遠近法的野外学


Impression6.加減の「加減」


【水質改善】

自然には何も足さず何も引かない、以前提示された命題ですが、この点に関してとても興味深い事例がありましたので再度考えてみたいと思います。事例というのは霞ヶ浦への流入河川の一つである茨城県土浦市の新川で行われている植生浄化です。
新川は土浦市の市街地を流れる短い河川で、霞ヶ浦には土浦港の北側で流入します。市街地を流れるために水質汚染が激しく、岸寄りに囲いを設けてホテイアオイを浮かべ浄化しようという試みが2008年9月22日の読売新聞茨城版に掲載されていました。
興味深い点は2点あります。この手の問題を扱う記事では概して注意が向けられない「数値面の評価」つまり幾らかかってどの程度効果があったのか、という事を取材していることが一つ。もう一つは要注意外来生物であるホテイアオイを使用することに対し施行者(行政)はどのように考えているか、という点です。記事は新聞、Webとも同文ですが、Webの方は何週間かの命でしょうから引用をしておきます。


【引用】2008年9月22日 読売新聞朝刊茨城版(改行は原文尊重)
霞ヶ浦へ流入する新川河口で、水生植物ホテイアオイによる水質浄化事業を実施している土浦市は、約117倍に増殖したホテイアオイの間引き作業を行った。

現場は、水面を漁網などで囲った同市東崎町のJR常磐線鉄橋上流。9月18、19日の2日間、市職員と委託業者が重機を使って、窒素やリンを吸収して増殖したホテイアオイを半分の密度まで間引きした=写真=。6月11日に1800株、約44キロ投入したホテイアオイは約3か月の間に21万1900株、1万5310キロにまで増殖した。
市によると、昨年度は増殖により窒素57キロ、リン6・4キロを除去した計算になるという。今年度の事業委託費は約352万円。もう1度間引きして、10月20日前後に全量回収される予定。引き上げられたホテイアオイは、市内農家の畑で緑肥として有効利用されている。

市環境保全課は「夏場に美しい青紫色の花が咲かなかったのが残念」と話している。
【引用終了】


数値的な面で言えばホテイアオイが117倍に増殖する過程で吸収した窒素は57kg、リンが6.4Kg、事業費に計上されたのが352万円、比較は昨年度の実績と今年度の事業費であり、また費用対効果をどう評価するのかは見方立場によって異なると思いますが、一定の効果を上げていると見てよいはずです。

加減が行われているのは分かりますよね?自然環境(相当痛めつけられていますが)にホテイアオイを足し、窒素やリンを引き、最後にホテイアオイそのものも引いてしまいます。当然の事です。霞ヶ浦を浄化するのは沿岸自治体のみならず県、国の重要な課題となっています。霞ヶ浦は湖沼水質保全特別措置法の指定湖沼でもあります。
自然への足し引きの是非ではなく、まずこの記事を通して汚れた水を浄化する試みが税金を使って人手をかけて行われている、ということを知って頂きたいのです。そして「是非」は後段に譲るとして、目的、手法、後始末(肥料としての利用)に至るまで考えられている点、まとめて言えばスキームが明らかな点を評価しなければならないと思います。

【要注意外来生物】

ホテイアオイは外来生物法に於ける要注意外来生物です。この植物を用いる是非の前に、主務官庁である環境省が要注意外来生物をどのように位置付けているのか見てみましょう。


【環境省Webサイトより引用、要注意外来生物に関する記述】
●外来生物法の規制対象となる特定外来生物や未判定外来生物とは異なり、外来生物法に基づく飼養等の規制が課されるものではありませんが、これらの外来生物が生態系に悪影響を及ぼしうることから、利用に関わる個人や事業者等に対し、適切な取扱いについて理解と協力をお願いするものです。
●また、被害に係る科学的な知見や情報が不足しているものも多く、専門家等の関係者による知見等の集積や提供を期待するものです。
【引用終了】


外来生物法に付いてはこのWebサイトでも度々テーマとしており、個人的に注意深く経緯を見ており、また特定、要注意として指定された植物に付いても野外観察に於いて実態を見てまいりました。その結果、要注意外来生物は特定外来生物の予備群と考えています。現実問題として特定外来生物であるオオフサモと要注意外来生物であるホテイアオイには被害実態に差がない、と考えているからです。
環境省の記述は多分に玉虫色で「適切な取扱いについて理解と協力をお願いする」はどうにでも取れてしまいます。しかし上記の理由から私は「自粛」というニュアンスを強く含んでいるものと理解しています。

