湿 地 の 基 礎 知 識


Wetland Profile】vol.1 湿地とは何か


〜非常に優しい湿地解説〜

◇湿地の定義◇

本サイトでは湿地探検と気軽に表現を行っていますが、意味するところは湿地植物と生物の採集であり、湿地そのものを深く考えることもありませんでした。深く考えて保全を行うのは幾つかのNPOに於いて取り組んでいますので、個人サイトであえて取扱うテーマではないと考えていたからです。サイト公開から1年を経過し、ある程度定期的に閲覧して下さる方も居られるようなので、原点に戻り湿地とは何なのか、また生態系に於いてどのような役割を持っているのか、基本部分のみですが私なりの文章で分かりやすく解説をしてみます。

【湿地って?】

一言で「湿地、湿原」と表現してもそこには様々な地形があり、自然環境から人為的に作られたものまで様々なものがあります。湿地は読んで字の如く「湿った土地」ですが、従来明確に定義された内容はありませんでした。広辞苑的な定義はもちろんあります。その広辞苑によれば

多湿・低温の土壌に発達した草原。動植物の枯死体の分解が阻止されるため、地表に泥炭が堆積している。構成植物・生態条件などにより低層・中間・高層湿原などに区分。やち。」(以上引用「広辞苑」より)

とあります。ところが現在ではこの定義以外のウェットランド(*1)も包括して湿地、湿原と表現するようになりました。
世界的に戦後の経済成長真っ只中、環境保全よりも経済成長優先のパラダイムが優勢であった1971年にイランの地方都市ラムサールで一つの会議が実施されました。「水鳥と湿地に関する国際会議」という会議です。このなかで「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」という国際条約が採択され、条約中表現された「湿地」の内容が定義としてはディファクトスタンダード(*2)となっています。ちなみにこの国際条約は正式名称よりも開催地の名を冠した「ラムサール条約」という呼称が一般的かつ有名ですので文中表現はこちらを一般名称として使用いたします。
すなわち、自然の湿地か人工の湿地かを問わず、湿原、川岸、海岸、干潟、水田に至るまで「湿地」と定義されています。この考え方は現在国内で活動する自然関連団体が自然に対する考え方として持っている「二次的自然」の捉え方と共通するものです。ただし湿地なら何でも保護しなければならないかと言うとそんなことはなく、条約批准国が重要と思われる湿地を最低一つ事務局に登録し、登録した湿地の保全に対し義務を負う、という仕組になっています。ちなみに我が国が登録している湿地は以下の通りです。

登録湿地名 所在地 指定年 面積(ha)
釧路湿原 北海道 1980年 7,863
伊豆沼/内沼 宮城県 1985年 559
クッチャロ湖 北海道 1989年 1,607
ウトナイ湖 北海道 1991年 2,504
霧多布湿原 北海道 1993年 510
厚岸湖/別寒辺牛湿原 北海道 1993年 4,896
谷津干潟 千葉県 1993年 40
片野鴨池 石川県 1993年 10
琵琶湖 滋賀県 1993年 65,602
佐潟 新潟県 1996年 76
漫湖 沖縄県 1999年 58
藤前干潟 愛知県 2002年 323
宮島沼 北海道 2002年 41
雨竜沼湿原 北海道 2005年 調査中
サロベツ原野 北海道 2005年 調査中
濤沸湖 北海道 2005年 調査中
阿寒湖 北海道 2005年 調査中
野付半島・野付湾 北海道 2005年 調査中
風蓮湖・春国岱 北海道 2005年 調査中
仏沼 青森県 2005年 調査中
蕪栗沼・周辺水田 宮城県 2005年 423
奥日光の湿原 栃木県 2005年 調査中
尾瀬 群馬県・福島県 2005年 調査中
三方五湖 福井県 2005年 調査中
串本沿岸海域 和歌山県 2005年 調査中
中海 鳥取県・島根県 2005年 調査中
宍道湖 島根県 2005年 調査中
秋吉台地下水系 山口県 2005年 調査中
くじゅう坊ガツル・タデ原湿原 大分県 2005年 調査中
藺牟田池 鹿児島県 2005年 調査中
屋久島永田浜 鹿児島県 2005年 調査中
慶良間諸島海域 沖縄県 2005年 調査中
名蔵アンパル 沖縄県 2005年 調査中
*登録年度順 参考外務省ホームページ
*2005年11月現在(*3)

