湿 地 の 基 礎 知 識


Wetland Profile】vol.2 湿地の遷移


〜移り変わる湿地〜

◇遷移と要因◇

【遷移】
ありきたりな表現ですが「湿地は生き物」です。もともと気候条件その他の要因によって増減のある水に支えられている地形ですので変化が激しく、雨量や湧水量などによって目まぐるしく移り変わる地形でもあります。また中期的に安定した湖沼も長期的には遷移します。(陸化型湿原と言います)非常に有名な概念図なのですが、著作権の問題もありますので自分で書いて見ました。お見苦しい点はご容赦を。

概念図 解説
【1】安定した湖沼 ・一般に湖沼として認識される地形です。湖岸湿地があり浅い水域には沈水植物や抽水植物もあります。湖岸には湿地植物があります。

・流入河川の運搬する土砂や植物の枯死体などにより地盤、岩盤の上に堆積物があり湖底となっています。
【2】湿地となりつつある湖沼 ・土砂や植物の枯死体などによる堆積が進み全体に水深が浅くなりつつあります。

・人為的に浚渫などを行わなければこのまま堆積が進み次の段階に移行します。

・水深が浅く沼となるものも出てきます。湖と沼の違いは、水深と植物の生育状態によります。湖は水深が5メートル以上、浅水域にクロモ、フサモなどの沈水植物が生育しているものをいい、湖よりも浅く水深5メートル以下で湖の中央部まで沈水植物が生育しているものを沼と呼びます。沼沢は、沼よりも浅く中央部までヨシ、ガマなど抽水植物が生育している地形を指します。
【3】湿地 ・さらに土砂の堆積が進み所々水が残るだけの湿地となってしまいます。乾燥しつつある部分には陸上植物が侵入します。

・保全が難しい地形ですが、貴重な植物の自生環境ともなっています。貧栄養であれば珍しい食虫植物なども繁茂するようです。

・アシや落葉樹の枯死体の堆積が多いと泥炭湿地となります。
【4】陸地化 ・乾燥し、完全な陸地となってしまいます。陸地になれば利用価値がありそうですが、陸地化して時間が経過していない場合地盤が弱すぎるようです

・こうして湖沼、湿地は生涯を終えることになります。

一口に「湿地」や「湖沼」と言っても成立要因、変遷過程によって様々な形があることがご理解頂けたと思います。サクセッション(*1)が「湿地は生きている」要因です。さらにケース・スタディとしてより短時間で遷移が進む放棄水田の場合を考えてみます。くどいようですが水田も立派な「湿地」です。2005年のラムサール条約に於いて宮城県の蕪栗沼・周辺水田が登録されたことは喜びにたえません。
彷徨える湖として有名な「ロプノール湖」ですが、消えてしまった原因は流入河川の河床変遷に加え上流のダム建設が大きな要因だそうです。また、かつて世界で4番目の面積を誇っていたアラル海は近年急速に干上がり、ついには地図から消えてしまうであろうと言われています。これも因果関係は不明ながら周辺の砂漠化が原因として指摘されています。人間の活動によってモロに影響を受ける地形でもある、ということです。

さて、その「湖沼」ですが、池を含めて非常に曖昧模糊とした概念となっております。池、沼、湖、沼沢・・遷移の過程で移り変わる地形ではありますが、現実には明確に区分されて使われておりません。「国語」としてどうか、という点で調べてみると以下のように定義されます。

用語 大辞林(抜粋) 広辞苑(抜粋)
地面にできたくぼみに水のたまったところ。普通、湖沼より小さいもの 一般に水深にはかかわらず特に人工的に作られた面積の小さい塊
水深5メートル以内の水域。水草が茂り、透明度が低い。湖との区別は明確でない 水深が2m以下で中央部まで沈水植物が生育しているもの
周囲を陸地で囲まれたくぼ地で水をたたえた所。池や沼よりも大きく、沿岸植物が生育できない深い湖盆(5メートル以上)をもつ 湖底までの水深が5m以上あり、湖岸寄りの浅いところに植物の全体が水中にあるクロモ、フサモなどの沈水植物が生育している

沼の定義を見てみると水深ですでに異なっていますので多分に感覚的な使い分けが正解、というところでしょうか。
例えば霞ヶ浦を何と呼びますか?湖?浦?(浦は海跡湖の名残の呼称でしょうけど)実は霞ヶ浦は平均水深という点では4mほどですので、大辞林によれば沼ですね。面積は日本第二位ですが湖岸線は250kmに及び日本一です。この巨大な水溜りを「沼」と呼べばかなり異論も語弊もあるでしょう。ダムによって出来た「湖」も亀山湖、狭山湖などと呼ばれていますが、広辞苑の「水深にはかかわらず特に人工的に作られた」に注目すれば池ですね。面積が大きいか小さいか、霞ヶ浦と比較するのか井の頭公園の「池」と比較するのか、これまた感覚的な話になってしまいます。

