Field note of personal impression of wetland plant


【第十二話】トリゲモ同定術
◇普通に見れば同じ草◇

イバラモ科(Najadaceae )は特徴的な草姿を持つ科名植物イバラモ(Najas marina L.)は別として、他の種は外見的には皆同じ草に見えます。これは水草に興味の無い方のみならず、趣味者である私のような人間にも該当する話です。なぜならばイバラモ科各植物の「種」としての違いが種子の付方、種子表面の模様、葯室の分かれ方など「顕微鏡で見ないと分からない程の微小な相違」によるものであるからです。
考えて見れば他科の植物でこんなややこしい種の同定を要求されるものは少ないですね。場合によっては分類上亜種でも済む様なレベルで「種」が存在するのがこのイバラモ科です。そもそも科名植物のイバラモだけが突出した外見的特徴を持ち、他の植物が大同小異というのも変な話。四方山話的流れから言えばイバラモ科ではなく「トリゲモ科」の方がすっきりします。
さらに「水草」としての一般的なイメージとは裏腹に、非常な少数派である、水中で開花・結実まで行う「完全沈水植物」です。他に科まるごと完全沈水植物なのはマツモ科とシャジクモ科(藻類ですが)ぐらいしか思い付きません。言ってみれば進化した水生植物ですが、進化が災いし、と言うか人間と言う厄介な動物が水を汚すことまでは進化の道筋に想定していなかったらしく、水質汚染等により急速に減りつつあります。

さて、こんな記事を読んでいる方には解説の必要もまったく不要だと思いますが、イバラモです。一見して硬質そうな葉茎、同科他種に比べて大きな草体、フィールドで見ても「見るだけで」同定可能です。
「見るだけで」と言っても関東周辺では残存が少なく、かく言う私も一度しか見たことがありません。その一度も岸辺に打ち上げられた流れ藻です。イバラモに限らずこの科の衰退ぶりは凄まじい印象があります。水質が悪い霞ヶ浦周辺でもある程度の種類が残存しているヒルムシロ科とは対照的で、この科が比較的多く見られる水田も乾田化や休耕(乾田はすぐに陸地化してしまいます)などで次々と消えております。
消え行く植物の記録、という意味もありますが、私が自生水草に興味を持つきっかけとなったオオトリゲモへの思い、また同定に関する情報を数多くの方から頂いた感謝を込めて纏めさせて頂きます。

◇自生場所に差異はあるのか◇

形状による差異はもちろん同定上決定的であり重要な要素ですが、目撃した場所、採集した場所によって絞り込むことが出来れば範囲を絞ることが出来ます。一般的に言われていること、アドバイスを頂いた内容を総合すると以下の通りとなります。

・主に湖沼に生育 イバラモ、オオトリゲモなど
・主に水田に生育 ホッスモ、イトトリゲモ、サガミトリゲモ(*1)など


自分で確認したのは上記5種類ですが、概ね合致しています。しかし採集地の数が少なく断定するにはどうか、という思いもあります。また例外もあります。(*2)ただ、概ね合致ということで同定の絞込みには役立つことに間違いはありません。何よりこの5種以外の種があればニュースになる程希少なので現実的に問題にもならないでしょう。
イバラモ、オオトリゲモは止水の沼で目撃しています。草体、特に非常に折れやすい性質を考えると流水では生育に難があることが想像できます。ただこれも例外はあると思います。イバラモ科ではありませんが、生活史からして流水では難しいと思われるシャジクモの一種を流れの速い湧水直近の河川で友人が発見しています。その場にいて同定したのは私なので「証人」も「場所の特定」も問題ありません。(当時の記事はこちら
水田で見るのはホッスモ、イトトリゲモ、サガミトリゲモで、水田のサイクルにあった生活史を持っているものと思われます。ただ乾田では見ることが出来ません。2005年のサガミトリゲモ、2007年のホッスモ、イトトリゲモはそれぞれ8月上旬、7月下旬の発見でしたが同時期付近の乾田は中干しのため落水されます。この時期に種子を形成しつつある沈水植物の彼らが炎天下2〜3週間の乾燥に耐えて種子を成熟させることは不可能、つまり世代交代が出来ません。