条約に登録された湿地以外にも保護すべき湿地が数多く存在することは言うまでもありません。湿地植物の観点から見ると中池見湿原(福井県)、シラタマホシクサ自生地である矢並湿地や鈴鹿湿原が気になるところです。
これらの有名な湿地以外の環境、触れ合う事が出来る湿地は惨状と表現しても差し支えない現状です。今でこそ各地にため池、用水路、水田環境を含む里山保全のプロジェクトが立ち上がっていますが、大部分の湿地については開発、廃棄物の投棄、自然乾燥等の理由により失われつつあるのが実態です。ちなみにラムサール条約は登録湿地のみではなく、すべての湿地の賢明な利用と湿地の復元を目指しています。賢明な利用とはこれまた難しい定義ですが、地権者の諸権利を尊重しつつ実現するのが困難な事情もあります。簡単に言えば里山の所有者が開発したいと思えば止める法的根拠が無いことです。南米や東南アジアの大規模な森林破壊も問題となっていますが(こちらは地球温暖化、京都議定書の話ですが)破壊していると思われる人々も好んで破壊しているわけではなく林業や農業という生きるための権利を行使している、という事に留意が必要です。
ラムサール条約ではこうした問題にも言及され、日本や欧米各国が必要な支援を行なうことで生存のための自然破壊をくい止める役割も想定されています。ばら撒き型ODAやCO2排出量の「取引」など目的を踏み外した運用に比べれば遥かに先進性と実効力があると思います。

【脚注】

(*1)ウエットランドは一般的に湿地と訳されるが、本文中にあるようにラムサール条約との関連に於ける理解が必要。ラムサール条約では第1条で「天然か人工か、永続的か一時的か、滞水か流水か、淡水、汽水、鹹水かを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地または水域をいい、低潮時の水深が6mを超えない海域を含む」と定義しており、湿地と訳された場合に受けるイメージよりかなり広範な環境が含まれることを伺わせる。

(*2)事実上の標準、という意味。「一般的に」という多分に誤謬が含まれた理解とは異なり、少なくても環境、保全、自然再生等の概念に於いて「ウェットランド」または「湿地」と呼んだ場合に暗黙の合意として意味するところである。

(*3)2005年まで日本国内の登録地は僅か13箇所であったが、2005年11月8日からウガンダで開催されたラムサール条約の締約国会議に於いて一挙に20箇所が新たに登録されている。


◇湿地の成立◇

湿地はすでに定義されたように河川湖沼の他に湿原、川岸、海岸、干潟、水田が含まれています。人工物または加工物の二次的自然は人間が作ったものなので別として(*4)、代表的な自然湿地である湖沼と湿原についてその成立を考えてみたいと思います。
茨城県南部から千葉県北部にかけては湖沼・湿地に恵まれている地域であり、現状も見られますし各種の研究成果の入手も容易です。自分の目で見た湖沼・湿地についてケース・スタディとして見て行きます。

【湖沼・湿地の成立】

見た目は同じような水面、湿地であってもその成立には様々な理由があります。(型による分類は一部を除き私の造語です)特に利根川水系という我が国有数の大規模な水系を持つ茨城県南部、千葉県北部では歴史的な変遷や人為的な治水対策の積み重ねなどにより実に様々なタイプのウェットランドが存在しております。


海跡湖 霞ヶ浦・北浦・外浪逆浦
霞ヶ浦水系の中核である霞ヶ浦・北浦・外浪逆浦は海が河川の運搬する土砂によって発達した砂洲により内陸に封じ込められた海跡湖と考えられています。
常陸利根川、横利根川、前川は利根川三角州の河道であるという見方がありますが、古地図を見ると非常に興味深い事実が伺えます。→霞ヶ浦資料館
内陸に入り組んだ湾が、利根川の三角州と現在の鉾田市、鹿島市、神栖市の一部からなる半島を起点として閉じ込められ、淡水化したものです。
もともと三角州であった場所には湿原が発達しますが、水田や住宅地として土地改良が進み、稲敷市の浮島湿原や潮来近辺に名残が見られるに過ぎません。

土砂の堆積によって成立した霞ヶ浦水系は平均水深が浅い=水量が比較的少ないという性格を持っており汚染に対する懐も浅いという弱点ともなっています。様々な理由はあれど常陸川水門(この巨大な水系の唯一の出口)の締切が水の入れ替わりの速度を著しく遅らせ、汚染の滞留、アオコの発生要因となっている可能性は否めません。一方流入河川の汚染対策は遅々として進んでおりません。

