Risuke's Nature Museum  探査記

放浪編


古レンズを求めて右往左往


1.好きな店

◇開かずの扉は想像力の扉◇

近年の大問題である地域格差、象徴として語られることが多い「シャッター通り」であるが、それをそのまま「地域格差、過疎により閉店する個人商店が増加している」と理解するのはステレオタイプと言うか、あまりにも短絡的である。地方部の「昔ながらの商店」が次々と廃業しているのは地域格差よりも流通業界の変貌に拠るところが大きい。これは人口動態に顕著な減少が見られる場合を除き、誤りのない事実である。
我が町田舎と言えども首都圏に通勤する一定の人口があり、すなわち生活者が居住しているのである。人口とは良く言ったもので、人が居れば口に入れなければならず、自給自足者以外は食料を購入する必要があり、すなわち購買力が存在するのである。その購買力が大規模小売店舗に集中しているという「流通業態の変化」に伴う帰結が個人商店の廃業であって一足飛びに「地域格差」は極論なのである。

理由はともかく、農村部の面影が色濃く残る近所でも個人商店は次々に廃業している。これは我が家の例で考えてみれば、日常品や食料品などは可能な限り安くまとめて買っておきたい、というニーズがあり、この点に関しては多くの生活者も同じであると思われる。幸い我が家には車があり、消費するガソリン代を相殺する以上のメリットがある大規模な店舗が「生活圏」にある。この事情で取るべき行動も多くの生活者は同じであろう。
この店舗を見て頂きたい。業種業態はホームセンターであるが、家一軒建つ、と豪語する品揃えはともかく、建った後の生活に必要な食料品、日用品、園芸、ペットにいたるまでの広大な売場があるのだ。食料品のエリアだけで都内の標準的なスーパーの数倍はあるし、ここのペットセンターを超えるペット専門店も見たことがない。しかもどれもこれも驚くほど安い。おまけに疲れれば休憩スペースがありそこで軽食がとれるしマクドナルドもある。買いすぎて現金が足りなくなれば銀行ATMもある。
ここで数週間分の必要な品物を買出し、生鮮品や特売のみ近所のスーパーを利用する、というライフスタイルなのである。個人商店が食い込む余地はない。つまり冒頭の「流通業界の変貌」は「消費スタイルの変貌」と表裏一体であったわけで、結果的に駅前立地、全国的に有名なスーパーのIや跡地に入った全国チェーンのMも撤退を余儀なくされている。駅前に行くのも10km離れたジョイフル本田も車の移動基準では大差がない。ここを読めないと苦しいのである。田舎の生活者にとっては駅前ビル程度の大きさで「大規模小売店舗」は実感がないのである。

ここまでは背景であるが、実は私、個人商店が好きなのである。特に「行ってみないと営業しているかどうか不明」な店が好きで、休日真昼間にシャッターが降りていてスカタンこかされても、それはそれで味だなと思えるのである。緊急に必要な品物が発生するようなライフスタイルではないし、そもそもカメラを持って散歩する途中に立ち寄るのでせいぜい缶コーヒーか煙草ぐらいしか買うものがない。しかもそれらは自販機があるので問題もない。古い木の香りが漂うやや薄暗い空間で「物を買う」のが好きなのだ。それは少年時代に駄菓子屋で味わった面影かも知れないし、今でも場末の中古カメラ店で50年前のレンズを品定めする感覚と共通する感覚かも知れない。

時折通過する道沿いにこんな商店があって、実はシャッターが開いているのを見たことがない。つまり廃業しているのだろう。しかし人は住んでいるようで、掃除もしてあるし店の前に置かれた自販機から幾ばくかの収入もあるのだろう。無論、いかに田舎と言えどもそれだけで生活が成り立つはずもなく、主はこの近辺に多い「兼業農家」か、開発によって大金を得た地主か、あくせく薄利を積み上げなくても生きていける人種なのだろう。

ただ私はぜひ一度営業している姿を見たいのである。そして可能であればコーヒー1本、チョコボール1箱でも買物をしてみたいのだ。生活空間と職場、つまり店舗を隔てる変色した障子が開いて出てくる、障子同様の年輪を感じさせる錆びたおっちゃんかおばちゃんから買物したい。
長年湿地や山林で雑草相手の趣味をしていると知らぬ間に「侘び寂び」を愛でる人間性になったのか、あるいは単に歳をとって懐古趣味に走っているのか知らないが、開かない店はFavorite shopなのである。

◇自転車操業を止めた自転車屋◇

Old soldiers never die. they just fade away : Douglas MacArthur

もう1店舗。こちらも絶えて久しい自転車屋である。久しい、と言ったが我が家族が当地に家を購入して移り住んで以来、一度も営業している姿を見ていないのでどの程度「久しい」のかは全く不明なのである。
ただ不思議なことに人の気配はするのである。時折清掃した形跡もあるし、燃えるゴミの袋が出ていることもある。想像するに年金で食っていける爺様婆様が営業あきらめて「住んでいるだけ」なのか、別に職業を持って働いているのか、そんな所だとは思うが実はそれはどうでも良くて、想像力を刺激されるのは「山口ベニー号」なのである。この看板がある以上販売店であったことは動かず、もしかして、いやひょっとして、

デッドストックが埋もれているのではないか!?

ということなのだ。別にオークションで転売して利益を得ようという乞食根性ではない。乞食が悪けりゃ日本書紀だ。てな話ではなくて、古い物、と言うか昔の設計の工業製品が好きなのである。最近の好みはCarl Zeiss Jenaのレンズであるが、最近まで動いていたSeiko Chronosは50年選手、今も現役のSTERLINGのZippoは24年目である。最近のWebやらメールやら携帯電話やらで「文字を書く」ことが極端に減ってしまったが、書くときは愛用のMONTBLANC Meisterstuck149なのである。もちろん今なら高くて買えない(汗)。独身の頃からだからこれも20年オーバー。
古い奴ほど新しい物が好きでござんす、ってのがあるが、ワタクシ360度全周おっさん仕様ながら仕事はIT、デジカメ暦は12年と「新しい人」なので古いものが好きなのである。そう、新しい奴ほど古いものが好きでござんす。なのでどうしても店舗の内部を拝見したいのである。黙って見ると不審人物、黙って入れば侵入盗なので一応真っ当な社会人たるステータスを持っている身では到底出来るはずもない。
この店は生活感あり、なので人が居たらぜひ「暖かくなりましたねぇ」とにこにこ揉み手をしつつイントロをかまし、警戒感が薄らいだ頃おもむろに「古い自転車っていいですよね〜実は探していまして」と切り込もうと計画しているが、件の店の方は十数年来目撃報告が無く、絶滅危惧種(CR)クラスの存在であって遺憾ながら果たせていない。

なにしろ「扉の降りた店」は想像力を刺激するのだ。想像するだけなら只である。そして晴れた休日には物欲しげに散歩に出るわけで知らず知らず行動が"JJおじさん"になっている。ぼくは散歩と雑学が好き(P植草甚一)、なのである。

最初から古レンズ店に無関係な「好きな店と自分の心象風景」について書かせて頂いたが、これは古レンズ探査に於いて自分の最重要な基準なのだ。商品を綺麗に並べてシステマティックに在庫管理を行うピカピカの店よりも、目指すレンズがあるのか無いのか行ってみないと分からないのが良い、そして店の親父とサシで値切り交渉をしたいのである。

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