Field note of personal impression of wetland plant


【第十八話】河骨の話
◇アクアリウム用コウホネにこだわった時代◇

水草レイアウト水槽をやっていた時代、どうしてもセンタープラントに使いたい水草がコウホネでした。エキノドルスやクリプトコリネのやや硬質の葉と異なり幅広く軟質、透き通る緑の葉が織り成す光景は美しく、この水草以外に「中心」が考えられなかったからです。
ところがこのコウホネ、水槽育成では非常に難しい水草で市販の水草本には育成ポイントとして「根茎を全部埋めない」「CO2を多めに添加する」等と書いてありましたがそんなものは申し訳ないのですが物の役には立たず、一定期間は新芽を出して美しく生長しますが水温が上がったり些細な変化で根茎が腐って消えて行きました。
この現象は野外で自生を見ているうちに納得できたのですが、沈水葉は根茎から発芽した直後の一時的なもので、成長期は浮葉も省略、長さ30cmにも及ぶ力強い抽水葉を次々と出して来ます。言わば私がやろうとしていたことは「朝顔を双葉のまま管理する」ようなもので本来の生理と懸け離れた管理であった、ということです。某アクアメーカーの社長の台詞ではありませんが、育成にあたっても「自然に学べ」ってことですね。
ネイチャーアクアリウム、結構なことですが「ネイチャー」を標榜するわりには外国はおろか国内の自生環境もろくに知らない方が多いのに驚かされます。本当に限られた水槽のなかの世界で「トリミングが」「肥料が」とやっているわけで、箱庭を作るには本当の庭を見なければならない、という基本的な事実を忘れていると思いますが・・愚痴になっちゃいますね。

ところがコウホネの仲間であるヒメコウホネは私の「コウホネに対する浅い理解」と「拙い技術」でも水槽内でやや小型ながら美しい沈水葉の姿を維持することが出来ました。残念ながらこの事実が判明したのはレイアウト水槽を止める直前のことでしたので、コウホネをセンタープラントにしたレイアウト水槽は幻でした。
水槽育成を止める直前に、コンデジを防水ケース(ビニール袋のゴツいのですが^^;)に入れて水槽に突っ込んで撮ってみたヒメコウホネの画像です。浮葉や抽水葉を出すことも無く、高水温や藻類に挫けることも無く理想とした沈水葉のみの姿を短期間ながら楽しませて頂きました。(今は屋外で抽水葉を出し、開花して楽しませてくれています)

というわけで今回は特別な思いもあった水草、コウホネについて広く浅く(汗)語ってみたいと思います。

◇コウホネの自生環境◇

絶滅してしまった霞ヶ浦周辺の多くの水草と異なり、コウホネはハスやヒシと共に自生が多く残っています。私が見る限り非常に透明度が低い「凄まじい導電率」の水域にもありますので発芽直後の沈水葉が持つ役割はさほど重要ではないような気もします。これは水槽で水中葉のみで長期維持出来ない理由であるかも知れません。
浮葉を出しているのも見たことは無く、非常に立派な抽水葉を出し、有機物があり得ない密度の蓮田(施肥直後は一帯が匂うほどです)の一角にも元気に育っていたりします。手賀沼では水質浄化目的のビオトープにあり、長らく日本一であったCODの水を日々喰らい、それでも開花していたりします。とにかく強い植物というイメージがあります。(非常にためになる注1
一方清浄な環境、特に湧水起源の河川などでは沈水葉のみで自生している姿を見ることもあるので、調達可能なエネルギーやリソース(この場合特に有機物だと思います)により姿を変える機能を持っているものと思われます。

コウホネ、河骨という語源を考えてみると、もともとごく浅い水域で水底の根茎が見えるような環境に多い植物だったのではないでしょうか。余談ながら1960年代には田んぼや水路に小魚や水生昆虫を捕まえに行くと、犬か猫だと思いますが動物の白骨死体が水底によくありました。「コウホネ=河骨」の和名成立年代がいつ頃か分かりませんが、人間が行き倒れ、気付かれず放置、なんて時代の頃なのでしょう。動物の骨は水垢や藻類に覆われコウホネの根茎のようなイメージでした。人間の骨もさして変わりはありますまい。語源を考えてみると悲しいような懐かしいような感慨が湧いてきますね。
話はさらに脱線しますが、現代の優れた医療技術が無ければ私なんざとっくの昔に逝っていることでしょう。「ちょっと体調悪いけど水草見に行こう」ってことで水辺で行き倒れ、家族も場所が分からず誰にも気が付かれず、自分自身が河骨に化していたやも知れず、こんなところも親近感が湧く水草である所以かも知れません。(それはねえか^^;)