ご参考までに、陸水学(りくすいがく)という自然科学の一分野がありますが、文字通り陸にある水、つまり広義の湿地を専門とし湖沼学、河川学、淡水生物学等も包括する学問では次のように定義が成されております。

【池】湖や沼より小さい水塊。または人工的なもの
【沼】湖より浅い。中心部まで沈水植物は生える。水深1〜5m程度。夏に水温成層(*2)がない
【湖】中心部は、クロモやフサモなどの沈水植物が侵入できないくらいの深さがある。その深さは一般に5メートル以上とされる。夏に水温成層がある

遷移過程で見ていくと沼の次に沼沢というのがありますが、これは狭義の「湿地」と解釈することができます。一応、中心までヨシ、ガマなど抽水植物が生えている地形を指します。


湿地は自然遷移以外に人間の活動により刻々と姿を変えています。見た目の姿が変わらなくてもガシャモクやテガヌマフラスコモなどが織り成す植生豊かな手賀沼は30年かからずに沈水植物の死滅した「日本一汚い湖沼」に姿を変えています。

【脚注】

(*1)サクセッション(Succession)は本来的な意味は「継承」であるが、環境用語として「地形や植生が移り変わる、遷移」の意として使用される。

(*2)水温成層は主に夏季に発生する自然現象で、湖表層の水が日射により水温上昇=比重の軽い水温の高い水となり、水温が低い=比重の大きい水の上に成層する。水温の低い下層では溶存酸素の減少、リン・硝酸態窒素の蓄積があり上層では逆にプランクトンによる硝酸態窒素の消費、減少などの現象がみられる。
しかしながら、水温成層は少し水深のある睡蓮鉢程度でも確認できる現象で、これをもって湖沼の違いとするのは極論ではないか、と個人的には思う。


放棄水田遷移

湿地のサクセッションは上図の通りですが、自然災害や人為的な工事などの影響は別とすれば数百年単位の時間がかかります。もっと身近で視認できる遷移として放棄水田遷移があります。
事の是非についての論評は避けますが様々な理由と思惑によって1970年あたりから本格的な米の生産調整が始まりました。農家に耕地面積の割当があるため従来維持してきた水田を休耕させねばならず、この状況を総括して「減反政策」とも呼ばれています。(*3)
このような背景があり各地で放棄水田が見られますが、別な側面として乾田化も進んでおり、比較的短時間(3〜4年)で遷移が進みます。特に参考となるデータではありませんが、自分の観察結果をもとに纏めてみました。

経過年数 概観 植生
初年度 休耕初年は、多くは水田に似た土壌水分を保っており、稲以外の植生もほぼ水田に準じる アゼナ、アゼトウガラシ、コナギ、オモダカなど
2〜3年目 耕起されない、湛水されない等水田とやや異なる状況となるため、植生もやや乾地を好む種類が侵入。一方農薬の使用も無いため一部シードバンクから他の水田で見られない植物の発芽などが見られる カヤツリグサ、ハハコグサ、ウリカワ、アゼトウガラシなど
4〜5年目 水田環境とは乖離し、完全な陸地となる。水生植物は見られず背の高い陸上植物に覆われる。僅かに水気が残る場所には大型の湿地植物が見られる。また大型植物の枯死体の堆積等により地面が上昇、低地の傾向が薄れる セイタカアワダチソウ、ススキ、アメリカセンダングサ、サクラタデ、ガマなど

この事例では主に植生の違いによって遷移をアウトラインしましたが、湿田(*4)など地下水位が高い場所での遷移は自ずと異なります。このような場合もモニタリングを行いたいのですが、残念ながら果たせておりません。また、同じ放棄水田でも耕起、代かきの有無などにより出現する植物の違いがあることが報告されています。(「放棄水田における希少植物の生育環境に関する緑地生態学的研究」2000年 山田晋)(*5)

休耕田であっても耕作田同様に湛水する水田が近所で複数箇所見られます。これは落水する際の「ルート」にあたっているため、と思われますが、休耕であるため施肥は当然行いません。また稲がありませんので影になることもなく、これらによって湛水されても耕作田とは異なる植生が見られます。植生の違いは間違いなく環境の遷移を示していますので、「見た目は同じながら」遷移している環境はこんなところでも見ることができます。
画像の休耕田は休耕後1〜2年程度はコナギが優先種でしたが、4〜5年経過した現在ではカヤツリグサ科に移っています。

休耕田遷移の最終段階すなわち陸地化の段階でセイタカアワダチソウが入ると植生の面の遷移はさらに加速します。これはセイタカアワダチソウの分泌するアレロパシーとしてcis-DME(シス-デヒドロマトリカリエステル)が他種(時には自分自身も)の発芽や生長を阻害するためです。
またこのような場所にタデ科のイシミカワが入るとセイタカアワダチソウに寄りかかり、強力な棘と柔軟な草体で圧倒してしまいます。在来種の帰化種に対する反撃、という趣です。感覚的な話で申し訳ないのですが、タデ科の種皮が強いのか、cis-DMEが効かないのか、セイタカアワダチソウの群落がピークとなっている環境でもシロバナサクラタデ、イヌタデなどは混生しています。

