Field note of personal impression of wetland plant


【第十九話】ヒルムシロ科交雑種考
◇区別か差別か◇

*一部画像は既アップ分の再利用です

水草の世界にも「交雑種」は多く、特にヒルムシロ科は非常に多くの例が確認されています。この「水草四方山話」のタイトル画像のインバモもヒルムシロ科ガシャモクとササバモの交雑種であるとされています。
そのヒルムシロ科の交雑種に「アイノコイトモ」というヤナギモとイトモの交雑種があります。本題に入る前に四方山話的に最近の出来事と生物の名称について思うところを。

2007年1月に某学会は、「バカジャコ」「イザリウオ」など差別的な言葉を含んだ魚の標準和名を改名すると発表しました。(検討委員会は2000年から動いていたようです)一部の識者からは「差別用語とは、使用者に差別意識があってはじめて差別となる。魚の名前まで変えるのは過剰反応」「文化的背景を持ち、長年親しんで来た名称を減らすだけの言葉狩り」などの意見もありましたが、世間一般は概してPTAの反応的な歓迎ムードのようです。
識者の意見はごもっとも、まったく賛成です。こういうことを大真面目に行なう背景には「区別と差別を混同している」発想の貧困ないし混乱が原因、というのが私の意見です。
そもそも生物も含め、ものの名前とは「他と区別する」ことこそが本質です。人間については、区別した上で取扱いに差を付け、他者ないし他集団よりも不当に低く取扱うことが差別です。イザリ、何か不当に低く取扱われているのでしょうか?バカなんてのは日常的に使用する言葉であって、挨拶プラスアルファ程度のものですよね。友人との会話で「お前馬鹿だなぁ」は差別なのでしょうか?
日本は福祉社会を目指していますので、主な公共機関の建物はスロープやバリアフリーに改造され、電車やバスも車椅子スペースや優先席の設置など社会的弱者に篤く政策が施されています。これって逆に税金やコストの使い方に於いて健常者に対する差別かも知れませんね。駅や国内空港では日本語表記の他に英語、韓国語、中国語の表記がありますよね。外国人にも篤い社会です。この上何を気にしているのでしょうか。
差別を助長する・・・今時小学校教育でも差別がいけないことを教えています。こうして表面的に蓋をするから差別が陰湿になっていじめになるのではないですか?

現代英語で、とても気に入った表現がありました。「Pass Me The Facking Salt!」塩にまでFackを付けてしまうアメリカ人のメンタリティ、日本ではいかに親しいグループでも「そこのいかれた塩野郎を取ってくれ」とは言いませんが、個性を大事にする国での「区別」は日本では大騒ぎの「差別」と同じかも知れん、ってことは覚えていたほうが良いかも知れません。

何を言わんとしているのかと言うと、「アイノコイトモ」はヤナギモとイトモのアイノコであって、それ以上、それ以下の意味は無いってことです。そのうち「交雑種」もいかん、って言い出すのも時間の問題かな?
そういう意味では植物にも酷い名前(和名)はたくさんあってママコノシリヌグイ、ヘクソカズラ、オオイヌノフグリ、クサギ、ノボロギグなんてのがあります。今の風潮からすれば「継子」は嫡出子と差別が・・とか、「野ボロ」は貧乏を連想させる・・とか言い出すかも知れません。昨今日本は格差社会になったと言われますが実質で格差があるのに言葉を取り繕ってどうするのか、と思います。

画像解説

上画像はヒロハノセンニンモ(Potamogeton leptocephalus Koidz. )と思われる株ですが、由来は不明です。状況から霞ヶ浦近辺で採集して来たヒロハノエビモの一群に紛れ込んでいたものと思われますが、以前頂いた琵琶湖産ヒロハノセンニンモ(右画像)とは葉のウェーブの入り方など、かなり印象が異なります。
交雑種ですから遺伝子の発現は読めない部分があり、形質から種を特定できない場合も多々あることは承知の上ですが、別種の可能性も否定できません。霞ヶ浦水系には正体不明かつ、ほぼ現存しないと考えられるイサリモPotamogeton nakamurai. )という種がありますが、この株がそうである可能性もありますね。もちろん種の特定はDNA解析など素人には不可能なステップが必要ですが。

