Field note of personal impression of wetland plant


【第十六話】狸藻紳士録

公開 2007.1.6
追記 2007.4.7

◇狸と狢◇

ムジナモは育たなくて涙がチョチョ切れる、そんな表現がぴったりの植物です。なにしろ復活の試みが行われている埼玉県の宝蔵寺沼でもなかなか上手く行かない、自然下でも世代交代、増殖が難しい難種中の難種です。自分で記事を上げておいてナニですが、私はHOUさんから2回頂き、2回とも絶やしてしまいました(恥)。そんなわけでムジナモに付いて多くを語るわけにはまいりますまい。ここは一発、維持が得意なタヌキモ達のことでも。えっ?誰でも放置で維持できる?まぁそうとも言いますね。

さて、本題の前に「狢」と「狸」はどう違うのか、少し調べてみました。ご近所の「つくばみらい市」という新しく出来たハイカラな市には、狸渕という地名と狸穴という地名が両方あります。前者は「むじなぶち」後者は「まみあな」と呼称します。こういうのを見ると、あまり区別されていないのかな?と思います。まぁ万事アバウトな我らが茨城県のことですが。
つくばみらい市に向かう「常総ふれあい道路」という道路がありますが、動物注意の標識は狸の絵柄になっています。道路脇にもよく狸が交通事故死していますので元々狸が多い地帯なのかも知れません。もしかすると狢?
一説には狢はアナグマのこととも言いますが、タヌキと混同されたりではっきりしません。はっきりしない呼称なので、なぜ「ムジナモ」「タヌキモ」と呼ぶのかもちろんはっきりしません(汗)。そのあたりの薀蓄は期待しないで下さい。

◇タヌキモの種類◇

現在我が家にはイヌタヌキモ、ヒメタヌキモ、フサタヌキモの3種類があります。自分で育てたことがあるのは、この3種とイトタヌキモだけです。イトタヌキモは侵入経路不明で勝手に水槽で殖えてしまった「駆除対象」でしたので「育てた」というよりもアオミドロや藍藻に近い扱いでしたが(爆)。
同定が苦手な私がなぜ種類が分かるかと言うとですな、イヌタヌキモはかの神戸大学の角野康郎教授が同定された池で採集したものの子孫だから、ヒメタヌキモは分布により(日本水草図鑑のプロット)、フサタヌキモはこのジャンルでは先人かつ偉人のHOUさんに頂いたものだからです!( ̄^ ̄) ・・・いや・・まったく自慢になりませんが(汗)。ヒメタヌキモは日陰でシーズン終わりかけのためコタヌキモのように見えますが、葉の分裂、捕虫嚢の付け方などの特徴により自分で同定、HOUさんにも「おそらくヒメ・・」とお言葉を頂いておりますので、先の図鑑のプロットと合わせて確信をしております。(違っていたら「ヒメタヌキモ」として差し上げた方々、申し訳ございません)
余談ですが、犬狸藻ってのは凄いネーミングですね。犬を冠する植物名は水生植物にも多いのですが(イヌゴマ、イヌガラシ、イヌホタルイ、イヌタデ・・・)何も狸に犬を付けなくても、と思います。同じ科の名前をかぶせるのはご法度のような気が・・そう言えば狸に姫を付けるのもアバンギャルドですね。
ちなみに「食虫植物」とは言うものの、タヌキモ属は昆虫は食いません。虫に食われることはあるかも(汗)。主にプランクトンなどを捕食しているようです。プランクトンがいなくても光合成でエネルギー生産できますので平気なようです。水槽でも育つ種類が多いのはそんなところに理由があるのでしょう。
「食虫」の方式ですが、水やイオンを外部から草体に能動輸送することで捕虫嚢を陰圧に保ち、微小な刺激によって入口を開き、水流により虫(プランクトン)を一緒に取り込むというものです。あんな小さな器官でも精緻に出来ているものです。ムジナモなど大型の捕虫嚢では、よく小さなサカマキガイが捕捉されている姿を見かけましたが仕組が違うのかも知れません。
ちなみにタヌキモ属Utriculariaの語源はラテン語のutriculus(小さな嚢、小気泡)ということで、まさに特徴通りの属名となっています。
てな薀蓄はさておき、実はワタクシもともとレイアウト派なのでふらふら浮遊する草はアウトオブ眼中の期間が長く一向に詳しくありませんが、自生するこの手の草を調べてみました。見たことが無い草も多々ありますので特徴などは日本水草図鑑やWebからの受け売りです(^^;