注釈 (*1)高導電率環境でのコウホネの沈水葉

鷲谷いずみ先生・飯島博氏編「よみがえれアサザ咲く水辺」(文一総合出版)のP81〜P82に高浜入り(茨城県石岡市)に残るコウホネに言及した考察があります。同書より引用します。
(引用)「コウホネは抽水葉と沈水葉の両方をもつ水草である。霞ヶ浦の高浜入りにわずかに残存するコウホネでは、沈水葉には光も届かず炭素源も不足がちなため沈水葉は光合成をほとんどしていないという研究報告がある」(引用以上)
この話は現場を見たことがある人間なら等しく納得できる話です。水槽に置き換えてみると、光量や溶存二酸化炭素量はなんとか行けるとしても貧栄養で有機物が決定的に足りない状況をリカバリー出来ていないためではないか、と考えています。あの立派な抽水葉を形成するためには想像以上のエネルギーが必要なはずで水槽内の光合成のみでは調達不可能ではないか、と。そして湧水のコウホネのように「沈水葉のみで行ける」という判断は水槽内ではしていないということでしょう。

◇コウホネの分類◇

水草四方山話のお約束になりつつありますが、我が国に自生するコウホネの分類について。
自生の濃淡か地域変種なのか分かりませんが、普通種のコウホネ以外は自生にかなりの偏りがあります。文献によってはコウホネは北方種であるとの記載もありますが、西日本に多いヒメコウホネや広島県の一部のみに自生するベニオグラコウホネなどの例もあります。

【日本産コウホネ】*すべてスイレン科コウホネ属 は育成中または育成経験あり
標準和名 学名 備考
コウホネ  Nuphar japonicum DC. 普通種のコウホネ。水槽水中での育成は難がある。浮葉は稀で発芽直後の沈水葉からいきなり立派な気中葉(抽水葉)を展開する場合を多く見かける
ヒメコウホネ  Nuphar subintegerrimum (Casp.) Makino 葉が丸い東海型と卵型の西日本型があるらしい。上画像は西日本での採集物を頂いたものなので西日本型なのであろう。育成環境に拠るのか、沈水葉と抽水葉のみ付ける
オグラコウホネ  Nuphar oguraense Miki 葉柄が細長く、葉柄断面がサンカクイのように三角形であるという特徴を持つ。巨椋池で発見されたのが和前の由来らしいが同池はすでに干拓により存在しない。自生は少ない
ベニオグラコウホネ  Nuphar oguraense Miki var. akiense Shimoda オグラコウホネ同様の特徴を持つが花の柱頭盤が赤くなる。抽水葉を出さず浮葉と沈水葉のみである(下画像)。広島県の一部にのみ自生する
オゼコウホネ  Nuphar pumilum (Timm) DC. var. ozeense (Miki) Hara こちらは北日本型で尾瀬、山形県の一部、北海道などの自生地が知られている。ベニオグラコウホネ同様に花の柱頭盤が赤くなる
ネムロコウホネ Nuphar pumilum (Timm) DC. 和名の通り北海道と本州北部にも自生する。オゼコウホネは本種の変種という説が有力。学名もそうなっている。抽水葉は出さず柱頭盤は淡黄色となる
サイジョウコウホネ Nuphar japonicum var. saijoense Shimoda コウホネとベニオグラコウホネの交雑種であるという説が有力。抽水葉を出すらしいが未確認、ベニオグラコウホネ同様に花の柱頭盤が赤くなる
シモツケコウホネ Nuphar submerusa Shiga et Kadono 栃木県で発見された新種。未確認情報であるが、浮葉や抽水葉を形成せず沈水葉のみで花を水面上に突き出して咲くらしい。柱頭盤は赤くなるそうである
ベニコウホネ  Nuphar japonicum DC. f. rubrotinctum (Casp.) Kitam. コウホネ、ヒメコウホネの変種説、園芸作出種説あり。当初は黄色い花が咲き、2〜3日すると紅色に変わる。アクアリウム用としてしか育成経験がない


こうして見ると新種(注2)あり正体不明あり意外と混沌とした水草であることが分かります。サイジョウ、ベニはNuphar japonicum を名乗りますが、自生地がベニオグラとかぶるサイジョウはともかく、ベニは沈水葉が細長くコウホネの面影はあまりありません。
この辺は四方山話なので研究テーマではなく(そこは名サイト河骨愛あたりをご覧頂くとして)分類に少しだけ嵌りこむと「種」として認識されているヒメコウホネにも「西日本型」「東海型」があり「一応」パターン化はされていますが、同サイトによれば(引用)「,実際は西日本型ヒメコウホネともコウホネともつかないものが野外では見られます」(引用終了)ということで、想像ながら近縁種のコウホネとの交雑などが相当あるような印象を受けます。
また西日本型ヒメコウホネは抽水葉を出さず浮葉と沈水葉を出す、とありますが我が家では沈水葉と抽水葉のみを出します。育成環境によるものかも知れませんが、元々沈水葉、浮葉、抽水葉の三つのオプションを環境に合わせて出現させる植物なのかも知れません。