霞ヶ浦周辺でもホテイアオイの繁殖はよく目にします。もちろん新川の浄化事業が原因ではないでしょうし、複合的な様々な逸出源が存在するはずです。しかし、前章引用記事の最後の一行がどうも引っ掛かってしまうのです。


【引用再録】
市環境保全課は「夏場に美しい青紫色の花が咲かなかったのが残念」と話している。
【引用終了】


もちろん地方自治の独立性を否定しませんし、当事業の成果に付いては前章の通り評価するものです。しかし実態は市町村の環境保全は都道府県の環境保全と志向性が同じはずであり、大元には環境省があるのではないでしょうか?
実務面から言えば重機を使って簡単に除去できる大型の浮遊植物が向いています。窒素やリンの吸収量が多ければ尚結構。しかし自治体が植生浄化に使用する植物が要注意外来生物であるところ、これは環境省が「お願い」する「適切な取扱い」の許容範囲なのかどうか、少なくても新聞紙面に掲載された当局の「夏場に美しい青紫色の花が咲かなかったのが残念」という台詞はこの点を何も考えていないと判断されても仕方がないでしょう。

目的は手段を正当化するのでしょうか?

【環境行政】

環境行政という言葉がありますが、これは上記例で示すまでもなく「行政の示す意思」です。何らかの開発や保護に至るまでイニシアティブを持つのは行政です。この総和がその都市の姿で、言ってみれば都市の環境の姿はその都市の意思そのものだと言えるはずです。

茨城県から離れますが、行政の意思を示す事例として東京都国立市の環境行政を見てみたいと思います。
東京都国立市は一橋大学をはじめとする文教都市として知られていますが、環境先進都市としての顔も持っています。国立市が持つ自然環境は国分寺崖線(ハケ)周辺の緑地帯とそこから湧出する水が代表的なものですが、この水環境に対するスタンスが市のWebサイトに明確に記されています。


【引用】
水路は、多様な生物の生息域や回廊として、また、崖線(ハケの樹林)や水田とが一体的な自然環境を形づくり市民の憩いの場であり、自然観察や子供たちの学習の場として貴重な水辺空間を提供しています。今、水田は少なくなり湧水の量も減少傾向にあるなかで、どうしたら、今の水路を残しつつ憩いの水辺空間を創出・整備できるのか
【引用終了】


このWebサイトでの疑問の投げかけを見て何か感じられませんか?それは意思の表明がラムサール条約の精神そのものである点で、すでにその段階の議論は過去のものとなり、賢明な利用が価値観として普遍化している点なのです。
これは当然のことのように見えて当然ではありません。このサイトでもご紹介させて頂いた笠間市のふじみ湖など、行政側は開発ありき、ゴミ処分場ありきのスタンスです。わが町に於いても「水と緑」を標榜していますが、実態は異なります。この点に付いてはいくらでも証拠写真と場所を明示できます。
国立市のWebサイト中には市内の湧水河川、矢川に付いて「希少なナガエミクリ・・」という表現も見えます。我が市内の小河川にもミクリがありますが、水と緑の課でミクリという植物を知っている人間が何人いるのか、自生地を知っている人間が何人いるのか、甚だ疑問です。それ以前に、共産党の街頭演説を聞く限りラムサール条約の精神を市の公式Webサイトで表明できるレベルに合意形成が成されていません。

有権者向け、市民向けに「環境に配慮した市政」を標榜することは容易ですが、実際にどう取り組まれているのか、という点は重要です。国分寺崖線からの湧水河川一帯は数次訪問しておりますので実態が分かります。
下水道の普及率に拠るものだと思いますが、湧水河川への生活排水の流入はありません。そして流域のかなりの部分で保全が図られています。インフラは別として、さらに東京都下という立地を割り引いたとしても、国立市の人口は約74,000ですので地方の中堅都市並、交付金や税収も似たり寄ったりでしょう。このなかでいかに環境保全に予算を振り分けるか、という事こそ都市の意思に他なりません。
水質を保たれた清流には前出ナガエミクリの他、カワヂシャ、ヤナギモ、エビモ、フサモ、ササバモなどの水生植物が繁茂し、ホタルが飛ぶ地域もあります。

