育 成 メ モ 育 成 理 論

Theory13】育成肥料実践論
サプリメント編



表示と期待値


これまでの記事「窒素肥料慨説」や「特定成分信仰加持祈祷論」を踏まえ、水槽での水生植物育成に於いて「肥料」(*1)に何を求めるのか、その場合の用い方はどうなのか、網羅的かつ実践的にまとめてみたいと思います。網羅的とは、自分の20年以上の育成経験で、おそらく誰もが考え、通るであろう「健康な生長を期待した施肥の試行錯誤」を経験していますので、その過程で使用してきた各社各様の肥料を全般的に、実践的とはそれらを使ってみて「育成者」として気が付いた事を列記する、という主旨です。
ただし、水草育成は職人技の世界ではなく自然科学の分野だと考えておりますので(レイアウトのセンスは別)、経験はあまり重要ではありません。20年以上やってきた人間の言う事を聞け、ということではありません。あくまで「自然科学分野」ですので新たな発見に基づく効果の高い製品が出てくれば旧来の育成方法は一夜にして無用の長物と化します。ソイルの登場などは前記事で指摘したように、一般的な理解はかなり間違っていると考えていますが、育成という分野に於いて画期的な製品であることは間違いありません。方法論に於いてソイル以前、ソイル以後と分けても良いぐらいだと思います。

確実に言えることは「肥料」である以上、窒素やリンという植物体に不可欠な要素の過不足をよく検討しないまま、カリや鉄という脇役に多くを期待して良しとする姿勢は育成家として間違っている、ということです。今回扱う「肥料」はどちらかと言えば「脇役」、人間で言えばサプリメントの効果を前面に出した商品群です。「サプリメント」と位置付けた通り、他要素との組み合わせで効果を発揮します。私もこれらの商品を単用し効果の得られない時期もありましたが、この基本的な事実を忘れていた使用者、つまり自分が間違っていたのです。


さて、アクアリウムのWeb記事や掲示板などで、アクアリウム用「肥料」についてよく語られる話があります。以前も度々触れていますが重要な話ですので再録します。表現は一般的なもので特に引用ということではありません。

(1)窒素やリンが含まれていると藻類発生の原因となる
(2)窒素やリンは残餌や魚類の排泄物で十分であり、三大栄養素の残り、カリを中心に施肥する
(3)アクアリウムには成分表示を行った肥料が少ないので園芸用なら安心である
(4)無機物なら藻類を誘発せず、二価鉄など即効性の高いものが多い
(5)水草は草体から栄養吸収を行うので水中に溶かす液肥の効果が高い

これまでの記事でこれらの話は概ね誤り、あるいは甚だしい誤解であることを指摘させて頂きました。誤りや誤解もありがちな話で自分の水槽に自己責任で施肥を行うのが原則ですので、基本的にはご自由にどうぞ、です。
しかし、誤解に基づいて肥料を選択した結果は自ずと明らかで、偶然当たるラッキーパンチ以外は期待する効果を得ることが困難です。悪いことにアクアメーカーが発売している「肥料」製品には「水草の成長のために」とか「水槽で不足する養分補給」などと効能が書かれている場合があり、期待した効果が得られないユーザーは製品に責任を転嫁しがちです。事実その手の書き込みも見られます。
もともと誤解に基づいた選択という要素もありますが、「肥料」には使い方、という要素もあり園芸分野では暗黙の了解事項になっています。そのために種により、時期により様々な情報公開が成されています。これが無い業界で正しい選択を行うのは至難ですが、ここでは前述と矛盾しますが「経験者の体験を生かす」というセオリーが活きてきますね。どちらにしても誤った使用方法により効果を得られないユーザー、効能を否定されるメーカー、お互いに不幸であることは間違いありません。
今回はあくまで自分で使用経験のある肥料のみですが、使い方と使うタイミングを中心にまとめてみました。金を使って不幸になる、という阿呆らしさを体験する人が少なくなれば、という主旨ですので、誤解しているユーザーや特定の製品を批難するものではないことを付記させて頂きます。

(*1)「肥料」に付いて
「肥料」という呼称は一般名称であるのと同時に肥料取締法という法律によって制約を受ける概念でもある。本稿では一般呼称として「」付で表現を行う。
法律によって制約を受けるのはよく言われる保証成分(条文上では「公定規格」)の表示以外に、含有を許される有害成分の最大量や肥料として販売可能な状態に至る許認可などのプロセスである。これには膨大な提出資料や販売開始に至るまでの検定の時間が必要であって、経営基盤の脆弱なアクア用品メーカーではほとんどの場合、制約を受けない「成長促進剤」等の名目で「肥料」を発売している。
ただし後述するが、確認した限りアクアフローラのみは輸入開始時点で申請認可を済ませており法的にも「肥料」を名乗れる製品となっている。