こちらは育成環境に拠らず沈水葉と浮葉のみのベニオグラコウホネです。「超」が付くほどの希少種ですが、頂き物として我が家にあります。なぜか希少種コウホネは園芸用として結構流通しているようで、自分でも園芸店でオグラコウホネとオゼコウホネを購入しました。
自生種植物、特にRDB記載クラスに関しては園芸店やネットで購入する行為が僅かに残る自生地での乱獲を招くという見方があります。その通りだと思います。盗品故買に等しいですね。(もちろん盗品かどうか知りませんので合法ですが)他の物品よりも始末が悪いのは自然破壊を伴うということで、出来れば自分の買ったものは然るべき業者が増殖させて流通しているものと信じたいところですが・・・このクラスの希少種が出ていると無条件で買ってしまうのは水草おじさんの性(さが)ですね。
ただ前出「よみがえれアサザ咲く水辺」で角野先生が述べておられるように野生絶滅のムジナモが食虫植物愛好家によって種としての維持が図られているように、維持増殖は自分の義務として行おうと思います。善意の第三者としてすましているつもりはありません。

注釈 (*2)新種シモツケコウホネの発見

世界で栃木県にしか無いシモツケコウホネが新種記載されたのは2003年のことなのでまさに「新種」です。もちろんそこに「黄色い花が咲く水草」があることは地元の方ならご存知でしたでしょうし、現に浮葉を出さない海藻のような沈水葉から「カワワカメ」と呼ばれていたそうです。
たぶん多少水草をご存知の方が見ても「少し変わったコウホネがあるな」程度で見過ごされていたのでしょうが、水草の世界は研究者、ウオッチャーが少ないこともあって日本全国津々浦々精査されている、という事はないので時々こういう嬉しいハプニングがありますね。自分自身の数少ないフィールドワークでも「あの時のヒルムシロ科は・・」という経験があります。概して後日再訪しても発見出来ないのが水草。
シモツケコウホネも農業用水路という環境面から言えば脆弱な基盤ですが「守る会」も立ち上がったとの事なのでぜひ頑張って欲しいものです。
コウホネは本種やベニオグラコウホネのように限られた地域に孤立する種もあるので、身近に見慣れたコウホネが自生していても「よく見れば」ってことがあるかも知れません。「一度あることは二度ある」

◇素人の育成覚書◇

様々なコウホネを育成してみて気が付いた点を記しておきます。
(画像:オグラコウホネの花)

(1)種によっては鉢植を嫌う
これはベニオグラコウホネを頂いた際にも情報として頂いたことなのですが、鉢植にして睡蓮鉢に沈めるスイレン方式の育成方法を嫌うようです。生長スピード、浮葉展開の数などが明らかに違います。オグラコウホネ系は睡蓮鉢用土に直植した方が良いようです。ただし、ヒメコウホネは鉢植えでも問題なく生長、開花します。

(2)用土は荒木田土
園芸店で販売している鉢はよく赤玉土単用で育成されていますが、上記のように栄養分は豊富な方が良いと思います。睡蓮鉢ではアオミドロなど藻類発生のリスクがあり施肥のタイミング・量の難しさは陸上植物の鉢植の比ではありませんので、ある程度養分を含んでおり保肥力がある荒木田土を用いるのが望ましいと思います。

(3)日当たりは良い方がよい
コウホネは真夏にぬるま湯になるような日向の湿地でも自生しています。浮葉、抽水葉となるこの植物には水中の溶存気体はさほど問題とならないようです。開花のためには光合成に有利な環境が望ましく、浮葉、抽水葉を繁茂させることで睡蓮鉢の水温上昇も抑えますので同居するメダカや沈水植物にも優しい環境となります。

(4)他種コウホネやスイレンの類と混植しない
浮葉は限られた水面一杯に展開しますので、特に展開スピードの速いアサザやヒツジグサなどと一緒に植えると負けてしまいます。ヒルムシロなどは論外で、あっという間に水面が埋め尽くされ、さらに気中葉のような葉を出して蓋をしますので抽水葉となっていればともかくとして、下手すれば絶えてしまいますので注意です。

(5)アサザの次にマダラミズメイガに狙われる
浮葉植物を専門で狙うマダラミズメイガという昆虫がいますが、水中の窒素やリンを固定した葉を食って湖外に出してくれるのでアサザ基金的には益虫扱いです。霞ヶ浦周辺に住んでいる奴はアサザが大好物ですがコウホネやヒルムシロも狙います。霞ヶ浦の浄化はともかく、個人の育成環境でやられると枯れてしまいますので見つけたら駆除しましょう。詳しくはこちら

Field note of personal impression of wetland plant
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送