湿 地 の 基 礎 知 識 |
【Wetland Profile】vol.2 湿地の遷移 〜移り変わる湿地〜 |
◇遷移と要因◇ |
【遷移】 ありきたりな表現ですが「湿地は生き物」です。もともと気候条件その他の要因によって増減のある水に支えられている地形ですので変化が激しく、雨量や湧水量などによって目まぐるしく移り変わる地形でもあります。また中期的に安定した湖沼も長期的には遷移します。(陸化型湿原と言います)非常に有名な概念図なのですが、著作権の問題もありますので自分で書いて見ました。お見苦しい点はご容赦を。
一口に「湿地」や「湖沼」と言っても成立要因、変遷過程によって様々な形があることがご理解頂けたと思います。サクセッション(*1)が「湿地は生きている」要因です。さらにケース・スタディとしてより短時間で遷移が進む放棄水田の場合を考えてみます。くどいようですが水田も立派な「湿地」です。2005年のラムサール条約に於いて宮城県の蕪栗沼・周辺水田が登録されたことは喜びにたえません。 彷徨える湖として有名な「ロプノール湖」ですが、消えてしまった原因は流入河川の河床変遷に加え上流のダム建設が大きな要因だそうです。また、かつて世界で4番目の面積を誇っていたアラル海は近年急速に干上がり、ついには地図から消えてしまうであろうと言われています。これも因果関係は不明ながら周辺の砂漠化が原因として指摘されています。人間の活動によってモロに影響を受ける地形でもある、ということです。 さて、その「湖沼」ですが、池を含めて非常に曖昧模糊とした概念となっております。池、沼、湖、沼沢・・遷移の過程で移り変わる地形ではありますが、現実には明確に区分されて使われておりません。「国語」としてどうか、という点で調べてみると以下のように定義されます。
沼の定義を見てみると水深ですでに異なっていますので多分に感覚的な使い分けが正解、というところでしょうか。 例えば霞ヶ浦を何と呼びますか?湖?浦?(浦は海跡湖の名残の呼称でしょうけど)実は霞ヶ浦は平均水深という点では4mほどですので、大辞林によれば沼ですね。面積は日本第二位ですが湖岸線は250kmに及び日本一です。この巨大な水溜りを「沼」と呼べばかなり異論も語弊もあるでしょう。ダムによって出来た「湖」も亀山湖、狭山湖などと呼ばれていますが、広辞苑の「水深にはかかわらず特に人工的に作られた」に注目すれば池ですね。面積が大きいか小さいか、霞ヶ浦と比較するのか井の頭公園の「池」と比較するのか、これまた感覚的な話になってしまいます。 ご参考までに、陸水学(りくすいがく)という自然科学の一分野がありますが、文字通り陸にある水、つまり広義の湿地を専門とし湖沼学、河川学、淡水生物学等も包括する学問では次のように定義が成されております。 【池】湖や沼より小さい水塊。または人工的なもの 【沼】湖より浅い。中心部まで沈水植物は生える。水深1〜5m程度。夏に水温成層(*2)がない 【湖】中心部は、クロモやフサモなどの沈水植物が侵入できないくらいの深さがある。その深さは一般に5メートル以上とされる。夏に水温成層がある 遷移過程で見ていくと沼の次に沼沢というのがありますが、これは狭義の「湿地」と解釈することができます。一応、中心までヨシ、ガマなど抽水植物が生えている地形を指します。 湿地は自然遷移以外に人間の活動により刻々と姿を変えています。見た目の姿が変わらなくてもガシャモクやテガヌマフラスコモなどが織り成す植生豊かな手賀沼は30年かからずに沈水植物の死滅した「日本一汚い湖沼」に姿を変えています。
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放棄水田遷移 |
湿地のサクセッションは上図の通りですが、自然災害や人為的な工事などの影響は別とすれば数百年単位の時間がかかります。もっと身近で視認できる遷移として放棄水田遷移があります。 事の是非についての論評は避けますが様々な理由と思惑によって1970年あたりから本格的な米の生産調整が始まりました。農家に耕地面積の割当があるため従来維持してきた水田を休耕させねばならず、この状況を総括して「減反政策」とも呼ばれています。(*3) このような背景があり各地で放棄水田が見られますが、別な側面として乾田化も進んでおり、比較的短時間(3〜4年)で遷移が進みます。特に参考となるデータではありませんが、自分の観察結果をもとに纏めてみました。