【我が国に自生するタヌキモ属植物(標準和名五十音順)】*帰化種含む
標準和名 学名 特徴
イトタヌキモ Utricularia exoleta R. Br. 自生種は絶滅危惧IB類(EN)。アクア由来の帰化種あり
イヌタヌキモ Utricularia tenuicaulis Miki 広範に自生し、繁殖力も強い。捕虫嚢が目立つ
ウトリクラリア・アルピナ Utricularia alpina Jacq. 南アメリカ原産の園芸種。帰化は不明
ウトリクラリア・プルプレア Utricularia purpurea Walt. タイ原産とも言われるが定かではない。アクア由来の大型種
ウトリクラリア・レニフォルミス Utricularia reniformis St. Hil. 南アメリカ原産の園芸種
エフクレタヌキモ Utricularia inflata Walt. 北米原産の帰化種。葉の一部がフロートになる
オオタヌキモ Utricularia macrorhiza. 北海道・東北に自生する
オオバナイトタヌキモ Utricularia gibba L. 静岡県以南に分布、別名ミカワタヌキモ。イトタヌキモのシノニム?
コタヌキモ Utricularia intermedia Heyne 湿地に希産。捕虫嚢は土中に潜り込む枝?に付ける
シャクジイヌタヌキモ Utricularia siakujiiensis S.Nakajima 正体不明。RDB記載なし
シロバナホザキノミミカキグサ Utricularia racemosa f.leucantha Komiya 宮崎以南の南方種。アジア産の帰化も見られる
シロバナミミカキグサ Utricularia yakusimensis Masam.f.albida (Makino) Hara ムラサキミミカキグサの亜種とされる
タヌキモ Utricularia vulgaris L.var.japonica (Makino) Tamura 科名、属名となっている代表種
チビヒメタヌキモ Utricularia minor form terrestris. 新潟県、北海道など局地的に自生する珍種
ナガレヒメタヌキモ Utricularia minor form natans 学名からヒメタヌキモ亜種又はシノニムと思われる
ノタヌキモ Utricularia aurea Loir. タヌキモに似るが本種は結実する
ヒメタヌキモ Utricularia multispinosa (Miki) Miki コタヌキモ同様土に潜る部分に捕虫嚢
ヒメミミカキグサ Utricularia nipponica Makino 東海地方の丘陵地帯に希産する小型種
フサタヌキモ Utricularia dimorphanta Makino 大型のタヌキモ。捕虫嚢が小さく数が少ない
フトヒメタヌキモ Utricularia minor form stricta 学名からヒメタヌキモ亜種又はシノニムと思われる
ホザキノミミカキグサ Utricularia racemosa Wall. 希少なミミカキグサのなかではやや一般的
マルバミミカキグサ Utricularia striatula Sm. 正体不明の園芸種。外国産であることは明確
ミミカキグサ Utricularia bifida L. ミミカキグサのなかではやや自生が多い
ムラサキミミカキグサ Utricularia yakusimensis Masam. ミミカキグサのなかではやや自生が多い
ヤチコタヌキモ Utricularia ochroleuca R.Hartm. 北海道、本州の一部に自生する非常に希少なタヌキモ

こうして見ると園芸・アクアからの逸出帰化が非常に多いことと、20種類以上ある(帰化種含む)科のなかで実際に見たことがあるのは数種類だけ(恥)という事実に気が付きます。(機会があれば真面目に探してみます)
記憶に鮮明なのは、県内のため池で周囲の水たまりにまでイヌタヌキモが繁茂していたこと(この子孫は我が家で猛威を奮っています)、福島県の山間のため池で希少なヒメタヌキモが岸近くに層になっていたこと、などです。

(*)タヌキモ属の種類について、一説には帰化は確認できないまでも栽培種含めて国内には100種類近くあると言われています。学名の混乱、交雑種の誤認等の要素も当然含まれると思いますので、素人の調査結果ということでご了承下さい。
呼称の混乱等の事情についてはこちら、斉藤央氏のUtricularia 属の呼称の混乱についてに詳しく纏められていますのでご参照下さい。
(*)タヌキモ(Utricularia vulgaris L.var.japonica (Makino) Tamura)はイヌタヌキモとオオタヌキモの交雑種という説がありますが、確証が取れなかったため種として扱いました。(詳しくは後述)