あらためて言うべき事ではありませんが、自治体が企業と異なる点は常時拡大しなくても生き残れる点で、逆に拡大のためのインフラ整備、企業誘致、公共工事によって財政を悪化させている例が顕著です。この手の対策が住民には直接的なありがたみが皆無なのに対し、居住環境の整備は直接的にありがたみと評価に繋がるのです。


言わないでも良い事を言ってしまえば、現状の改善に加減を行う事業は、乗除とも評すべき国立市の姿勢に比して「ありがたみ」が非常に薄い印象を拭えないのです。しかもその手段たる「要注意外来生物ホテイアオイ」に対して私以外にも不信感を持つ方も出てくるでしょう。
新聞記事がすべて真実、と思える程若くはありませんが、意思に関して言えば別な表現があっても良かったと思います。一事が万事、とも思いませんがおそらく土浦市の「住環境作り」に対し市民がどう評価しているのか、駅ビルという最大の集客ポイントでショッピングモールが閉店する騒ぎは何かこの事を象徴している気がします。

【温度差】

例によって批判的になってきましたが、そりゃ「要注意外来生物を使った上に花が咲かねぇってのは何事だ」という気持ちもあります。少なくとも霞ヶ浦沿岸の最大の自治体である土浦市が言うべき台詞ではありません。
市の、しかも環境保全課という立場であれば霞ヶ浦工事事務所宛アサザ基金代表飯島博氏の要望書の存在は知っていると思いますし、知らなくてもアサザ基金の理念や実績はご存知のはず。その要望書の第一の要望に次のように書いてあります。


【引用 上記リンク要望書より】
1.水質浄化等を目的に、外来水草(ホテイアオイ、オオフサモ等)を利用することを止めること(すでに、湖の一部や周辺水路でホテイアオイやオオフサモが大繁殖しています)。さらに、野生化の危険性が指摘されているケナフ等の利用は控えること。
【引用終了】


あくまで私の個人的意見であることをお断りした上で申し上げますが、浄化目的のホテイアオイの導入、重機を使った荒っぽい除去なんてのは冒頭の「自然に足し引き」する傲慢さを感じるのです。逆説的ですが、その意味では「自然には何も足さず何も引かない」が納得できるのです。
飯島博氏の理念、霞ヶ浦に元々ある植物を使い、除去は水鳥や昆虫という自然のサイクルによる浄化とは似て非なるものであると思うのです。水質浄化という目的に隠れて同列に扱われてはたまらないのです。

後書き

ホテイアオイの何がいけないのか?HCで買った株が2〜3株に殖え可憐な花を咲かせるのを見る限り疑問でしょう。その辺を後書きで少し触れてみます。

この植物は世界的に別名「青い悪魔」とも呼ばれています。世界3大害草の一つとも言われています。ちなみに残り2種はセイタカアワダチソウとブタクサです。さて、何が悪魔かというと具体的な事例として世界第三位の湖であるヴィクトリア湖(ケニア、ウガンダ、タンザニア)があげられます。
この湖ではホテイアオイが大繁茂し水面を覆ってしまったために、沈水植物を死滅させ重要なタンパク源である草食魚を減少させ、その草食魚を漁獲するための船も出せない有様となってしまったそうです。ホテイアオイも水草ですが、硬い上に葉が水面上にあるために魚も歯が立たなかったのでしょうか?さらに水面が覆われることによる湖底の嫌気化は重大な問題で、生態系が変動したためにヴィクトリア湖が原因と言われる伝染病も発生したそうです。

このヴィクトリア湖の事例は熱帯だから起きることなのでしょうか?私はけっしてそうは思いません。ホテイアオイは実生はしないまでも日本国内でも冬を乗り切っていますし、多分に温暖化の影響も考えられるでしょう。約88,000平方キロのビクトリア湖で「湖面を埋め尽くす」植物が、2,157平方キロの霞ヶ浦を埋め尽くさない保証はどこにあるのでしょうか。
「逸出しないように囲いを設けている」「重機で徹底して除去している」という反論もあると思いますが、近年のゲリラ豪雨は突発的かつ短時間に想定水位を超えますので河川の植物、しかも浮草が流出するのは自明、重機で掬えば小さな欠片は残る、ということを前提にした方が現実的であると考えるのです。



著作・製作 半夏堂 利助
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送