河川起因型1 牛久沼・菅生沼
牛久沼は中規模の流入河川が西谷田川、東谷田川、稲荷川と3本あり、八間堰で小貝川に流出しますが、流入出の差と流出側への土砂堆積で出来たという説があります。地形を見れば一目瞭然ですが、河川の合流点の低地に水が溜まった、というところが実態だと思われます。
小数の文献には海跡説もありますが、「縄文後期に海水が後退していく過程で下流からの逆流により土砂が堆積して」(大意)とあり、意味がよく分かりません。
菅生沼は鬼怒川支流の飯沼川、江川、東仁連川という河川が低地(現菅生沼)を通過する際に氾濫し浅い沼と湿地が出来たものです。

一般論になってしまいますが、利根川中流域の水系、小貝川や鬼怒川は度々氾濫を繰り返す暴れ川で、過去から綿々と大規模な治水工事が成されて来ました。両河川とも現在の流れは比較的近年に確定したもので、長い治水の歴史のなかで取り残された河川の流れ、氾濫原がそのまま湿地湖沼になったものなど探してみると意外に多くの痕跡が見つかります。地勢的な部分と切り離せないウェットランドの「型」です。

河川起因型2 中沼
龍ヶ崎市の中沼は小貝川と旧鬼怒川が氾濫し、くぼ地に水が溜まったもので水深が深く流入河川も流出河川も無い透明度の高い沼です。
関東平野に於いては最も水深がある野池だそうで、湖沼学的には貴重な沼だそうです。コンクリートの護岸と釣り人の多さがやや残念です。

河川の氾濫によって成立し湖沼として定着したものは全国的にも珍しい事例であると思います。小貝川の氾濫として記憶に新しい昭和61年の大水害では広範な地域が冠水し、窪地や低地も数多ありましたが湖沼として残った、というものは聞いたことがありません。水田を含めて排水の技術やインフラが整備されているから、かも知れませんがどちらにしても稀有な地形であることに間違いありません。
学術的にも貴重な湿地が護岸され釣堀と化している現状、ヘラブナのみならず近年ブラックバスも放流されたようでルアーの連中も目に付きます。何ら有効な手立てが取られていない現状は湖沼に対する一般的な認識を示しているようです。
三日月湖 古利根沼
取手市・我孫子市の古利根沼(*5)は利根川の三日月湖ですが、利根川の河川改修の際に人工的に出来たものです。同様に小貝川の改修により出来たいくつかの湖沼が竜ヶ崎市にあります。河川が氾濫し流れを変えたために出来た湖や湿地が各地に存在します。
森林依存型 蛇沼
広大な森林のなかの宝石のような沼でしたが、周辺の森林が開発によって減少するとともに干上がるようになりました。こちらも流入河川が無い水面ですので、森林の保水力が大きな影響を持っていたと考えられます。
以上のような状況ですので仮に「森林依存型」と名付けました。現在は周辺に残った雑木林が公園化され、上水道によって水も供給されています。(*6)

湖岸湿地型 浮島湿原
霞ヶ浦南岸、稲敷市の旧桜川村にある浮島湿原は湖岸低地に霞ヶ浦の水が浸入して成立している大規模な湖岸湿地です。
非常に多くの動植物が観察できますが、霞ヶ浦の水に含まれる栄養分を多くの植生が吸収する、水質浄化の意義があります。無闇な護岸工事が湖岸湿地を無くし自然の回復力を奪っていることが知られています。

こうした湖岸湿地はまさに「生命の揺り篭」となっており、廣瀬誠先生が涸沼でヒヌマイトトンボを発見されたのもこうした地形です。浄化のみならず生物多様性の観点からも重要な湿地です。
最近では護岸を崩し湖岸湿地を再生させる動きもありますが、こうした場所で多くの沈水植物の復活の事例も報告されており、重要性は知見となっています。
余談ながら土浦市の霞ヶ浦ビオトープは湖岸湿地の浄化能力に着目したもので、霞ヶ浦から汲み上げた水を人工的な湖岸湿地を通して戻しています。植栽された湿地植物も多いようですがシードバンクから復活したと思われる植生も多々あります。
砂洲湿地 新利根川/利根川合流点
利根町の新利根川/利根川合流点など河川の運搬する土砂が堆積しやすい場所にはやはり多くの湿地植物が見られます。
季節によっては乾燥しますが河川の増水によって冠水し、また湿地となります。乾燥してもごく浅い地下に水がありますので湿地植物が生育、世代交代出来るようです。河川沿いの氾濫原湿地なども同様に分類されると考えています。
機会があり、明治初期の当地の古地図を見る機会がありましたが、利根川南岸千葉県側には大規模な湿地があり、現在は水田と水利施設になっていますが典型的な後背湿地または氾濫原湿地が広がっていたようです。この頃探索できれば、と強く思いました。

