水辺植物育成入門第一部 精神論編 |
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睡蓮鉢や代用品を使った水生植物の屋外育成、この手の趣味を一言で「ビオトープ」と呼ぶこともありますが、基本的に誤りです。「ビオトープ(Biotop)はBios(生き物)とTopos(場所)というギリシャ語を語源として作られた造語(ドイツ語)」が一般的な定義ですが、「睡蓮鉢での水草育成」を表現しているわけではありません。「睡蓮鉢での水草育成」と限定した場合、この概念がビオトープに含まれているかどうかも疑問です。 行政やNPO主導のビオトープには必ずと言って良いほど水辺がセットになっています。水辺は最も汚染され痛めつけられ遷移が激しい環境(注1)ですのでキーワードとしての「分かりやすさ」があるためでしょう。しかし本来的な意義から言えば草むらや雑木林も生態系が復元されるという点に於いてビオトープです。 アクアリストが睡蓮鉢に水草放り込んでビオトープ、客観的に見れば非常に狭義の概念ですし、何より貝類やヒル、アオミドロなどを邪魔者扱いした「恣意的な生態系」とも呼べるべき環境が果たしてビオトープを標榜するに足りるか、という問題点もあります。 時として私も「ビオトープ」という表現を使用いたしますが、その場合には自ずから非常に狭義の概念であることをご理解下さい。 画像は行政が主導した大規模なビオトープの中核となっている池です。鳥瞰していますのでプロフィールは「水草が生い茂り魚が泳ぐ自然環境」ですがディティールは「水草はすべてオオカナダモ、魚は鯉」です。分かる方なら分かると思いますがこれが行政や多くのNPOも含めた、我が国のビオトープに対する平均的な認識です。 従って睡蓮鉢の水草育成がビオトープなのか?という疑問がアクアリウムサイドから上がらなかった事(注2)も仕方がない事なのでしょう。このサイトを訪問される皆さんは目にする、耳にする機会も無いと思いますが「アクアリスト」という響きは水辺環境保全の世界では(非常に曖昧な表現ですが、研究者、行政の関連部署、NPOなどの集合体、とお考え下さい)自己の愉しみのために環境負荷が大きな生物を飼育し、飽きたら放流してしまう連中、と思われています。もっとはっきり書けば軽い憎しみが含まれた軽蔑の感情を持たれています。 この点に関しては私も少なからぬ生物を飼育する「広義のアクアリスト」の身として言いたい事は色々ありますが、昨今ニュースとなっているガーやカミツキガメなどの逸出を考えると反論できません。 特にアクアペットとしても飼育されているアフリカツメガエルが宿主として確認されたツボカビ症は日本のカエル全体の存在を消し去ってしまうほどの強烈な影響があります。しかもツボカビ症で死亡したカエルを地面に埋めればそこから拡大するほどの強力な感染力もあるそうです。カエルが消えれば生態系は激変し、他の生物や農作物にも重大な影響があります。これは最早「危険性」や「可能性」の議論ではないと思います。発症したカエルの飼育者も「広義のアクアリスト」です。要するに環境に対する「負荷」ではなく「壊滅的な破壊力」の可能性を内包している趣味者の集団がアクアリスト、なのです。 もちろん皆さんは放流しないでしょうし、こうした事実に対しては「あってはならない事」だとお考えになっているでしょう。しかし広義の「アクアリスト」という概念には放流する連中も私も皆さんも含まれています。 インターネットの記事、掲示板、ブログは「世界中に向かって公開された場」であることに間違いありません。この意味でアクアリウムサイドからの情報発信には非常に慎重な取組みが求められる、というのが私の思いです。
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睡蓮鉢を使った湿地植物育成の楽しみは何と言っても四季の移り変わりを体感できることです。夏に綺麗な花を咲かせた草が秋に結実、氷に覆われた冬が終わって新芽が出てくる春。そして水温みメダカが泳ぎ出すと「生きていてくれたか!」という感謝の気持ちが湧き上がって来ます。 私は自然の草花が好きで機会があればカメラを持って野歩きしていますのでわりと季節の移ろいを体感できますが、都会のマンションに住んで都内の会社に内勤、なんていった日にゃ「暑い寒い普通」ぐらいしか季節を感じられません。かく言う私もそのような生活を10年以上していました。(注1) それがコンクリートのベランダでも植物が生長し開花し結実する、メダカが世代交代する生態系を日々感じる事が出来ます。水槽で行なうアクアリウムは閉鎖水域ですが季節も閉鎖しています。屋外育成はまったく違う世界で、思いもよらない来訪者もおります。(注2) 私の愛読書にヘルマン・ヘッセの「庭仕事の楽しみ」がありますが、癒やしはどこかにあるものではなく、自ら創り出すものであることを読み取りました。(非常に教科書的ですが)小さな睡蓮鉢一つでも、鉢を用意し土を入れ水を入れ、気に入った植物や魚を育てていると知らず知らずのうちに心が豊かになるはずです。 「癒やし」は失った部分を埋めるものではなく、楽しさを感じる心の領域を広げるポジティブなものだと思います。地球環境の危機、特に温暖化が懸念される現代、CO2添加もしない、電気も使わない育成はまさに「環境に優しい」アクアリウムのバリエーションであると思います。