以上、例外と他の4種の存在を許容及び加味しつつ、

(1)止水湖沼で見つかるトリゲモはほぼオオトリゲモ(イバラモは誰が見ても分かる)
(2)水田のトリゲモはホッスモ、イトトリゲモ、サガミトリゲモのどれかである可能性が強い。形状から肉眼で同定が可能なものもあるが正確には次項のポイントで同定する

ということが言えると思います。ただ湖沼に於ける水質の悪化、乾田化の進展によって見る機会は確実に減っておりますので、たまたま残った自生地からすべてをアウトラインすることは不可能です。

(*1)ヒロハトリゲモの標準和名
個人的な感想では文献もWebサイトも「ヒロハトリゲモ」の方が多いと思うが、サイト開設以来リソースとしてお世話になっているoNLINE 植物アルバムの標記「サガミトリゲモ」に従うことにする

(*2)水田にあったオオトリゲモ
2005年の夏に常総市(当時は水海道市)の水田で採集したトリゲモはヒロハトリゲモとオオトリゲモが混生していた。これは次項で詳述する鑑定方法により同定したもので間違いない。
本件に関連し自生種に造詣が深い方に「自分は水田でオオトリゲモを見たことがない」とご指摘を頂いたが、あるものはあるので仕方がない。そもそも「よみがえれアサザ咲く水辺」のマッピングではサガミトリゲモも本県では絶滅となっている。スズメハコベも「レッドデータプランツ」の記載、フロラともに「無い」が近所にわんさか「ある」。文献の記述やご指摘を頂いた方を批判しているのではなく、自然環境はまさに理論より実践の場であるという話

画像は水田に繁茂したウキクサの下で育つホッスモ。ウキクサによる水面の占拠もなんのその、この水田ではホッスモが見られない場所はなかった。このホッスモにはイトトリゲモとシャジクモが混じっており、さらにホッスモがやや劣勢な場所ではサガミトリゲモが繁茂していた

◇重箱の隅型同定作法◇

本題、トリゲモ類をどうやって同定するかという話です。種によって非常に微細な同定ポイントがあります。先に触れたように肉眼で確認できるポイントもありますので、トリゲモ類を入手される機会がありましたら確認してみて下さい。20倍程度のルーペがあると尚、確認し易いと思います。

【イバラモ/ヒメイバラモ】
・ヒメイバラモは詳細不明。和名から草体の大きさが想像されるが未見
・ヒメイバラモは新潟、鳥取など現存すると言われる地域が少ない
・その他の地域で見られるのはイバラモと考えられる

【イトトリゲモ】(画像)
・他種との比較が出来れば葉幅が狭く、細いという印象がある
・結実期であれば種子が二連するという特徴がある
 *右拡大画像中央褐色の二連した物体がイトトリゲモの種子です(白い部分はストロボ光の反射)
・葉鞘は左右非対象の場合が多い

【ホッスモ】
・他種に比べて全体的に柔らかな印象がある
・葉鞘が大きく披針形に突き出す(下図をご参照ください)

【サガミトリゲモ/オオトリゲモ】
オオトリゲモとの差異が非常に微妙で、最終的には種子表面の模様を見る必要がある。結実していれば見る事は容易で20〜30倍程度のルーペがあればよい。オオトリゲモは葯室の数という重要な同定ポイントがあるが、素人向き機材では確認困難
種子表面が梯子状の模様であればオオトリゲモ、六角形の網目があればサガミトリゲモと判定できるが、オオトリゲモの種子はトリゲモと酷似するためトリゲモ/オオトリゲモの同定は雄花の葯室の数が最終的な同定手段となる。ちなみにオオトリゲモの葯室は4、トリゲモは1である
(詳細な解説、種子画像は「日本水草図鑑」を参照)

【(番外)トリゲモ/ムサシモ/イトイバラモ】
トリゲモ、ムサシモ、イトイバラモは滅多にない。ムサシモにいたっては現存するかどうかも疑わしい。出会う確率は限りなく低いので考慮に入れる必要なし(笑)というのは冗談だが、出会う確率は低い。上記種の同定ポイントから消去法で残るのがこの3種であると思われる
この段階まで来たら素直に専門家に委ねることも重要。希少種の新たな自生地の発見や植物体の研究材料など、学術的に寄与するものが大きいと思う

葉鞘の特徴について

葉鞘(ようしょう)とは葉の基部の鞘状の部位で、トリゲモの場合、葉(細い1本)を外側に倒してルーペで見ることで確認が出来る。(イラストの青い部分)