この事例では主に植生の違いによって遷移をアウトラインしましたが、湿田(*4)など地下水位が高い場所での遷移は自ずと異なります。このような場合もモニタリングを行いたいのですが、残念ながら果たせておりません。また、同じ放棄水田でも耕起、代かきの有無などにより出現する植物の違いがあることが報告されています。(「放棄水田における希少植物の生育環境に関する緑地生態学的研究」2000年 山田晋)(*5) 休耕田であっても耕作田同様に湛水する水田が近所で複数箇所見られます。これは落水する際の「ルート」にあたっているため、と思われますが、休耕であるため施肥は当然行いません。また稲がありませんので影になることもなく、これらによって湛水されても耕作田とは異なる植生が見られます。植生の違いは間違いなく環境の遷移を示していますので、「見た目は同じながら」遷移している環境はこんなところでも見ることができます。 画像の休耕田は休耕後1〜2年程度はコナギが優先種でしたが、4〜5年経過した現在ではカヤツリグサ科に移っています。 休耕田遷移の最終段階すなわち陸地化の段階でセイタカアワダチソウが入ると植生の面の遷移はさらに加速します。これはセイタカアワダチソウの分泌するアレロパシーとしてcis-DME(シス-デヒドロマトリカリエステル)が他種(時には自分自身も)の発芽や生長を阻害するためです。 またこのような場所にタデ科のイシミカワが入るとセイタカアワダチソウに寄りかかり、強力な棘と柔軟な草体で圧倒してしまいます。在来種の帰化種に対する反撃、という趣です。感覚的な話で申し訳ないのですが、タデ科の種皮が強いのか、cis-DMEが効かないのか、セイタカアワダチソウの群落がピークとなっている環境でもシロバナサクラタデ、イヌタデなどは混生しています。
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◇二次的自然は「自然」環境か?◇ |
放棄水田を含む、人間が手を加えた、場合によっては「作った」自然環境があります。と言ってしまうとすでに「自然環境です」と結論を出していることになりますが、外してはおりません。 自然環境、特に湿地に於いてはラムサール条約というスタンダードがあり、生物多様性を観点とした自然環境である点に於いて人為的な環境を区別しておりません。(*6)身近な例でもため池や用水路、水田という水湿地を中核とする里山は元々そこから食料、エネルギーを得るために人間が作ったものですが、環境省も保全対象として認識しNPO等に多くの支援を行っています。(*6) 人類は農業を覚えて以降一定の土地に定着したらしいですが、定着以来作り上げて来たその環境に特化した生物も多数おります。例えば雑木林でクワガタムシが減ったということが言われていますが、林床の朽木を幼虫の餌とする彼らは、燃料のための下草刈や枝打ちが無くなり適度な風通しが失われた結果、餌場を奪われてしまい数を減らしている、という状況のようです。 雑木林は人間の手を入れなければ遷移が急速に進みます。放棄された雑木林で笹が急速に蔓延り立ち入りも出来ないような場所をよく見かけます。雑木林の恵みと言われるホウキタケやハツタケが減少したのも因果関係があると思います。これは電気、ガス、化学肥料によってエネルギーや食料の一部を調達する里山を維持する必要が無くなったためです。 一方本題である湿地にもその原則は当てはまり、水田雑草のなかには絶滅危惧種(*7)に指定されている種類もあります。驚くべきことに「雑草が絶滅危惧種」です。耕作田に於いて農薬など除草技術の向上も要因としてあるでしょうが、やはり乾田化によって「稲が必要な時にだけ湛水する」ことがスブタやミズオオバコ、トリゲモなど沈水植物の世代交代を困難にしている事実は否めないと思います。 現在の姿がどうか、という点はひとまず置いて、人為的に造られ維持されている二次的自然環境も立派な自然です。
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