訂正情報
【2007.4.7追記 HOUさんからのアドバイス情報により】
上表中のマークが情報追加・訂正対象種です

・Utricularia alpina 栽培も難しいので帰化はしていないと思われる
・Utricularia purpurea 北米原産で関東でぎりぎり越冬できる程度なのでおそらく帰化はしていないと思われる

◇タヌキモは結実しない!?◇

科名属名植物ともなっているタヌキモ(Utricularia vulgaris L.var.japonica (Makino) Tamura)ですが、複数の文献、Webサイトで異口同音に「結実しない」という表記があります。植物が結実しない主な理由は2点考えられます。どちらも結局は同じ事なのですが、自生種同士の交雑では結実する場合もあるとの事で(発芽は不明)厳密には異なります。

(1)交雑種である・・・異なる染色体数の植物同士の交雑
(2)3倍体(奇数分裂)である・・・種としては同一だが耐寒性のある3倍体が残った

どこかで書いたような気もしますが、交雑種の場合なぜ結実しないのか書いておきます。染色体の数が異なるためです。(3倍体の出来る理由として後述します)かなりくどくなりますが、「厳密に言うと違う」ということでご了解下さい。
シロバナマンジュシャゲという白いヒガンバナはヒガンバナの2倍体(染色体22本)とショウキズイセン(染色体12本)との交雑種と言われていますので、こちらが結実しない理由は(1)です。つまり減数分裂により11と6、17の染色体奇数セットを持ってしまったわけです。(3倍体ではありません)
外見的な特徴は両親のものを引き継ぎますのでヒガンバナの形とショウキズイセンの白を受け継いでしまったわけです。水生植物にもインバモはじめ様々な交雑種がありますが、この理由によって結実することはありません。

(2)については日本にあるヒガンバナやサトイモの例があります。我が国にあるものはそれぞれ3倍体なので結実することはありませんが(両種とも地下茎の分球で殖える)ヒガンバナは中国に、サトイモは東南アジアに結実する2倍体が自生するそうで、日本の気候に合った3倍体(耐寒性に優れると言われます)のみが定着したのではないかとも言われています。
3倍体が出来る理由をば簡単に。生物は子孫を残すための配偶子(生殖細胞とも言います)を作る際に減数分裂を起こしますが、染色体の数は半分になります。(通常は2、半分で1)この配偶子と別の個体の配偶子が生殖し、染色体の数は1+1で2に戻ります。しかし極稀に減数分裂が起こらず染色体が2倍のままの配偶子が出来ることがあります。この配偶子同士の子孫が4倍体です。4倍の染色体のセット数は偶数ですので正常に減数分裂が行われ、配偶子は2(4÷2=2)、これと通常個体の配偶子1により生まれるのが3倍体(2+1=3)です。
すると生まれた個体は配偶子が3(3倍体)、つまり奇数なので割れません(^^;減数分裂が発生しないということです。生殖細胞の減数分裂が起きませんので配偶子が出来ず種子もできません。
(1)との違いはもともと同じ「種」同士なので見た目は結実・発芽するものと変わらないという点です。

この性質?を利用して作られているのが「種なしブドウ」や「種なしスイカ」です。「種なしクルミ」や「種なしピスタチオ」は意味が無いので作られていないようです(爆)。園芸で発芽促進に使うジベレリンなどにより人工的に3倍体に出来る事が分かっています。ちなみにこの仕組を発明というか発見したのは日本人だそうです。
自然のものでは日本の春を彩る桜、ソメイヨシノ(Prunus×yedoensis)ですがエドヒガンとオオシマザクラの雑種起源である可能性が高いと言われています。非常に可愛らしいチェリーが出来ますが(結実)発芽することは無いようです。

さて、タヌキモはどちらなのでしょう。前節注にある通り、イヌタヌキモとオオタヌキモの交雑種という説を正とした場合(1)、元々2倍体の種として東南アジア等に自生、耐寒性に優れる3倍体が帰化しているのであれば(2)となります。
科名属名植物となっている種がこんな謎に満ちた植物である例は他にはありませんね。結論ですが私には分かりません。なにしろ見たこともありませんので(爆)。