テトライニシャルスティック


この有名な「肥料」はこれまた有名な通り、カリの塊です。以前は成分表示がありませんでしたが、最近では1-0-25と表示が成されるようになりました。ただし確認した限りでは輸入品でのみこの表示があるようです。これはすなわち日本国内では肥料としての申請認可を受けていないことでしょうか。認可を受けても受けなくても成分が変化するわけではないのでどちらでも結構ですが、安く売ることを生命線とするホームセンターではほぼ輸入品オンリーのようです。(近所のホームセンターしか確認していませんが)
さて、カリが多いとどうなるのか、これはすでに「特定成分信仰加持祈祷論Part2 〜カリへの過剰な期待を分析する〜」で述べさせて頂きました。おそらく短期的には優先吸収が発生し、マグネシウム欠乏症など致命的な栄養障害が起きるはずです。そしてKHが上昇し、水草が生育しにくい環境となります。最も入手しやすい「肥料」ですが皮肉なことに最も使い方が難しい「肥料」だと思います。

この「肥料」のポイントはヨーロッパ出身、というところです。言い方を変えれば「ダッチアクアリウム用」の「肥料」なのです。使用できる環境を選ぶはずです。

(1)ダッチアクアリウムでは一般に礫を底床として使用する。初期状態では有機物が皆無で立ち上がりは緩慢である
*この理屈については本コンテンツ「土壌バクテリア概論」を参照されたい
(2)水槽の立ち上がりと長期的安定のために有機物、つまり窒素系の肥料を使用するが、初期に植栽する水草の膨大な本数から考えると、この環境ではじめて「窒素との相関関係でカリが不足する」と言える状態となる
(3)とは言え、一時期に大量のカリが溶融すれば障害が出るので、底床の最底辺に敷き詰めるという施肥方法が示されている。ダッチの厚い底床、しかも礫底最底辺であれば長期的に少しづつ供給され、水草の根が到達する頃にはほぼカリは溶融され無害化されている

つまり、分厚い礫の底床に窒素肥料を施肥、嫌気化を避けるために圧倒的な量の水草を植栽するダッチアクアリウムのスタイルに向いた「肥料」なのです。使い方、ロジックが分かってもなかなか使いこなせるものではありません。水槽の状態を見て何が起きているのか把握できるスキルを持った育成者向けの「肥料」であると言えると思います。現在の主流であるソイルを使った「ネイチャー」にはまったく向かないはずで、向かない用途に使って「効果が云々・・」ではテトラが気の毒です。
ちなみに英語版、つまり輸入品のみ使用経験がありますが、パッケージ上部の但書は次のように記載されています。

Soil supplement for creating a long-term nutritious medium for natural aquarium plants.

水草のための中長期に渡る栄養価の高い底床養分補助(利助訳)

つまり補助、サプリメントですので主たる栄養分が存在する環境下で効果を発揮する、と暗示的に言っているわけです。そして「主たる栄養分」はリービッヒを引き出すまでもなく窒素とリンです。単用し、カリが過剰となった場合の弊害に付いては別稿の通り。日本ではこの辺りを解説しないと(時として解説しても)理解できないのはドイツやオランダという園芸知識が一般に高い水準にあると言われている国々との違いなのでしょうか。

ADA アイアンボトム


二価鉄ブーム?に乗って「アイアン」を冠したのかどうか知る由もありませんが、実はこの製品は鉄分の供給を目的としたものではなく、単なるコーティングに鉄を使っただけの製品ではないか、と個人的に考えています。
土壌中の二価鉄(還元鉄)が植物にとって有害、と度々申し上げて来ましたし、なぜあえて鉄を標榜した製品を使用したのか、実質的に害はないのか、そこには次のようなメカニズムが働いているものと考えます。

(1)表面にコーティングされている還元鉄(これは長期間使用しない本製品が赤く錆びることでも明らか)が溶解し、そのうちのごく一部が「必須元素」として利用される
(2)大部分が有害となるであろう残りの還元鉄は水草の根から放出される酸素によって無害な酸化鉄になる
(3)水草の植替えや傾斜によって部分的に嫌気化した際に還元鉄に遷移するが、水草の根の到達によって再び酸化される
(4)コーティングの内部はその他の微量要素であり、土壌に有益な効果をもたらす
(5)利用を想定する水草水槽土壌中ではこのような動きが成されると想定される

