来た古利根沼などは手賀沼と水質の悪さを争うほどになっています。非常に高いpHとCOD値を示します。この違いは何でしょうか?目に見える違いは流入河川しかありません。
流入河川がもたらすもの、それは窒素とリンです。特に急激な人口増と農業地帯が混在する千葉県北部〜茨城県南部は生活排水と農業排水の「たれ流し」が長い期間続いています。手賀沼の汚染も主原因はこれです。窒素とリンが流入するとなぜ塩基化するのか、簡単にまとめたのが次の表です。

要素 現象
【1】窒素とリンの流入 下水道の未整備による生活排水と、乾田化中干し等による肥料分を豊富に含んだ農業排水の流入が起きる
【2】植物プランクトンの増殖 富栄養化によって植物プランクトンの増殖が発生。プランクトンと言えども植物であり、二酸化炭素を消費して水質を塩基化する。一方夜間の呼吸により無酸素水域を作り出し、魚介類の大量死を招く
【3】沈水植物の絶滅 二酸化炭素、酸素の不足以外に水中のプランクトンや有機物によって導電率が上昇し水草の生育が困難となり、沈水植物は絶滅する
【4】湖底の嫌気化 植物の根が無くなった湖底は酸素が運ばれず嫌気化する。そこにリンなどが堆積しアオコが発生しやすい環境となり、さらに汚染が進む。大きな浄化力を持つ底棲二枚貝も酸素不足により絶滅

この第4段階まで来てしまったのが霞ヶ浦や手賀沼であり、水生植物が生育できない事情がご理解頂けると思います。アサザプロジェクトによって植栽が進んだ地域ではリュウノヒゲモやエビモの復活も報告されており、窒素やリンが堆積した湖底も酸素を通せば(アサザの根による酸素の運搬)水草が生きられるようになることを証明しています。
手賀沼の最悪の時期はpH9台も記録されており、この時のCODは22mg/lというデータが残っています。沈水植物の生育という観点から見ればpH9はもはや海水ですので生育するとかしないというレベルの話ではありません。もちろんガシャモクを緑肥にするため刈り取ったという往年の姿はどこにもありません。
かなり脱線しましたが、国内の事情は国立公園やラムサール条約登録地を除けば似たようなもので、湖沼が平均pHが7.2というのも控えめな表現のように思われてしまいます。

◇現実的な問題◇
生態系から見れば「産業、家庭排水の流入を防止するために下水道を整備する」で済みます。湖沼学から見れば窒素とリンの流入が無くなり、底泥を除去すれば塩基化傾向は止まります。ただ事がそう簡単に運ばないのが「経済原則」です。

農業排水については集落単位で排水機場を整備しようという動きもありますが、なかなか進展しないようです。農業地帯と言ってもまちまちで、大規模な水田地帯のように隣家まで数百mもある場所、耕地面積を確保するために住居はほとんど山の斜面にあるような山村など、一律に「排水機場を整備」とは言えない事情があります。当然ながら地権の問題もあります。
一方、住宅地の下水道整備についてもいわゆる「本管」の整備は行われていますが、各家庭の敷地内工事(分管)が40〜50万円かかり、各自治体ともほぼ補助金なしの受益者負担となっています。つまり各家庭の負担です。何もしなくても浄化槽がありますので生活する上で困ることはありません。このため同様に進展しない現状があります。
大規模な工場地帯の無いこの地域に於いてはこの2点が改善されるだけで相当の効果があると思われます。東京の神田川に帰ってきたヤナギモ群落を見れば三面護岸であるとか河床が掘り下げてあり日当たりが悪いという条件以上に水質条件が重要なのは明らかです。もちろんその条件は「pH」などではありません。
このあたりの状況は行政も環境NPOも良く分かっていて様々な取組みが成されています。しかし流入してくる窒素やリンを植生を使って除去しようとしたり、手賀沼に限って言えば利根川の水を導水して水の入れ替えを早めたり(北千葉導水路)、対処療法的な対策が多いような気がします。

よく考えてみる、データを集めてみる、そこから導き出せる結論は意外に一般的に常識とされている事実と異なる場合が多いように感じます。特にフィールドの諸現象についてはこの傾向が強いと思います。


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