元湖沼型 取手市、利根町の名も無い湿地
元は湖沼ではなかったか、と思われる湿地です。非常に面積も小さく市史を調べても分かりませんでしたが、湿地まわりに原始的な堤防の跡があり、所々深みには水が溜まっていることから推定できます。湖沼の遷移については次項のテーマとして詳しく見て行きたいと思います。
名も無い湿地だけあってゴミの投棄があったり、流入河川が無い事もあり水質は悪く見るべき植生は少ないのが現状です。概ねガマやアシが優勢です。利根町の湿地ではやや自然度が高くタコノアシを発見しました。水質の悪化とともに生物相も貧弱となり、アメリカザリガニ、ウシガエルが優勢です。

こうした湿地は守るべき生物も少なく、利用価値が皆無であるため真っ先に開発(埋め立て)の対象となります。市内の湿地では土砂の不法投機もあり多くの湿地植物やゲンジボタル等が見られなくなっています。

こうして近所の湿地を考えてみるだけでも様々な成り立ちがあることが分かります。また湖沼や湿地はけっして安定した地形ではなく100年、200年単位の時間のなかで変遷して行く運命を内包しています。我々が今見ている湿地はひょっとすると我々の世代しか見られない貴重な姿なのかも知れません。
ご参考として広辞苑の定義にもある、植生学で分類される湿地のタイプについて記しておきます。

湿地タイプ 特徴
高層湿原 泥炭が大量に堆積され周囲の地形よりも高くなった湿地。当然ながら地下水では維持されず雨水のみで維持されている貧栄養な湿地。泥炭の蓄積には低温・加湿の環境が必要と言われており、北方型の湿地と言える。群馬県と長野県の県境の湯ノ丸高原の池ノ平などが代表的
中間湿原 低層湿原から高層湿原に遷移する際の湿原で、高層湿原ほど堆積が高くないため、水が豊富。このためやや富栄養で高層湿原よりも大型植物(ヌマガヤ等)が自生する。ちなみに地形的に低層湿原であっても貧栄養な湧き水により維持されている場合には貧栄養でも生育可能な植物が生育し、このような湿原も形態として中間湿原に扱われる場合がある。関東では群馬県の覚満淵など
低層湿原 低地で周辺からの水が流入する。概して富栄養であり、大型のヨシやスゲといった植生が多い。釧路湿原は低層湿原が80%を占めると言われている。関東では人工湿地であるが渡良瀬遊水地が該当する


【脚注】

(*4)二次的自然に関する重要性は認識した上で自然成立の湿地を分類している。二次的自然環境に於ける湿地については次章で詳述。

(*5)1911〜1920年に行われた利根川改修工事で蛇行部が切り離されて出来た沼。茨城・千葉県境は利根川であるが、取り残された地区、小堀地区は利根川以南に取手市の飛び地として残っている。

(*6)蛇沼の水位遷移については当サイトの相互リンクサイトである「松葉探検倶楽部」様に画像入りの詳細なレポートがあります。


参考文献・論文(シリーズ1〜5共通)
●茨城県牛久沼の生いたちとその周辺の自然をさぐる 1986 磯部一洋
●涸沼におけるヒヌマイトトンボの生体とその保護 茨城町教育委員会 広瀬誠・小菅次男
●ウェットランドの自然 1995保育社 角野康郎、遊麿正秀
●よみがえれアサザ咲く水辺 1999文一総合出版 鷲谷いづみ・飯島博編
●生態系へのまなざし 2005東京大学出版会 鷲谷いづみ、武内和彦、西田睦
●自然再生〜接続可能な生態系のために 2004中央公論新社 鷲谷いづみ
●ため池の自然 2001信山社サイテック 浜島繁隆、土山ふみ、近藤繁生、益田芳樹
●茨城県自然紀行 2005東レイ(さんずいに令)出版 山崎睦男
●常磐線沿線の湧水 2000崙書房 福島茂太、横村克宏
●水辺の植物 1973保育社 堀田満
●広辞苑第五版 岩波書店
●図解土壌の基礎知識 1990農山漁村文化協会 前田正男・松尾嘉郎
○Webサイト
日本全国の湿地面積の変化
霞ヶ浦水質浄化プロジェクト
ガイドの眼・・・尾瀬、武尊山、日光白根山
独立行政法人 自然共生研究センター
渡良瀬遊水地 財団法人渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団
湿原の風
珪素鳥の部屋
農林水産統計データ
外務省
環境省
水の話
日本湿地ネットワーク
日本自然保護協会
特定非営利活動法人 日本国際湿地保全連合
日本の重要湿地500
Inter Press Service News Agency
United Nations Environment Programme



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