ちなみに、ですが現在の霞ヶ浦水系ではセンニンモはほぼ見ることが出来ず、ヒロハノエビモもごく限られた自生状況となっています。イサリモが交雑種であるとすると将来環境が改善したとしてもシードバンクからの発芽はなく、幻は幻のまま、という可能性が高いですね。

◇ヒルムシロ科交雑種◇

という事で強い不快感の表明も終わり、やっと本題に入ります。
冒頭書かせて頂いた通り水草のなかで交雑種が多く見られるのはヒルムシロ科です。かねがね不思議なのは水田に生えているアゼナですが、アメリカアゼナ、タケトアゼナと混生しているわりには中間型が見られません。一年草は実生するしか子孫を殖やす方法が無いので減数分裂に奇数倍の鍵がかかっているのでしょうか?
このような他科の例を考えれば、推測ながら交雑種が多いヒルムシロ科は遺伝子レベルで分化の程度が浅いのかも知れません。同科の交雑種で確認されているものは以下の通りです。

【ヒルムシロ科交雑種】
標準和名 学名 備考
アイノコセンニンモ Potamogeton kyushuensis Kadono et Wiegleb ヤナギモとセンニンモの交雑種とされる
アイノコヒルムシロ Potamogeton malainoides Miki. 不詳
イサリモ Potamogeton nakamurai. 不詳
インバモ Potamogeton x inbaensis Kadono ガシャモクとササバモの交雑種
オオササエビモ Potamogeton anguillanus Koidz. ササバモとヒロハノエビモの交雑種とされる
ササエビモ Potamogeton nipponicus Makino エゾヒルムシロとヒロハノエビモの交雑種とされる
サンネンモ Potamogeton biwaensis Miki. センニンモとササエビモの交雑種とされる
ヒロハノセンニンモ Potamogeton leptocephalusKoidz. ヒロハノエビモとセンニンモの交雑種
(*)交雑種の両親に付いては「一般的に」言われている種類を記してあります。当然のことながら自分で遺伝子解析をして裏を取ったわけではありません。

ざっと見てみると大型の葉を持つ系統同士、小型の細葉を持つ者同士の交雑種が多いですね。例外的にヒロハノセンニンモは広葉系のヒロハノエビモと細葉系のセンニンモが両親のようです。
ショップで稀に販売しているヒロハノエビモのなかにも同様の葉形を持つ株が見られることもあり、琵琶湖から採集したものを一律にヒロハノエビモとして区別せずに流通に乗せている可能性もありますね。あるいは元々持っていた遺伝子の表現型可塑性とか。どちらにしても同定には慎重さが求められると思います。
ちなみに上表でイサリモについては不詳とさせて頂きましたが、正確な同定、分析がなされないまま現在は見られなくなってしまったことで、推測するしか無いのですが、以前の霞ヶ浦とヒルムシロ科の分布がほぼ同じ琵琶湖で発生した交雑種のうちいずれかと同種で、和名シノニムなのではないか、と考えています。

画像は滋賀県産オオササエビモです。大型種ササバモと中型種ヒロハノエビモの交雑種とされています。ササバモの長く大きな葉とヒロハノエビモの透明感を兼ね備えた美しい水草です。

◇結実と発芽◇

科名植物ヒルムシロの実生発芽率は結実量の2%であるというデータを見たことがありますが、育成している方はこの植物を引き抜いてみると根で繋がっている、つまり無性生殖で殖えていることに気が付くと思います。私も育成していますが「明らかな実生株」は確認したことがありません。
沈水植物のガシャモク、ササバモなども土筆状の花はよく咲かせますが春先の新芽は根茎からのもので実生株は確認しておりませんので、概して発芽率が低いのではないでしょうか。
殖芽を形成する植物の種子生産力、発芽率は低い、という説もありますが、育成中である他種ヒルムシロ科のエビモやヤナギモを見ていても同意できる話です。

殖芽以外の重要な増殖方法である「流れ藻」による拡大は、植物生理学的に言えば「分化全能性」の発現ですが、発根が必ずしも活発ではない(=トリミングに弱いと言われる理由)ヒルムシロ科もある程度は発根します。現在私が育成しているヒルムシロ科はヒルムシロを除き水槽で育成し増殖したものを根の無い状態で屋外に移植したものです。
つまり、根茎からの発芽、殖芽、流れ藻と無性生殖のラインナップが豊富なので種子はシードバンクとして保険に回し、発芽率を抑えている可能性もあるということです。真偽はともかく現象面はそうなっています。