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精神論の最後に屋外育成に於ける危険性についての話をします。水辺を注意深く歩く方はよく分かっていると思いますが、オオカナダモの脅威は文字としてではなく視覚的に、そして心にダイレクトに飛び込んできます。 霞ヶ浦水系、特に霞ヶ浦西岸周辺や手賀沼南岸にはフサジュンサイ(ガボンバ、ハゴロモモ)も繁茂しています。両種が金魚を含めたアクアリウム逸出であることは間違いなく、この意味で我々は同罪です。環境に負荷を与えるのが農業や工業というある意味生きるために不可欠なものではなく、アクアリウムは単なる趣味というのが立脚点の弱いところです。つまり不要不急の行為が重大な影響力を持っているということです。 いくつかの動きはありましたが(注1)今後規制が強化されるのは間違いなく、どの辺まで行ってしまうのか全く未知数です。最悪の場合、観賞用の水草は全面禁止なんてことにもなりかねません。趣味者側が「襟を正す」必要を強く感じます。 画像は私の家の近所の池ですが、いつのまにか温帯睡蓮に覆われてしまいました。浮葉がこれだけ繁茂してしまえば沈水植物は生きて行けずここにあった数種類の水草は今は見ることができません。誰が捨てたのか植栽したのか定かではありませんが、現実問題としてこの光景を見ても「緑が豊かになった」と感じる方が少なからずおります。どこまでが「知識」なのか、どこからが「見識」なのか試される趣味でもあるということを忘れないで下さい。(注2)
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ビオトープを楽しむ上で忘れてはならないことに様々な規制の枠組みがあります。単に「法令で禁止されている」というシンプルな意味のみではなく、モラルやマナーといったナイーブな部分を内包します。(上記の通り) こうした法的枠組みと「できればしない方が良い事」を一言で表現する的確な日本語が無いために、企業で良く用いられている「コンプライアンス」という用語を使わせて頂きますが、法令順守と訳される事の多いこの言葉は、実は「内部統制」という企業に関わる人間にとっての行動規範的な部分も含んでいます。何を言わんとしているのかと言うと「法律を守るのは当然のことながら、法律さえ守れば何をしても良いというものではなく、求められる行動規範があり、守らなければ自分(この趣味全体)に帰ってくる」ということです。 再編にあたり、このコンプライアンスについて、法令部分と自助努力が求められる部分を記しておきます。特に法令部分は重い刑事罰を伴うものですので、しっかり理解して下さい。記事の性格上非常に長いチャプターとなりますが、出来れば読み飛ばしせずにここだけはしっかり抑えて下さい。宜しくお願いします。 ●特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法) 指定生物植物編(2007年4月現在)環境省HPより
ピンクでマークした「種」がビオトープでは問題となる水生植物ですが、それがどのような種で同定ポイントはなにか、という点についても環境省のHPにアップされていますのでご確認下さい。 アクアリウムの方ならミズヒマワリやオオフサモ(パロット・フェザー)、ボタンウキクサなどはすぐに見分けが付くと思います。恐いのはこれらの指定種に関して第一条で「飼養、栽培、保管又は運搬(以下「飼養等」という。)、輸入その他の取扱い」を規制するとあることで、厳密に解釈すればうっかり採集して家に持ち帰るだけで刑事罰の対象となることです。採集、飼養、取引は行なわないで下さい。 琵琶湖や霞ヶ浦東南部を中心に勢力を拡大しているカワヒバリガイ(中国、タイ原産)はムール貝のような外見で食欲をそそられますし、睡蓮鉢や水槽で育成してみたい気持ちもありますが特定外来生物の指定を受けています。指摘されなければ正体が分からない方が大半だと思いますが「うっかり」持ち帰れば刑事罰の対象となるのです。このように一般的に知られていない特定外来生物もおりますので植物のみならず採集を行う際には上記環境省のWebサイトで綿密なチェックを行って下さい。 以前から飼養していて廃棄するのに忍びない、研究等の目的で新たに飼養を開始したい、このような場合には救済措置として環境省(各地方環境事務所)に申請、認可を受ける道もありますが、地域によっては申請が集中しており認可まで数ヶ月かかる場合があります。ご注意ください。 この指定種には実は次の選定種とも言うべき要注意外来生物リストというものがあります。年がら年中環境省のHPをチェックするなら別ですが、知らないうちに特定外来生物に指定されていても罰則は上記と同様です。法律には「知らなかった」事に対する免責はありません。 要注意外来生物植物編(2007年4月現在)環境省HPより