【脚注】

(*3)農林水産省の耕地面積の資料によっても毎年の耕作放棄水田の多さが理解できる。

(*4)湿田と乾田は地下水位によって区分されるが、より端的に言えば一年を通して水気があるのが湿田、排水時または非耕作期間に水気が無くなるのが乾田である。
ちなみに乾田の収穫量は湿田よりも圧倒的に多く、農業機械が導入しにくいこともあり暗渠による排水技術の進展と相まって乾田化が綿々と進められている。別記事で立証したが関東地方など平野部の水田はほぼ乾田となっている。

(*5)東京大学大学院農学生命科学研究科


◇二次的自然は「自然」環境か?◇

放棄水田を含む、人間が手を加えた、場合によっては「作った」自然環境があります。と言ってしまうとすでに「自然環境です」と結論を出していることになりますが、外してはおりません。
自然環境、特に湿地に於いてはラムサール条約というスタンダードがあり、生物多様性を観点とした自然環境である点に於いて人為的な環境を区別しておりません。(*6)身近な例でもため池や用水路、水田という水湿地を中核とする里山は元々そこから食料、エネルギーを得るために人間が作ったものですが、環境省も保全対象として認識しNPO等に多くの支援を行っています。(*6)

人類は農業を覚えて以降一定の土地に定着したらしいですが、定着以来作り上げて来たその環境に特化した生物も多数おります。例えば雑木林でクワガタムシが減ったということが言われていますが、林床の朽木を幼虫の餌とする彼らは、燃料のための下草刈や枝打ちが無くなり適度な風通しが失われた結果、餌場を奪われてしまい数を減らしている、という状況のようです。
雑木林は人間の手を入れなければ遷移が急速に進みます。放棄された雑木林で笹が急速に蔓延り立ち入りも出来ないような場所をよく見かけます。雑木林の恵みと言われるホウキタケやハツタケが減少したのも因果関係があると思います。これは電気、ガス、化学肥料によってエネルギーや食料の一部を調達する里山を維持する必要が無くなったためです。
一方本題である湿地にもその原則は当てはまり、水田雑草のなかには絶滅危惧種(*7)に指定されている種類もあります。驚くべきことに「雑草が絶滅危惧種」です。耕作田に於いて農薬など除草技術の向上も要因としてあるでしょうが、やはり乾田化によって「稲が必要な時にだけ湛水する」ことがスブタやミズオオバコ、トリゲモなど沈水植物の世代交代を困難にしている事実は否めないと思います。
現在の姿がどうか、という点はひとまず置いて、人為的に造られ維持されている二次的自然環境も立派な自然です。

【脚注】
(*6)環境省が主導する新・生物多様性国家戦略における里地里山保全再生モデル事業など

(*7)上記スブタ、トリゲモをはじめイチョウウキゴケ、ミズネコノオ、サンショウモなど多くの水田雑草が環境省RDBにリストアップされている。そのうち多くは稲作の伝来とともに渡って来た史前帰化種であると言われているが、農業技術の進展によって滅びて行く姿には一種不思議な感慨を覚える。


◇成立要因から見た湿原◇

これまで、ラムサール条約での「湿地」の概念、狭義の「湿原」における形状の違いによる分類、遷移を考慮し時間軸による分類を行ってまいりましたが、分類の最後に「成立要因から見た分類」を行い、プロフィールのアウトラインの締めとしたいと思います。

●陸化型湿原
上で触れた湿原です。湖沼の遷移によって形成された湿原です。釧路湿原はこのタイプに該当すると言われています。尾瀬もこのタイプという説でしたが、現在は周囲の高山の谷川による後背湿地型説が有力です。遷移による森林化が懸念される一方で典型的な後背湿地型による拡大も見られるからだそうです。
●沼沢化型
地下水位の上昇等により形成される湿原をいいます。湿地植物枯死体によって泥炭が生成されるため、周囲の樹木に対して排他性があり水量によっては面積が拡大します。湧水涵養湿原と呼ばれる形態も含まれると思いますが、低層湿原から遷移して形成されることは無く、最初から中間湿原の植生が見られるために初生貧養湿原とも呼ばれ、区別されているようです。
●後背湿地型
沼沢化型の一形態と分類される文献もあります。河川が浸食作用によって形成した自然堤防の外側に、氾濫や染み出しで水分が残り湿地化したものです。利根川沿いに見られますが、小貝川や新利根川など中小規模の河川沿いにも存在します。谷湿原とも言います。

以上で分類の話は終了ですが、一口に湿地、湿原と言っても水田、内水面まで含む包括的(ラムサール条約の定義的)なものから、狭義の湿地、湿原に於いても成立要因や形状によって様々なタイプがあることがご理解頂けたかと思います。



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