そこで出てくる新たな疑問。これほど種子発芽率が低い植物同士、種子を経由しなければ出来ないはずの交雑種がなぜこれほどあるのか?
この疑問に対する私の回答は「豊穣」です。発芽率が2%としても(ヒルムシロのみのデータですが、他種も似たようなものと仮定します)100個の種子では2株ですが1万なら200株です。湖を埋め尽くし舟の運行の支障となるほどガシャモクとササバモがあればインバモは出来るでしょう。逆に言えば現状では自然交雑による新たなヒルムシロ科は非常に出現しにくいですね、悲しいことですが。

画像解説

水面で開花するオヒルムシロの花。ヒルムシロ科の花は種を問わず非常に地味な土筆状のものです。こうした花穂が複数種のヒルムシロ科によって水面を埋め尽くす程存在しないと交雑種の形成は難しいのではないでしょうか。
ちなみに自分で育成している交雑種以外のヒルムシロ科、エビモ、ヒロハノエビモ、ヤナギモ、センニンモ、ササバモ、ヒルムシロ、オヒルムシロも発芽は地下茎からのものだけで実生株は無いようです。この部分(結実と発芽)は長年気になっているので毎年発芽する時期に確認していますが前述の通りです。

こうして考えてみると、ヒルムシロの生残り戦略は無性生殖、「種子」という表現よりも「散布体」が相応しい性格を持っているような気がします。おそらく昔日の繁茂を再現するためには環境の改善→埋土種子の発芽→大規模な繁茂→交雑の発生というステップが必要であって、50年かけて壊して来た環境は復旧に何百年必要なのか、それ以前に道筋があるのか、暗然とします・・

◇大型種の表現形◇

水草を知らない方から見れば同じにしか見えないヒルムシロ科の大型種三兄弟、と言うかインバモは両種の交雑種なので親子と言うべきか、ガシャモク、ササバモ、インバモですが、基本形は右図の通りです。aは葉身、bは葉柄ですが、ササバモa:長い b:長い→インバモa:中程度 b:中程度→ガシャモクa:短い b:短い、という区分となります。
ただ、生育条件によっては葉そのものは見た目には同じようになることもありますので決定的な同定ポイントは葉柄になると思います。
尤も同定しようにもガシャモクとインバモは野生絶滅か、あったとしても絶滅寸前といった有様なので育成物が流通するのを待つしか入手の機会が無いと思います。インバモの名前の元となった印旛沼にも見られません。最近ではササバモもかなり探してやっと見つかるぐらいなので仕方ないですね。
葉柄以外の同定ポイントとしては、育成してみると分かりますがガシャモクは浮葉を出す事はありませんが、ササバモは盛んに出します。インバモは時として浮葉とも気中葉とも言えない異形葉を出すことがあります。どちらの遺伝子が発現しているのか興味深いものがあります。

ササバモはかなり汚染にも強いようで、居住地周辺で私が見つけている場所には家庭排水がダイレクトに流れ込むような所謂ドブのようなところもあります。河口湖など高地の比較的綺麗な湖にもありましたので特に富栄養が好き、というわけでもなさそうですが。ところがそんなササバモもさすがに透明度の低い霞ヶ浦には入って行けず、湖岸湿地で陸生型となり細々と残っている場所もあります。
なぜそんなことに、と思われる方は石岡市の山王川の河口付近を見学されることをお勧めします。特に川底の泥を棒で攪拌してみると良く理解できると思います。

インバモや上表中の交雑種が生まれて来た「風景」には、前述自問自答の如くそれこそ堆肥に使用できるほど、内水面漁業の妨げとなるほどに繁茂している各種の圧倒的な存在があります。どこかで自然交雑が起きるほどの密度、これは絶対条件だと思います。
私自身、かなり大型の睡蓮鉢やプランターに多種類のヒルムシロ科を植栽して育成しています。上表にある組み合わせも同じ鉢に存在しています。開花も見ますが交雑種が発生した経験はありません。(もちろんその程度で交雑が発生していてはそこいら中、交雑種だらけになりますが^^;)このヒルムシロ科の交雑種達は自然が豊かだった時代の置き土産のような気がしてなりません。
(久々に綺麗にまとまったような・・・^^ゞ)

Field note of personal impression of wetland plant

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