しかし、これもすでに述べていますが私が使用していた頃の取扱説明書には(現在の製品に付いては確認しておりません)魚病薬との併用を避けるようにする旨の注意があり、同じ二価鉄製品の「メネデール」にも農薬との同時使用を避ける旨の注記書きがありました。推測ながらある種の薬剤成分と二価鉄が結び付き、生物にとって有害な物質を生成してしまうのではないか、と考えています。
二価鉄製品を常用していた頃に、購入したポット入り水草を水槽でキープしていたところ翌日に魚類がほぼ壊滅したことがありました。もちろん購入したショップの水槽では何ら異常がありませんでしたので、残留農薬の浸透があったとしても単独で魚類に影響を与える濃度ではない、と考えられます。上記2製品の注意書きに見られる内容からの推測です。
量的な問題を別とすれば鉄が植物体にとって不可欠の成分である点には異論がありませんし、本製品のコーティングよりも「中身」が有益であることも体感できます。どちらにしても水田地帯での採集水草、ショップで購入する水草を問わず、念入りな洗浄やトリートメントは不可欠です。

この製品の利点はすぐに溶融しない点で、還元鉄はコーティングのまま酸化されます。すなわち中長期的に土壌(底床)に影響力を与えられるという意味に於いて優れています。しかし成分や意味を考えると本質はあくまでもsupplementであり、イニシャルスティックと位置付けは変わりません。

JAQNO フローラスティックプロ


この製品も本質はイニシャルスティックやアイアンボトムと同じ、supplementです。しかしそれが分かっていても私は常用しておりました。
その理由は鉄やカリやビタミンなどの成分、狙いは他社製品と同じながら、溶融しやすい材質で混ぜ込みのベースとして最適であったからです。もちろん何とどのように混ぜ込むのか、製品の使用方法としては想定外でしょうし、結果は自己責任ですので明記はしません。結果として非常に良好なものがもたらされた、とのみ書いておきます。
この「結果」がこの製品のもう一つの特徴、10種類のバクテリアによるものかどうかは分かりません。バクテリア、特に水槽底床という環境下でのバクテリアに付いては分からないことが多いのです。本シリーズでもこの点に付いて掘り下げを行いましたが、分からないのに断定してしまう方々が多い業界である反面、分からないので否定も出来ないのです。

製品に含まれる「10種類のバクテリア」が底床中で活動し繁殖する、それは変な言い方ですがどうでも良い話です。すでに土壌バクテリア概論で述べたように、底床内に於ける物質循環の活性化、アクアリウム風に言えば「底床が出来る」状態は有機窒素の存在にその根本が求められるのです。バクテリア、それが何という名前でどのような役割を持っているのかは別として居ても居なくても土壌の物質循環には別な要因があるという意味でどうでも良い話なのです。

無機窒素は物質循環にあまり貢献しない、というか無機窒素を中心とした化学肥料を使うことは「土を殺す行為」であるとも言われます。それはとりもなおさずバクテリアをはじめとする微生物が活動できる環境が無くなってしまう、という意味なのです。実は有機物を底床に仕込み水槽を立ち上げる方法論は目新しいものではなく、極端な例では底床に牛肉を仕込む、なんてのもありました。これはさすがに「水槽の速やかな立ち上げか腐敗でダメにするか」という博打ですのでお奨めできませんが(^^;
昔話ではなく、最近でも砂糖を入れる方法論とか有機酸を添加する製品など「有機物」がキーワードになっていることが水草水槽の本質であることがクローズアップされて来ました。サプリメント編の最後にこの辺りを軽くまとめてみます。

「藻類の出ない」肥料の位置付け


本編でご紹介した「肥料」は有機物を含んでおりません。アクアリストの心理に藻類に対する嫌悪感があり、特に窒素が魚の排泄物や残餌という形で「除去しなければならない対象」として認識されている事実に鑑み・・・簡単に言えば施肥と藻類発生がリンクしない「肥料」として愛用されている、ということです。
一方底床内の物質循環の鍵となっている有機物が含まれていないので、あくまでこれらの「肥料」は補助的な手段であるはずなのですが、上記理由によって主役級の役割を期待されている解説をよく見かけます。主客転倒とはまさにこの事でしょう。より現実的な話をすれば、水槽内の植物が明確に要素欠乏症と認識できるレベルで特定物質が足りない、と分かるのはごく稀な場合で、その場合も窒素やリン、マグネシウムといった致命的症状が出る物質の欠乏が多いように感じます。そしてこれらの物質はそれぞれ藻類の原因、炭酸塩硬度を上げる、という理由で積極的に添加施肥されることはありません。
要するに期待する効果とまったく逆の発想によって施肥されているのがアクアリウム用「肥料」の一般的な姿です。しかし、再三になりますが、これは「肥料」が悪いわけではなく用い方が悪いのです。

多量要素を含まない「肥料」は物質循環以外の影響として、多量要素の存在量との関係で「余る」傾向にあります。これは少し考えれば当然の話で、健全な生長のために多く必要とする多量物質が無い環境で、中微量要素だけを使って生長する植物がないからです。逆に言えば有機物をバランス良く使える環境にある水槽でこそ要求量、施肥効果が高いのがこれらの「肥料」です。稀にアクア書に記述がある「肥料は調子の良い時に用いる」の理論的背景はこんなところと言えると思います。


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