種類が多すぎたので羅列になりましたが、非常に見難いですね(汗)。一応湖沼や水田などにあって採集してしまいそうなものはボールド書体で色を変えておきました。極端な事を言えば、アナカリス、ガボンバ、バナナプラント、バコパ・モンニエリ、ジャイアント・サジタリアでレイアウトしたあなたの水槽はある日突然、水槽丸ごと違法な存在になってしまうかも知れない、という事です。繰り返しますが「知りませんでした」は通用しません。 結論を言えば要注意外来生物に記載された植物(他の生物ももちろん同様ですが)は育成しない方が賢明であるということです。それは「君子危うきに近寄らず」ということもありますが、環境省が要注意外来生物に関してWeb上で要請している「利用に関わる個人や事業者等に対し、適切な取扱いについて理解と協力をお願いする」に国民として応えることでもあり、趣味者として「襟を正す」ことにもなると考えるからです。 ●絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法) 希少な生物、自生地を保護する法律です。一般的にビオトープで楽しむ魚類や水生植物は指定されていませんが、魚類ではイタセンバラ、スイゲンゼニタナゴ、ミヤコタナゴ、アユモドキが指定されておりますのでご注意ください。 (注1)植物については客観的に見て野生絶滅ないし野生絶滅の可能性が強いムジナモやガシャモクがいつ対象種とされても不思議はないと思います。こちらも刑事罰が伴う法律ですので十分な配慮と注意が必要です。 (注2)本法に指定された種ではなくても自治体の条例により当該地域での採集等が禁じられた種、採集禁止地域などが設定されている場合があります。ご注意ください。 ●採集に関する情報 (1)水田や河川湖沼等で明示的、暗示的に立入りが制限されている場所での採集は避けて下さい。明示的とは「立入禁止」「採集禁止」などの表示があること、暗示的とは表示は無いまでも柵、ロープなどで立入制限の意思を表明していると推定される場合です。 採集制限もさることながら脆弱な地盤、急流、水深など危険な状態を表現している場合もありますのでご注意下さい。 (2)私有地への無許可立入は原則的に不法行為となりますが、農道や私道で、かつ公道と連続性のある道路の通行、河川敷や湖畔などへの通行は暗黙の合意形成があります。自然に発生する生物は法的には「無主物」ですので採集の制限はありません。 暗黙の合意形成とは「散歩などで通行しても良いが農作物を持っていったり畦道を壊したりしない」という行動規範と、所有者がいれば挨拶程度はしましょう、というごく普通の常識です。 *余談に近い話ですが、私の居住地のように農地と住宅地がモザイク状にある、簡単に言うと田舎ではごく普通の常識です。その代わり農業車両が公道にぼたぼた土塊を落としながらゆっくり走るので危険だとか、廃棄物(籾殻や雑草など)を野焼きするので洗濯物が、とか道路交通法や廃棄物処理法を盾に騒ぐ人もおりません。農業サイドに一方的に譲歩を迫っているわけではないのです。(さすがに小学校の通学路にかかるヘリの農薬空散は止めて頂きましたが) 要するに「お互い少しは迷惑をかけるかも知れないが仲良くやっていきましょう」ってことで、「私有地での採集が」とか眉間に皺寄せて騒ぎ出すと暗黙の合意形成、常識を議論することになりますので、はっきり言えば非常識です。茸採り、クワガタ獲り、類似する楽しみをすべて否定していることに他なりません。 例えば畦道に立ちメダカを取っている際に所有者と出くわす場合が多々あります。ご挨拶と「何がいました?」という問いかけはあっても「自分の土地なので出て行ってくれ」と言われたことはありません。もちろん畦や用水路など農業インフラに被害を与えない前提です。 (3)とは言え、公園の池やビオトープに植えられている水生植物を採集してしまうのは問題です。水生植物でも上記のように植栽したものではなく自然発生したものは「無主物」ですが、そうした自然発生的な生物を呼び戻すのがビオトープですので、こうした場所でそれを言い出すのは本末転倒となります。 同じ公園でも国立公園は全面的に採集禁止だと思われている方が多いように見受けられますが、国立公園は大きく普通地域、特別地域、特別保護地区に分けられ、よく言われる「枯葉一枚、小石一個持ち出してはいけない」のは特別保護地区のみです。有名な場所では尾瀬一帯などが該当します。その他の地域での動植物の採集については環境省も明言を避けています。>こちら、平成18年度指定動物保護対策検討会(第1回)議事要旨 もちろん不要な採集を避けることは言うまでもありません。 (4)RDB記載種であることは採集、飼養、取引の制限要因とはなりません。法的な制限がかかるのは上記「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」と自治体の条例に拠るもの、ワシントン条約(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)に関してです。RDBに大きな瑕疵、不備があることは本稿(3)でリンクした議事録でも環境省側の答弁に読み取れますし、私の限られた経験上でも即座に例を上げる事が出来ます。しかし、全体として減少傾向にあり保護意識を持たなければならない、という点に於いて評価すべきと考えています。 現実問題として記載種の半数以上が二次的自然、撹乱が維持条件となっている環境に生息しており、問題としなければならないのは採集圧ではなく自生環境の喪失である点は指摘しておきます。
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