Aのように突き出した特徴を持つものはホッスモ、Bのように「切型」となっているものはサガミトリゲモ、Cのように不揃いなのはイトトリゲモである。比較的良く見られるこの3種はこの部位で判別が容易である。オオトリゲモは上記の通り自生場所と種子表面の模様で同定可能だが、トリゲモとの判別は葯室の数という到底素人が手出し出来るレベルでは無くなってしまうので事実上不可能。(やれる方も居るとは思うが)

◇お約束「日本のイバラモ科」◇

【日本産イバラモ科植物一覧】は自生確認(2007年10月時点)

右写真はオオトリゲモ(Najas oguraensis Miki)
非常に繊細な葉を次々と枝分かれさせる美しい沈水植物

この種を含めてイバラモ科のすべての種が危機状態にあると言っても過言ではない。実に9種中6種がRDBに記載されているのである。原因は間違いなく自生環境の喪失である。属名Najasは「泉の妖精」という意味であるが、まさしく妖精のように幻になりつつある。


*筑波実験植物園によれば、Najas guadalupensis (Sprengel) Magnus var. floridana Haynes and Wentzという呪文のように長い学名を持つイバラモ科の帰化が確認されたそうです。この植物は確証はありませんが、アクアリウムで用いられる「ナヤス」と呼ばれる植物そのものに見えます。アクアリウムプランツ全般について規制強化の必要を強く感じます。

標準和名 学名 環境省RDB 備考
イトイバラモ Najas yezoensis Miyabe 絶滅危惧IA類(CR) RDB以前にまったく目撃情報を聞かない幻の種。以前東北地方の池で発見した話を伺ったが翌年には水質悪化で絶滅したとの事
イトトリゲモ  Najas japonica Nakai 絶滅危惧IB類(EN) 主に水田に自生し、しばしばホッスモとの混生が見られる。種子が2つ並列する。草体は全体的に細く特徴的
イバラモ  Najas marina L. 記載なし 自分が目撃したのは汽水傾向の強い水域であるが、西日本では純淡水にも自生するらしい。一目で分かる特徴的な草姿
オオトリゲモ  Najas oguraensis Miki 記載なし 主に湖沼に自生するが、関東地方では極端に自生が減少している。以前確認したため池でもここ何年か確認出来ていない
サガミトリゲモ  Najas indica (Willd.) Cham. 絶滅危惧IB類(EN) これまた希少。「よみがえれアサザ咲く水辺」には茨城県は絶滅、とプロットされているが私も2箇所の水田で確認しており細々と残っていると思われる。別名ヒロハトリゲモ
トリゲモ Najas mimor L. 絶滅危惧IB類(EN) あるらしいが判別が容易ではなく未確認。オオトリゲモより小さなトリゲモを入手したことがあるが、神戸大学角野先生の同定によれば「おそらくオオトリゲモ」との事であった。草姿では判定できない
ヒメイバラモ Najas tenuicaulis Miki 絶滅危惧IA類(CR) 本種が自生すると言われる山梨県の湖で打ち上げられたイバラモの欠片を見たことがあるが、本種であるかどうか不明。自生は極端に限られるらしい
ホッスモ  Najas graminea Del. 記載なし 主に水田に自生する。他種と比べ柔らかな印象がある。ホッスは払子(仏具)で葉の持つ柔らかな印象から命名されたらしい
ムサシモ Najas ancistocarpa A. Br. 絶滅危惧IA類(CR) あるのか無いのか全く不明。ムジナモ級ではないが、フサタヌキモ級の希少種であることは間違いない。日本水草図鑑に掲載された写真は私の出身地産の標本である


(参考文献)
・日本水草図鑑 角野康郎 文一総合出版
・ため池と水田の生き物図鑑植物編 浜島 繁隆/須賀 瑛文 トンボ出版
・水草の観察と研究 大滝末男 ニュー・サイエンス社

同定方法に関しては文一総合出版「日本水草図鑑」を主に参照させて頂きました。また同書著者である神戸大学の角野康郎先生には素人の的外れな質問、オオトリゲモ複数産地株の同定依頼に快く、かつ懇切丁寧にご教授頂きました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

Field note of personal impression of wetland plant
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