◇タヌキモ科他属◇

ラブリーなタヌキモ科にはもう1属、「ムシトリスミレ属」というものがあります。その名の通りこちらも全種食虫植物です。タヌキモ科全体がそうなのですね。
ムシトリスミレは園芸店などでよく販売していますが、タヌキモと同じ科とは思えない草姿で、葉といい花といいスミレそのものに見えます。出自は不明(自生種なのか輸入品なのか)ですので危険な香りもしますけど。
とりあえず我が国に「ある」と言われているものを一覧にしましたが、それ以前に帰化種と園芸種のボーダーは非常に曖昧になっているような気がします。という訳で特に厳密に区別はしておりません。

【我が国に自生するムシトリスミレ属植物(標準和名五十音順)】*帰化種含む
標準和名 学名 特徴
アシナガムシトリスミレ Pinguicula caudata Schlecht メキシコ原産の園芸種。多肉のような葉に美しい紫花
カラフトムシトリスミレ Pinguicula villosa L. 北方領土に存在すると言われるムシトリスミレ
キバナムシトリスミレ Pinguicula lutea Walt. 黄花の北米原産帰化種
ギプシコラムシトリスミレ Pinguicula gypsicola Brandegee メキシコ原産の園芸種。帰化は未確認
コウシンソウ Pinguicula ramosa Miyoshi 1890年に栃木県の庚申山で発見、環境省RDBII類(VU)
ヒメムシトリスミレ Pinguicula lusitanica L. ヨーロッパ原産の園芸種。帰化は未確認
ムシトリスミレ Pinguicula vulgaris L. var. macroceras Herder 自生種。山岳地帯に分布する

花が可憐でもともと菫マニアの私としては育ててみたい種ばかりです。園芸店で見ても予想より安価なので機会があればチャレンジしたいですね。ムシトリスミレは水苔で育てますが、水苔の高級品はタヌキモ由来、というのが何とも(^^;友の屍乗り越えて、ってところですか(汗)

訂正情報
【2007.4.7追記 HOUさんからのアドバイス情報により】
上表中のマークが情報追加・訂正対象種です

・Pinguicula lutea 栽培も難しいので帰化はしていないと思われる
・Pinguicula primuliflora(表中未表記) 帰化して除草したと聞いた事がある

訂正情報
【2007.4.7追記 HOUさんからのアドバイス情報により】
・丹頂苔や兎苔は苔に容姿が似ていることから苔と名前が付いているが花を見る植物として安価で販売されており、水苔の高級品と言うのは語弊あり

これは完全に私の文章表現によるものですね(^^;
言訳ですが、「ミズゴケ」はSphagnaceae由来の「園芸資材」の意味で使用しました。水蘚ですね。価格の高いもののなかに「原料タヌキモ」で商品名が「丹頂苔」「兎苔」というものを見たことがあった、という話でした。HCオリジナル商品なのでいい加減な命名なのか、原料がそうなのか定かではないのですが。
仰る通り蘚苔類であれば陰花植物ですので鉢花として販売されることはありません。大幅に話をはしょりました(汗)。申し訳ございません。

◇タヌキモの自生環境◇

一般的にタヌキモ(ミミカキグサ、ムシトリスミレの仲間を除く)は貧栄養の水域を好むと言われています。このため、例えば富栄養を好むヒシが繁茂している池には無く、貧栄養を好むジュンサイがある池では良く見つかる、なんてことも言われています。
しかし、私がイヌタヌキモを採集した池にはヒシがありますし、ごく普通の透明度の低い農業用ため池ですので貧栄養とは言い難いと思います。「餌」とされるプランクトンは富栄養で個体数を増加させますので「タヌキモは貧栄養を好む」と実態が乖離しているような気がしますね。
一方貧栄養のために窒素、リンが水中から調達しにくいためにプランクトンに活路を求めたという話もありますので、卵と鶏かな?
たしかにヒメタヌキモを採集した福島県の池は見るからに貧栄養でしたが、土中に捕虫嚢を付ける本種には水中養分はあまり関係ないのかな、という疑問もあります。
一方ミミカキグサなどは湿った地面すなわち湿地ですが、この環境自体減っているのがなかなか見られない要因なのでしょう。経済的には最も役に立たない地形である上、遷移によって陸地化したり水没したり変化が激しいことも理由であるかも知れません。

Field note of personal impression of wetland plant
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